第2隊の仲間達
カザンの相部屋の相手は、リョウだった。部屋は綺麗に整頓され、物が無いせいで生活感もまるで無い。
「カザン、このクローゼットも好きに使ってくれ、俺ここ使ってないんだ」
「リョウさん、荷物少ないんすね。ま、俺も人のこと言えねぇけど」
昼食を終えてひとまず部屋に戻り、カザンは日中かいた汗を拭くと着替えを済ませた。
「…あ、言ってなかったよな。俺な、泊まり込みじゃ無いんだ。特例でさ」
「え、そうなんすか?じゃ、ここに毎日通ってんすか?」
「あぁ、そうそう。…家にさ、今4歳の双子がいるんだ」
「リョウさん、結婚してんすね!」
リョウは一瞬キョトンとすると、急いで片手を振ってみせる。
「あ、いやいや、妹なんだ。かなり歳の離れたね。…高齢出産だったからな、母親さ。過労で倒れてね…うん。まぁ、親父は別の町に勤めてんだ。たまに帰ってはくるけど、基本的にまぁ、俺が育ててるようなもんでさ」
リョウの優しい笑みは、兄を通り越して父親のような慈愛を感じた。
「そりゃ、きっと可愛いっすね。俺妹いないからわかんねーけど、4歳の双子なんてぜってー可愛いじゃないっすか」
リョウは嬉しそうに「そうなんだよ」と答えると、いそいそと胸ポケットから小さな革のケースを取り出した。
中には保安部カードと…
「これ。姫乃(ひの)と、音々(ねね)っつーんだ」
カザンは取り出された小さな写真を受け取った。リョウと同じ栗色の髪が、癖毛なのか結ばれた先でくるくると跳ね回っている。
同じようなタレ目の大きな目が、楽しそうにカザンを見つめ返した。
「すげー可愛っす。…こりゃ、リョウさんここに寝泊まりするわけにはいかないっすね。だから、朝もいなかったんだ」
「そう…とりあえず朝食を済ませてから、ご近所に預けてここに来るんだ。だから、悪いな、夕飯時にもいないことが多くて。まぁ、一人部屋だと思って、のびのび使ってくれよ」
カザンはリョウの保安部カードを見て、自分も受付で申請しに行くことを思い出した。
「やべ、俺もそのカード作ってもらわなきゃ」
カザンは内ポケットにしまっていた、シワシワに折れた申請書を引っ張り出した。
片手で撫でつけしわを伸ばすと、申請書を記入しようと、床のフローリングで広げ始める。
そんなカザンを見ると、リョウは弟でも見ているかのような気分になるのだった。
「…ここ、折りたたみの机あるから、そんな所で書かないでちゃんと机で書けよ」
「あ、あざす」
名前やら何やら記入し、一部の質問欄に丸をつける時、カザンの手が一瞬止まった。
(…っと、丸つけじゃなくて、正円だ正円…)
やけにゆっくりと慎重に丸をつけていくカザンの手元を、リョウはじっと見つめていた。
「ヨシ!ちょっと、コレ出してきていっすか」
「もちろんだよ。…その前に、ひとつだけいいか?」
「なんすか?」
カザンはドアノブにかけた手を下ろす。
「お前、カザン…丸を描くとき、下から描き始めてるよな?人それぞれなんだけど、どうも描きにくそうで…上から、右から左からー…色んな所から描き始めてみて、自分が一番早く綺麗に描ける描き方を見つけたらどうだ?」
リョウはカザンの記入する手元を見て、すぐに魔法陣と結びつけたに違いない。
「…なるほど、描き始める場所か。考えたこと無かった…ちょっと、色々試してみます!」
誰も、カザンを見下したりしない。この隊の人たちはきっと、皆良い人に違いない。そう思った。
「カードが出来たら、夕方までは俺とユミネと町の見回りだ。すぐ出よう」
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受付に行くと、新人のエリカと専任のエルがいた。
「これ、書いたんすけど」
「あ、申請書ね。待ってたわ。エリカ、そっちにカードはできてるから、書類と照らし合わせてみてくれる?相違なければ、書類の下に印鑑押して、そこにしまっておいて」
エルは他の仕事があるのだろう、エリカに説明するとすぐに席を立った。
エリカは相変わらずキリッと眉をあげ、無言で書類をチェックし始めた。
「…あんた、字きったないわね…読めやしないわ」
「そうか?わりーな、どこ読めない?」
カザンはずいとカウンターに顔を出すと、エリカと額を突き合わせて申請書を覗いた。
「ぜっ…全部よっ!」
エリカは突然近づいたカザンに驚いて、書類を引っつかんで後ろに下がった。
「…はい、カード。無くすんじゃないわよ、せっかく作ったんだから!」
「おぅ、どーもな」
カザンは無事、保安部の個人カードを受け取った。
「…何よ」
じっとカザンが自分を見ているのに気づき、エリカの目が釣り上がる。
「お前、なんでいつもそんなに怒ってんだ?」
「は…はぁ?」
「すげーピリピリしてっし、いつも目こんななってっぞ」
カザンが両手の人差し指で、自分の目尻を引っ張り上げて見せる。
「バカにしてんじゃないわよ!」
「だからさ、そんな怒んなよ。もうちょっと楽しくやろーぜ。俺、別にお前と喧嘩したくもねーし、せっかく同じ第2隊になったんだからさ。仲間だろ?」
