4-4 いつも通りの彼女なのだけど
大雨以来、電車は運休になっていて、帰りはバスだから時間がかかる。
僕は八時を待たずに後藤と佐伯さんと別れ、小さなバスで乗換駅に向った。
窓際の席に座り、真っ暗な景色を眺める。
ガラスに顔を近づけると、濃い紫色の夜空を背景に、黒い山影の輪郭が見える。その高さや形で、走っている場所が分かった。
八時すぎ、白い光の点が、山の端からつうっと空に上がるのが見えた。
光はぱっと飛び散って球体の形に広がり、赤や緑に色を変えながら、さらさらと流れ落ちる。
僕は携帯の画面を起こし、メッセージを打った。
――花火、見える?
返信は一瞬で来た。
――見えるよ! きれい! わたしのへや 二階だから
その次は、緑の光点が放射状に広がり、はじけて七色にきらめきながら降り注いだ。音はほとんど聞こえない。
――今日は家にいたの?
――朝はベッドから起きれなくて 昼は廊下で寝ちゃって 夕方は玄関でたおれて寝てて さっき起きたとこ
――学校行けなかったんだね でも危ない目にあわなくてよかった
――うん でも 夢のなかでは いろいろあぶなかったんだよ
二つ、三つと連続して上がった火球が、無数の白い光に散らばり、滝みたいに山影の上に降り注いだ。
かと思うと時間差で、赤、青、緑、黄色の炎の花が開く。
――いまの すごかったね! おまつり いけなかったけど なえむらくんと いっしょに花火見れて うれしいな!
方違さんはあいかわらず、リアルとメッセージでテンションがちょっと違う。
前半のクライマックスだろうか。いろんな色の花火が、休みなく、次から次に上がり始めたけど、途中から山にかくれて、バスからは見えなくなった。
――きょう なえむらくん かっこよかったよ
――今日? 僕何かした?
――うん 夢でね ずっとねてたから
――僕は夢で何したの?
――わたしのために 戦ってくれたの 銃を持って 武士とか警察とかと
乗換駅から地元へは、いったんバスを降りて他のバス――という名のワンボックスカーに乗りかえるのだけど、それまでに十五分ほど時間があった。
その間に、僕は方違さんの家まで走った。
水害からしばらく、方違家は仮住まいのアパートに住んでいたから、ここに来るのはあの日以来だ。
二階の窓のオレンジ色の光をしばらく眺めてから、僕は郵便受けに小さな紙袋を入れた。
そしてメッセージを送信した。
――十二時を過ぎて火曜になったら、郵便受けの中を見てね おみやげがあるから
◇
火曜の朝、乗換駅で電車を降りると、目の前に方違さんが立ってて、小さく手を振った。
「……おはよ」
「おはよう」
肩にバッグ、半袖の白ブラウスの夏服に、青いネクタイ、紺のスカート、黒のソックス。いつも通りの彼女なのだけど、髪形だけが違う。
サイドで二つ結び、っていうのは、ちょっと子どもっぽすぎないかな?
でも、夏の朝日に青いガラス玉がきらきらしていて、何もかもがまぶしかった。
「変かな?」
「そんなことないよ」
今の方違さんに合う日本語は一つしか思いつかない。
でも僕はまだ、女の子に面と向かってその言葉を言ったことなかった。
僕は少し多めに息を吸って、緊張しながらそれを口に出した。
「かわいいよ」
教室では大はしゃぎの佐伯さんに「きゃーかわいー」とか「ぜったい苗村のリクエストだ」「くるり姫ヤバすぎる」「見て見て後藤」「これもう犯罪でしょ」とか、「ロリコン」という単語だけは使わずに、さんざんいじられてしまった。
それで約束を守ってるつもりみたいだ。ほんとどうしようもない、この人だけは。
でもまあいいか。
方違さんも笑顔だったし、なんにせよ、あと三日で夏休みなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます