1-4 いつの間にそういうことに
「おい。これ苗村じゃないか?」
「ほんとだ。おーい、起きなよ」
名前を呼ばれ、肩を揺すられて目を開けると、見慣れた男女が私服姿で立っていた。
「後藤に、佐伯さん。なんでこんなところに?」
「聞きたいのはこっちだよ。お前ら、学校サボって何してるんだよ」
そこは夜の駅のプラットホームだった。
僕はあの乗換駅のベンチに座って、いつからか眠り込んでいたらしい。
全身が痛い。特に膝が。
まるで何か、重くて硬い、丸いものが乗ってるみたいな――
僕の膝の上には、人の頭があった。
少しブルーっぽい長い髪の、制服姿の小柄な女の子。
方違くるりだ。
方違さんが僕の膝を枕に、ベンチにころんと上半身を横たえて熟睡しているのだ。
「ふたりとも、うちらより真面目なタイプだと思ってたのになあ」と佐伯さんが感心したように言った。「いつの間にそういうことになってたの?」
「いや、どういうことにもなってないって」
だんだん思い出してきた。
縦浜スカイライナーの着地点はずっと遠くの都会で、特急料金を払えない僕らは各駅停車でようやくここまで帰り着き、経済力も体力も精神力も使い果たして、ひと休みしようとこのベンチに座ったまま、ぐっすり眠り込んでしまったのだ。
僕は方違さんの肩をぽんぽんと叩いた。
「起きなよ」
「ん……。苗村くん……」
方違さんはゆるゆると起き上がって座り直し、あくびをしながらスカートと髪とブレザーの襟を直した。
「……今日って、月曜の朝?」
「月曜の夜だよ」
「そっか……」
方違さんはふにゃりと崩れて、また僕の膝を枕に横になった。
「起きなってば」
「苗村くん……じゃあ、夢じゃなかったんだね……」
「うん?」
「苗村くんが一緒に来てくれたのも……」
「うん」
「手つないで歩いたのも……」
「うん、まあ」
「一緒に飛行機乗ったのも……」
「いやそれは夢でしょ」と佐伯さんが突っ込んだ。
「ネクタイで苗村くんに目隠ししてあげたのも……」
「なんだよこいつら、気持ち悪っ。好きにしろや。解散解散」後藤と佐伯さんは呆れ顔で帰っていった。「苗村、明日あらためて詳しく聞くからな」
静かになると、方違さんは満足そうな顔でまた眠りの底に沈み、僕は田舎の終電時間を気にしながら、何度も彼女を起こそうとしたけれど、もう何をやっても無駄なのだった。
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