「…っ」
エリカは一瞬言葉を飲み込むと、直ぐに視線を逸らせて印鑑をしまい書類をしまう。
「…別に怒ってないわよ」
「そうか?」
「さっさと行ったら?見回り」
玄関口に、リョウとユミネが待っているのが見えた。エリカはカザンからカードをひったくると、スキャナにかざして無言で返した。
「…んじゃ、行って来るぜ。お前も頑張れよ」
2人の先輩の元へ向かうカザンの背中を見ながら、エリカは鼻から長くため息をついた。
(…何よ…何なのよアイツ。あたし別に怒ってなんかー…)
いや、そう言われても仕方ないじゃないか?自分でも分かっていた。愛想のある態度もなく、気さくに話しかけてくる人と、仲良くなろうともしていない。
(…だけど…仕方ないじゃない…こんな風に育っちゃったんだから…
むしろアイツは何なのよ?どんな育ち方したら、あんなサラッとヘラヘラしてられんのよ)
"羨ましい"…その言葉を、エリカは脳内で振り払った。怒っているつもりも、冷たくしているつもりもないのだが、明らかに自分は嫌なやつだ。
(…分かってるわよ…そんなこと…でも今更性格なんか、変わんないわよ)
エリカは、自分の中に巣食う色々な想いを、また心の扉に押し込めるのだった。
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「お待たせっす!カードできると更にテンション上がるぜ!保安部って感じでさ」
「ははっ。そうだよな。…さ、第8エリアの見回りに行こう」
「歩いていくんすか?ワープしないで?」
「そうだよ。そこに着くまでの間も、見て行けるだろ。それも見回りのうちだ」
3人はガラス張りの自動扉を出て、保安部を後にした。カザンは外に出ると、今だと言わんばかりに、すぐにユミネの腕を掴んだ。
彼女には、早く言わなければならない事がある。
「あのさ!…あん時は、本当にごめん!!」
ユミネは急に腕を掴まれたのと、頭を下げられたことに驚いたようだ。
黒髪から覗く綺麗な青い目が、ちょっと困惑気味にカザンを見つめ返した。
「…何のこと…?」
「ははっ。ユミネ、ほら、あれだよ。実技試験の時のこと。カザンは、ずっと気にしてたんだ」
「俺、本当に実力なくてさ、あんなに怪我さしちまって…結界も何も上手くいかなくて、すげー痛い思いさせたよな。ずっと謝りたかったんだ、本当にごめんな!!」
「…大丈夫よ、あのくらい…すぐ治ったから」
リョウも言っていた。すぐに治療がなされたと。
「それは良かったけど、そうだとしてもさ。試験でもなんでも、守れなくてごめん」
カザンのまっすぐな眼差しに、ユミネは瞳を泳がすと目を逸らした。
「…大丈夫だってば…もう忘れて。無事合格したんだから…ほら、早く行かないと」
カザンは掴んでいた腕を離すと、立ち止まっていた先頭のリョウが、再び歩き出す。
「お前、すごかったよ。あんな怪我しても、俺傷ひとつなく試験が終わって…って、一応先輩か。でも、何歳だ?年下じゃねぇのか?」
「…二十歳よ」
「…あ、わり」
カザンよりも1つ、年上だ。
「はっはっは、失礼極まりないな、カザン。でもユミネはだいたい学生に見られるからな。こう見えて、できるやつなんだよ、ギャップがあっていいだろ?」
リョウは明るくフォローに入ってくれたようだ。
「こう見えてって、リョウさん、それも失礼よ」
「いやぁ、ごめんごめん。でも、か弱そうな学生の女の子って感じだからさ」
「なぁ、先輩なのは分かってんだけど、ユミネでいいか?呼ぶの。ユミネさんって感じじゃないんだよな、なんか」
「…もういいよそれで…」
カザンの大きな声にかき消されるように、ユミネがボソボソ呟いた。
隊長のリブ、受付のエリカ、リョウ、ユミネ…。カザンにとって初めての、保安部の仲間だ。
カザンの胸はぐっと熱くなるようだった。ただの友達でもなければ、職場仲間だなんて言葉も似合わない。
大切にしていきたい、繋がりだと思った。
「…俺さ、基礎練も頑張るし、みんなのアドバイス全部モノにしたいと思うし…
ぜってー強くなるからさ。そしたら、いつかユミネ、実技試験の恩返しすっからな」
「だから、その話はもういいって…」
「次は、俺が守れるようになるから!…だから、リョウさんも、ユミネも…色々俺に叩き込んでくれよな!」
リョウは振り返ると、笑顔で頷いた。
(…リブさん、お柱。Eランクの陣使いをとったって聞いた時…さすがに耳を疑った…。
素質がある受験者なら、他にも沢山いたはずだったから…。
…でも、俺も見守ります。まるで何もかも、初めての経験を楽しむかのような…純粋な吸収力ある新人を…
俺も、カザンの成長を見守ってみたいと、そう思える気がします)
「…まっ、これからだけどね」
リョウは自分にだけ聞こえるように、前を向いたまま呟くのだった。
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