0-2 やっぱりあの子だ

 翌火曜の朝、僕が教室に入ったときには、その小柄な女子はもう席に座ってて、開け放たれた窓から校庭の満開の桜を眺めているようだった。

 黒というにはやや明るい色の長い髪が、風に揺れていた。


 方違くるり。

 やっぱりあの子だ。


 僕は隣の席に座って、横目でちょっと彼女を見た。

 駅で見かけたときも思ったけど、とても小柄だ。身長は間違いなくクラスで一番低いだろう。でも腕と脚がすらっと長いから、それほど幼くは見えなかった。

 小さな横顔は色白、というより薄いピンクの入った、透き通るような肌だった。「色素が少ない」って言葉があるけど、こんな感じを言うんだろうか。


 ぼつぽつとクラスメイトたちが増えてきても、方違さんは窓の外を向いたままだった。


 初日に休んでしまったから、みんなに話しかけにくいのかもしれない。

 僕は少し責任を感じて、ちょっと緊張しながら声をかけた。知らない女の子に話しかけるのなんて始めてだった。

 

「あの、おはよう。方違さん、だよね?」

 方違さんは振り向いて、目をちょっと大きく開き、すぐに視線をそらした。

「僕は、苗村まもる。隣の席の。よろしくね」

「ん……よろしく」

 とだけ言って小さく頭を下げると、方違さんはまた窓の外に顔を向けた。

「方違さんは、桜が好きなの? きれいだよね」

「……え?」

「いやその、桜。きれいだよね」

「ん……」


 会話はそれだけで終わってしまった。


   ◇


 それから水、木、金と、方違さんは何の問題もなく登校してきた。


 休み時間には女子グループの輪に入ってたりもしたけど、内気なのか、彼女の声は聞こえてこなかった。隣の僕のところに後藤と佐伯さんが雑談しに来ても、とくに気にするようでもなく、窓の外を見ているか、教科書を読んでいるか、携帯を見ているかだった。


 何日目だったか、変に鋭い後藤に、

「苗村お前、ずっと隣の女子のこと気にしてないか?」

 と指摘された。

「なになに? 苗村、あの子のこと好きなの?」

 佐伯さんまで乗っかってきたので、僕はあわてて否定した。

「ちがうちがう。ただ隣の席だからだよ。大事だろ、近所付き合いは」

「なんだそれ。用水路の泥さらえでもすんのか?」

「おにぎりつくって水防団に差し入れするんじゃない?」

「ちがうよ。ほら、消しゴムを貸し借りしたり、問題の答え教えてもらったり、そういうの、よくあるだろ」

「ふうん。ちっちゃい子が好きとかじゃないんだ?」

「ちがうよ。何言ってるの佐伯さん」

「そういえばこいつ、地元で小学生以外の女子と話してるの見たことなかったな」

「えっマジ? 冗談で言ったのに」

「後藤こら、うちの地区、女子なんて小学生とうちの姉ちゃんだけだっただろ!」


 隣の席だから。

 その言葉に嘘はなかった。


 けど僕と方違さんとの関わりは、ただのお隣さんで終わるようなものじゃなかった。もしそれだけなら、これから始まる一年間の物語は生まれなかっただろう。

 でもその時の僕には、そんなこと分かるはずもなかった。ただ、のどの下の辺りに何かが引っかかってるような感じがしていただけだ。

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