7-3 気づくと始発電車が
気づくと、始発電車がガラガラとエンジンの音を立てながら入ってくるところだった。
僕は「起きて」と方違さんの肩を叩き、腕を取ってホームへ走り出そうとした。けど、立ち上がったとたんに足がふらついて、駅がぐるぐる回転し始めた。
ドア横の手すりにしがみつくようにしてどうにか電車に乗り、僕はシートに倒れ込んだ。
「苗村くん、どしたの!?」
どうしたんだろう?
ひどいめまい。そして吐き気。
からだ中の関節が痛い。頭もガンガンする。
方違さんは隣に座って、僕の額に触った。
「やっぱり、熱があるよ……」
がたん、と電車が動きだした。
◇
方違さんはもう一度僕の額に手を当て、自分の額と触り比べた。そして冷たい手で僕の頬や首筋をぺたぺたと触った。
方違さんに触られるのは嫌じゃない。正直うれしい。でもそれ以上に、冷たい手から全身に走る寒けが強すぎた。
僕は首を振って、彼女の手から逃れようとした。
「どうしよう……」方違さんは泣きそうな声で言った。「これ、ぜったいすごい熱だよ……」
平気だよ。ちょっと湯冷めして風邪気味なだけだよ、と言おうとしたけど、吐き気がひどくて、声を出すのも辛かった。
揺れるシートにもたれて目を閉じ、じっとしていたら、方違さんはダウンジャケットを脱いで僕にかけてくれた。
だめだよ、方違さんが風邪ひいちゃうよ。そう言いたかったけど、無理にしゃべると吐き気に負けそうだった。
「……ごめんね、苗村くん……わたしのせいだよね……ごめんね……」方違さんは涙声だった。
伝わらないかもしれないけど、僕は精一杯の努力で首を横に振った。
「わたし、苗村くんを巻き込んでばっかり……ごめん……ごめんね……楽しいなんて、さっきはひどいこと言っちゃって……ごめん……」
ちがうよ。お願いだから、謝らないで。
僕はできるだけ空気を吸い、声をしぼりだした。
「ほ……ちがいさん」
「なに?」
方違さんが、僕の口に耳を近づけるのが分かった。
「わたしがしてあげられること、あったら言って……?」
ううん、分かってほしいだけだよ。僕は巻き込まれてるんじゃない、ただいっしょにいたいだけなんだ、って。
今夜だって、ぜんぜん迷惑なんかじゃない。会えないはずの時間に、会えないはずの場所で会えて、うれしかった。
どんなに変な場所でも、別の世界や時代でも、誰かの夢や空想の中でも、どこにでもいっしょに行って、方違さんが困ってたら力になりたい。そして僕も、方違さんに優しくしてもらえるとうれしい。
それだけだよ。
そんな気持ちを伝えたくて、ひと息で言える言葉を探したけど、ひとつしか思いつかなかった。
「方違さん、好きだよ」
でもそんなこと、まさか言えるわけない。僕はもう一度、ただ名前を呼んだ。
「ほうちがいさん……」
それがどんなふうに聞こえたのか、僕には分からない。そのときどんな顔をしてたかも、自分では分からない。
「あの、わたし……」
方違さんが、おずおずと両腕を僕の体に回した。冷たい髪が頬に触れる。オレンジみたいにさわやかな香りで、胸が少し楽になった。
「苗村くん……」
そして彼女は、ぎゅっと僕を抱きしめた。何枚もの布越しにだけど、体の中心まで温もりが届いた気がした。
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