第ゼロ話:月曜日の方違さんは、入学式に間に合わない
0-1 この新しい世界
「おっ、苗村じゃん! お前もこのクラスか?」
入学式が終わって、クラスの教室に入るなり僕の名前を呼んだのは、後藤リュウジだった。
「変ってないなあ、苗村は」
後藤は、中二の時まで僕の地元に住んでいた同級生だ。この高校がある町に彼が引っ越してしまって以来、直接会うのははじめてだった。
会わない間に彼は身長もかなり伸び、髪も茶色に染めている。でも口を開くと昔のままだったので、僕はちょっとほっとした。
知らない子ばかりのこの新しい世界に、自分の場所を作ることができるかどうか、少し不安を感じていたからだ。
今朝の入学式では、広い講堂に同じ制服の生徒たちが何十人も並び、壇上には正装した先生たちがそろっていた。
この教室にも、椅子と机がずらっと並んで、二十人以上の生徒が集まっている。
僕にとっては、アニメやドラマの中でしか見たことがなかった光景だ。山間の地元にある小さな小中学校とは全然違う。ここだって県庁から遠く離れた小さな町だけど、それでも。
再会を喜びながら後藤と話していると、女子生徒がひとり、すたすたと歩いてきた。
「君が、後藤の村の子?」
すらっと背が高くて、日焼けした、ショートカットの子だ。後藤のそばに立ってにこにこしている。
「ああ、苗村、こいつは、なんていうか、俺の――」
「こいつって言うな」
女の子は片腕でぐいっと後藤の首を絞めながら、僕に白い歯を見せた。
「あたし佐伯トーコ、よろしくね」
「苗村まもる。こっちこそよろしく」
とは言ったものの、五歳年上の姉と近所の小学生たち以外に女の子をひとりも知らない僕は、ちょっとどぎまぎしてしまった。
二十人ちょっといるクラスメイトの半分以上は後藤たちと同じ中学らしく、ふたりは僕を彼らの輪に紹介してくれた。おかげで僕の高校生活一日目は、なんとか順調に始まったようだった。
けど、教室にはまだ空白がひとつあった。
最後列の窓際、つまり僕の隣の机だ。
担任が来て、クラスの連絡事項や学期の予定や部活の説明や高校生活の心構えを話してる間、隣の席はずっと空っぽで、机の上に配布物だけが増えていった。
そういえば、入学式にもひとりだけ欠席がいた。
司会の教師が名前を呼んでも、その子のときだけ答えが無かった。
なんだか不思議な名前だったのが印象に残っていた。
ざわざわした教室で、出席簿を手に担任が不機嫌そうに言う。
「
方違、くるり。
そうだ。たしかその名前だ。
ひょっとしたら、と僕は思った。あの子じゃないだろうか。
朝、乗換駅のホームで見かけた、あの女の子。きっとそうだ。あのまま学校に来れなかったんだ。
声をかけてあげればよかった、と僕は後悔した。
僕といっしょに電車に乗っていれば、あの子も入学式にも出られただろうし、今もここに座っていたはずなのに。
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