第1話
「お帰りなさいませ」
恭しく一礼する執事に上着を渡すと、別の執事がそれを受け取り洗濯室へ向かった。
「お兄様は?」
「はい、今日もお部屋にいらっしゃいました」
「・・・そうか。夕飯は部屋で食べる。お兄様の分も頼む」
「かしこまりました」
「
ノックはせず声だけかけてドアを開けた。
薄暗い部屋の奥に、ベッドの上に座る青年がいた。温かそうな寝間着を着て黒い首輪をしている。
電気を点けると、青年の髪が反射して輝いた。この国では珍しい青の髪だ。
「隣、いい?」
壁にもたれていた首が少し前のめりになった。刹那は何事も動作が小さい。今のも頷きだ。
ベッドに腰かけると刹那は静かに寄ってきた。腕に擦り寄ったその横顔には安堵の表情が浮かんでいる。
「ただいま、刹那」
「おかえり、
消え入りそうな声が聞こえた。
抱きしめると、刹那は少し抵抗してやがて目を閉じた。その内寝息が聞こえてくるだろう。
「・・・好きだよ、刹那」
長く美しいその髪に唇を落とした。
かつての昔、文字もないような時代に特別な力を持った能力者を先祖にもつ
俺と刹那に直接の血の繋がりはない。でも、本来幻芳家を継ぐ筈だった姉が死んだ時、幼い俺を支えてくれたのは母でも父でもなく当時学業の関係で我が家に住んでいた刹那だった。刹那がいたから今がある。幻滝のお兄さんと呼んでいたが、人目のない場所ではお兄様と呼ぶようになったのもその頃だ。姉の死を乗り越え次期当主としての心構えができる頃に刹那は帰った。
次に会ったのは高校を卒業した春休みで、約8年ぶりに会った刹那は、壊れていた。
幻滝家の執事を脅して聞いたところ、元々刹那は幻芳家の次期当主、つまり姉に取り入るために送り込まれていたらしい。なのに一切働かず、なんの得もない俺を可愛がった。結果的に姉は死んで俺が次期当主になったが「指示に従わなかった」というのが幻滝家当主の気に障った。刹那は人として扱われないどころか存在を認識されなくなり内側から壊れていき、喋ることも感情を抱くことも無くなった。
俺が刹那を引き取ると言った時、幻滝家は何故かと激しく俺を問いただした。そんなものを引き取るなら娘を嫁に、とも言ってきた。ただでさえ不吉な突然変異の青髪が、一人だけ本家の恩恵を受けようとしていると刹那を更に責めたりした。ようやく謝罪と刹那が送られたのは、俺が再起不能寸前まで追い込んでからだった。
その時、刹那が差し出したのが黒い首輪だ。主人は犬に付けるものだと言って。拒否すると無表情で泣き出してしまいどうしようもなくなった。緩く付けると、今度は首から抜けちゃうと困った様子で、仕方なく適度に付けた。
家に連れて帰った後も、部屋の隅から動かなかったりノックの音にビビって泣いてしまったり執事に世話をされるのを嫌がって暴れたりした。まるで、人の世界を知らない獣の子のようだ。酷いのは俺のことを「御主人様」と呼び普通の執事以上のことをしようとした事だ。中には召使いすらやらないであろう事まであった。
結局、俺が説得と行動を示し、とりあえず落ち着いた。今までの名前を捨てさせて「刹那」という名前をつけたのもその1つで、これは効果が高かった。「永遠」と対になっていて、俺も気に入っている。
家に来て6年経つのに心を許しているのは俺だけで、もし俺が死んだら刹那も生きていけなくなるのは明白だった。
俺は、かつての刹那に戻って欲しい。俺を導いた自由な刹那に。でも、今の、俺無しでは生きれない刹那が、非道く愛おしい。俺が死ぬ時は道連れにしてでも離したくない、そんな俺が恐ろしい。
「御主人様」
「ああ、そこに置いといて」
「・・・かしこまりました」
しまった。いつも刹那といると穏やかな口調になる。
まぁいいか。乱暴で威圧的な言葉は刹那が怖がる。
「刹那、ご飯食べよう」
ゆっくり揺するとのっそり起きた。
見上げてくる瞳は引き込まれるような黒だ。光の加減で青の濃さが変わっていく。
「ご、はん?」
「うん。お腹空いたろ?」
「空いた」
声が小さいのは長年声をだしていなかったからで、音量と音程の調整ができないのだ。それでも、ハッキリ喋れる相手は俺だけで他の人間には何も言わない。仕草も小さくて中々気づかれない。
「はい、あーん」
俺が差し出す飯はいくらでも食べるのに。
「美味しい?」
「おいしい」
「じゃあ、次も作って貰おう」
自分で食べることも他の人間に食べさせることも、刹那は自分自身に許していない。
「永遠」
「ん?」
「ありがとう」
可愛い。
「どういたしまして」
時の流れに逆らって 猫助 @NEKOSUKE2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます