その拳で何を掴んだか

「ちょっと、ジュエイ。アンタの相手はリブだけじゃない」


ジョーリが自らジュエイの前に躍り出ると、リブは察して座を譲った。


「ンあ?あぁー…そうだったな、あそんでやンよ」


ジュエイが手招きすると、ジョーリの両手は後ろに回った。背後で魔法陣を描く、リスクもあるが読まれないメリットもある、手法のひとつだ。


「出たっ!ジョーリ隊長の【乱反射】だ!!」


誰かがカザン達のそばで叫んだ。


「ら、乱反射ってなんだ?」


カザンは戦闘音に負けない声で、リョウに尋ねる。


「本来の神は【カウンター】だ。描かれた魔法陣は鏡のように、触れた技を跳ね返す。Cランクレベルの、そうすごくもないありふれた陣だよ。でもー…そこに独自のやり方を加えて、ジョーリ隊長が編み出した陣ー…それが【乱反射】だ」


「それって、どんなー…」


説明は、いらなかった。フィールドの無数の箇所で、説明のしようがない何かが起こった。爆発、発火、突風ー…次々と、数えきれないほど視界いっぱいにー…


「な、何が起こったんだよ?!」


「あれが【乱反射】だよ。5枚の魔法陣が、まるで割れた鏡となってー…触れた陣の全てを、何倍もの数にして無数に跳ね返すー…そしてその動きは、まさに"予測不可能"

たとえそれが砂粒ひとつであっても、なんらかの魔法陣によって動かされたものであれば、何でも乱反射に巻き込まれるんだ」


「す…すげえ」


カザンは思わず呟いたその言葉を、自分で振り払うかのように首を振る。


(違う。すげぇじゃないって!そんな風に見てるだけじゃダメなんだって!!

リブさんはなんて言ってたっけ…空気を、動きを読むー…あとはー…"全体を見れなければ個々を見る、個々が見えなければ全体を見るー…"


そうだ、そうだよな。4人全部見ようとすっからいけねぇんだ!俺なんかが欲張って、4人分吸収しようとする方が、無茶に決まってる!)


カザンの肩に、リョウの優しい手が置かれる。


「落ち着け、力抜いて良く見るんだ。いいか、隊長達の陣がすごいとか、そんなことを見るんじゃない。なぜなら、隊長達は当然手加減してる。学習用として闘ってるんだ、当然俺たちが学べるよう、計算して動いてるに違いない。ー…まぁ、ジュエイ隊長はわからないが…少な

くとも、他3人はそうだろ。


これは特別クラスの陣使いの、本気の魔法陣のレベルじゃない、だから陣に驚いてるだけじゃダメなんだよ。


注目すべきは動きだ。隊長がどんな時に、どんな動きをするのかー…魔法陣を避けるのか、受けるのか。右から攻撃が来た時、その腕はどこにあるのか、どこを見てるのかー…」


カザンはゴクリと唾を飲んだ。


(そんな細かいこと、目で追えねぇ…しかも全部なんか見えやしねぇ…けど、そんな言い訳してちゃあ…!俺は約束も果たせねぇ!!)


皆が地面に手をつき、草を掴みながら見守る中、カザンは1人おもむろに立ち上がった。


(集中しろー…リブさんの動きー…見てもわかんねぇなら、できる限り真似すんだ!!)


なんとも、カザンらしい単純な発想ではあったが、それが彼にとって1番の学びの方法であった。自分に合った学び方を見つけた者はー…



強くなれる。



「カザン…」


リョウは、まるで1人武術でもやっているかのような、見様見真似でリブの格好を真似して動き回るカザンを見上げた。


「何やってんだ?あいつ…」


周囲の保安部員たちも、不思議そうに一瞬振り向くが、そんなことはどうでも良かった。


(ジュエイ隊長の攻撃…!来た!よけろ!下から!左足ー…右に飛びながらー…左手ー…じゃねぇ右ー…あー!くそ、次だ次!!)


リブの早すぎる動きを、目視で捉えて真似をするなどそれこそ無茶である。1割も真似できないかもしれない。それでも、そこから30分ー…


周りの声は、耳に入らなかった。地面から押し寄せる土地の力も、靴の感覚も、目に入る砂埃すら分からなかった。ただ、自分がまるでリブと同じ場にいるかのようにー…空気を掴み、地を蹴り、腰をかがめー…



無の境地に入ろうとする瞬間ー…とはこの事なのか。


研修が終わった時には、カザンの全身の細胞が震えていた。1人立ち尽くし、水浴びでもしたかのように汗でびしょ濡れになりながら、カザンは震えながら口元には勝手に笑がこぼれる。今までにない、感じたことの無いこの感覚に、まるで吐きそうなほどの感動と興奮が押し寄せる。



「…大した集中力だ」


隊長達は、何事もなかったかのように静かに、その戦闘は終わった。リブの横に着地したジョーリは両手を腰に、呟く。その視線の先には、突っ立ったまま、震える熱気をまとって、目を輝かせているカザンがいた。



「…フッ」


リブは小さく笑う。


「お前の動きを真似しようなんて、バカ単純な考えだな…しかも…息ひとつ切らさず笑ってんじゃないか」

「…あぁ、あいつらしい…」


カザンが現実に意識を戻すまでには、時間がかかった。何かを掴んだかと言われれば、うまく言葉にはできない。しかし、何かが変われる気がした。


研修後はそれぞれの隊ごとに、今の時間を踏まえて訓練が行われることになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る