5-3 まだまだ続くと思っていた季節が

 それから三人でビーチボールを投げたり、ラムネを飲んだり、焼きそばを食べたり、方違さんと二人で波打ち際まで行ったり(その間、彼女は僕の手をしっかり握って一瞬も離さなかった)して遊んでるうちに、意外に早く日が傾きはじめた。

 まだまだ続くと思っていた季節が、終わりに近づいていた。


「さあ、そろそろ帰ろっか。くるりちゃんも一緒に乗っていくでしょ?」

「えと……でも……」

 ためらう方違さんに、僕は小声で言った。

「お願いだから、いっしょに乗ってね。ひとりで帰らせたら心配でたまらないよ」

「でも、お姉さんに迷惑かけちゃうかも……」

「大丈夫だよ。うちのお姉ちゃんは」


 水色のワンピースに着替えた姉は、軽バンのハンドルを握り、方違さんを助手席に、僕をその後ろに座らせた。

「引力の理に拠りて天翔あまかけるサテライトよ、我を家路へ導け。契約のもと、まりなが命じる。案内開始!」

 そしてカーナビの「自宅に帰る」ボタンを押した。


   ◇


 道はずっと海岸沿いだった。

 方違さんと僕は、左側の窓にくっついて、色を変えてゆく海を見ていた。日が傾くにつれ、青空に紫とオレンジが混じり、さざなみが太陽を映してきらめき始める。


 助手席の方違さんが、うしろの僕を振り返って言った。

「きれいだね」

「うん。ほんとにきれいだ」

 彼女の瞳は、海や空と同じ色に輝いていた。

 ほんとに、きれいだ。

「いいムードのところ、割り込んで申し訳ないですけど」と運転席の姉が言った。「もうちょい先にレストランがあるから、そこで晩ごはんにしよ。パスタとかオムライスとか、テラス席で海を見ながら食べれるよ」

「あ、それ素敵ですね!」

「でしょ? まもるが免許取ったら二人で行きなよ」

「はい……」

 姉ちゃん、そんなの三年以上先の話だよ。まだ知り合って四か月なのに。


「くるりちゃんは、何でまもると友達になったの?」

「席が隣で……電車もいっしょで……」

「まもるから声かけてきたの? こんなかわいい子に話しかける勇気あったんだ?」

「いえ、というか、わたしが困ってるとき、力になってくれて……いつも……」

「へえー、まもるが? やるじゃん」


 方違さんが姉と話している間、僕は彼女の後頭うしろあたまを見つめていた。揺れるポニーテールの髪も、きらめくガラス玉も、空も、海も、深い青に紫とオレンジの光が混じった、同じ色の世界の中にあった。


   ◇


「おっかしいなあ」

 と姉が言い出したのは、太陽が水平線に近づくころだった。

「どしたの姉ちゃん」

「レストランが無いの。道を間違えたかなあ。海沿いに一本道なんだけど」

「ナビは?」

 カーナビの画面をのぞいた姉と僕は、声をそろえて叫んだ。


「何なのこれ!?」「何だこれ?!」


 画面の地図に、道は無かった。

 スクリーン全体が水色の海。その真ん中に、車の位置を示す三角形だけが浮かんでいる。


 僕は右側の窓を見た。外はオレンジ色の光点が宝石のようにきらめく海。夏の終わりの夕日が、ゆらめきながら沈もうとしている。

 左に戻って、また外を見た。

 こちらでも、オレンジの光点がきらめく海に、ゆらめく夕日が沈もうとしていた。


 前と後ろには、まっすぐな細い道が、暗い海の上を水平線まで続いている。


「どうなってんのこれ……」

 さすがの姉もぼう然としていた。

 助手席の方違さんが、泣きそうな目でこっちを見た。僕はヘッドレストの穴からささやいた。

「何も言わなくていいからね」

「でも……」

「方違さんは悪くないから」

 方違さんの秘密を姉ちゃんに話したりしたら、面倒なことになるに決まっている。


 夕方の最後の光が消え、車はヘッドライトをつけて、濃紺の空と海の間を真っすぐ走っていく。


「やっぱ道を間違えたか」姉は悔しそうだった。「ご飯、他のとこになっちゃうな。くるりちゃん、ごめんね。また連れてきてあげる」

「お姉さん、わたし……」

 方違さんは涙声だった。

「あっ!」と叫んで、僕は話に割り込んだ。「み、見て方違さん、カモメが飛んでるよ!」

 でも彼女は続けた。

「……ごめんなさい。わたしのせいなんです。わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないんです」

「え、何て?」

「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないんです」

「ごめん、ちょっと意味が」

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