第九話:月曜日の方違さんは、ウインター・ワンダー・ランド

9-1 真っ暗な道を

 真っ暗な道を、ヘッドライトで切り開くように走ってゆく。光の輪の中に現れて消えるのは、粉砂糖みたいな雪をまぶした木々ばかりだ。

 いつもならトラックしか走ってない時間だけど、今夜はワゴンや軽自動車と何度もすれ違う。


「で、晴れてくるりちゃんとお付き合いすることになったわけね?」

 そう言って、運転席の姉は僕の顔をちらっと見た。

「いや、そういうわけじゃ……」

「だって告られたんでしょ?」

「うん……いや、でも、たぶんもとの世界に戻れてうれしかっただけで……」

「あんたさあ、そんな言い方ないんじゃない?」姉は怖い顔で、助手席の僕を振り返った。「勇気出してくれたんでしょ? あのおとなしいくるりちゃんが」

「お姉ちゃん、あぶない。前見て、前」

「うるさい。あんたこそ前見なさい。ビビってんじゃないよ」

「ハンドル! いいからハンドル持ってよ」


 姉ちゃんなんかにしゃべらなきゃよかった。べつに信頼なんてしてないのに、子どもの頃からの習慣でつい余計なことまで話してしまう。


 山をひとつ越えると、方違さんの住む乗換のりかえ町に出る。駅前に車を止めて、僕と姉は方違さんの家まで歩いた。息が白い。ダウンジャケットで街灯の下を歩く僕らの影が、回りながら縮んで伸びる。


 方違さんの家の門の前で、小さな人影が待っていた。

 門灯で逆光になって顔はよく見えないけど、ピンクのダウンジャケットに、ピンクのマフラーとピンクのニット帽で、もこもこに完全武装している。


「くるりちゃーん」と、姉が手を振った。

 小さな影も、ぴょんぴょん跳ねながらこちらに手を振ってくれた。


 いや、でも、なにかが違う。

 近づけば近づくほど、違いすぎる。

 白タイツにピンクのもふもふのブーツを履き、寒さをまぎらすためか、跳びはねながら変な体操をしている。


 それに、小さすぎる。

 これじゃどう見ても本物の小学生だ。

 顔を見るとたしかに方違さんみたいだけど、でもずいぶん幼い。


 まさか、また過去の方違さん? 今日は月曜じゃないのに。


「かわいいいいぃ! くるりちゃん、小学生みたい!」と姉は両腕を広げて抱きしめようとしたけど、ふと首をかしげた。「あれ? さすがにちょっとちっちゃすぎない?」

「小学生です」その子はぴょこんと頭を下げた。「はじめまして。苗村まりなさんですね? お姉ちゃんがお世話になってます」

「えっ、くるりちゃんの妹ちゃん? うそ、マジクソかわいい。わたしの妹にならない?」

 なるほど、妹さんだ。妹のちろりちゃんだ。

「ちろりちゃんだね。はじめまして。僕はお姉さんのお友――」

「ちこりだよ、まもるくん」と、女の子は僕にはなぜか敬語を使わなかった。「あと、はじめましてじゃないよ」

「えっ?」

「まもるくん、お熱出して駅でぶっ倒れてたでしょ。お姉ちゃんが着がえに帰ってるとき、ちこりがまもるくんのこと見張ってたんだよ」

「そうだったんだ……。ありがとう」

「お姉ちゃんのお話聞いてたから、もっとかっこいい人だと思ってた」

「そ、そうかな? ありがとう」

「おもしろかったよ。まもるくん、死にそうなのに『方違さん好きだよ』『好きだよー』って、ずーっと言ってたの。ひゃっかいぐらい」

「えっ」

「お姉ちゃん、もどって来て、興奮して『きゃーっ』って走り回ってたよ」

「うっ……」

「なんだ、まもる、あんた自分から告ってたんじゃん」

「ぐっ……」

「小学生の前でよくやるよね」


 僕がうずくまって頭を抱えていると、方違さんが玄関から出てきた。いつものダッフルコートに、ちゃんとクリームイエローのロングマフラーを巻いていた。


「あ、まりなさん、こんばんわ、今日はよろしくおねが……あれ? まもるくん、どしたの?」


   ◇


 車は町を離れて、また谷間の道を走る。今年もあと二時間。姉によると、それまでにじゅうぶん目的地にたどりつけるそうだ。


 姉はちこりちゃんがすっかり気に入って、助手席に座らせ、「ムカつくもの限定しりとり」をしたり、某魔法少女アニメの主題歌を不謹慎な替え歌にして合唱したりして、ふたりでキャッキャと笑っている。


 僕の隣に座った方違さんが、マフラーに半分埋もれた顔を近づけてきて、小さな声で言った。

「まもるくん。ありがとね、ちこりちゃんも誘ってくれて。あんなに楽しそう」

「うん、まあ」

「あの子、お母さんと大げんかして、ずっとすねてたから」方違さんはひそひそ声で言った。「それでわたしとうちに残ったの」


 この年末年始、ご両親が九州に行って方違家には姉妹ふたりきりらしく、ちこりちゃんを家にひとりにするわけにもいかないから、僕らは四人で年越しを迎えることにしたのだ。


 姉とちこりちゃんは変な方向に盛り上がっている。

「まもるとくるりちゃんが結婚すれば、ちこりたんもわたしの妹になるわけよ」

「そっか! やったー!」

「でしょ? 早く結婚しろー!」

「結婚しろー!」

「うぇーい」

「いぇーい」

「姉ちゃん、いい加減にしなよ!」


 僕は横目で方違さんの表情をうかがったけど、車内は暗いし、マフラーに半分埋もれた顔からは何も読み取れなかった。


「ごめんね方違さん。困った人でしょ、うちの姉ちゃん」

「え? どして? ちこりちゃんも楽しそうだよ?」

「そうだけど……」

「わたし、まりなさんみたいな大人になりたいなあ」

「お願いだからやめて」

「えっ、どして?」

「どして、って……」

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