第2話 勇者になれなかったお兄さん
この世界にはある噂がある。。
正義の心に満ち溢れお腹を空かせた子どもたちに無限に溢れるパンを提供している青年がいる。
世界は、希望に満ち溢れている。
でも、絶望にも満ちている。
たとえ胸に大きな穴が空いても。
生きる喜びを忘れても。
みんなに平等にパンを与える。
そんな青年がいるという噂がある。
「耳はいらない」
子どもがひとり泣いている。
子どもが絶望に満ちて泣いている。
青年はそんな少年に声をかける。
「どうしたんだい?」
青年の顔は希望に満ち溢れていた。
「僕ね、いらない子なんだ」
対して少年の顔は絶望に満ちていた。
青年の優しい表情のもと少年は涙を流しながら言葉を続ける。
「僕は、いらないんだ。
不良品なんだ」
「君は立派だよ?」
「人間に食べられるために産まれたのに。
牛さんや豚さんのご飯になるんだ。
だから切られて捨てられるんだ。
ねぇ、お兄さん。
お兄さんも僕を捨てているんでしょう?」
青年は言葉に困る。
でも、瞬時にわかった。
この少年の正体が……
「そんなことないよ。
君たちの中にはラスクにだってなった人もいるじゃないか」
「そうだね。
でも、僕は違う。
ラスクにもなれなかったんだ」
「……大丈夫」
青年は優しい目で少年の隣りに座った。
「何が大丈夫なの?
お兄さんだって耳を捨てているじゃないか」
「そうだね……」
青年の表情は温かい。
そして、温かい声で言葉を返す。
「君は、その豚さんや牛さんの運命を知っている?」
「え?」
少年は、驚いた顔で青年の方を見る。
「その豚さんや牛さん。
そして、鶏さんもだね。
みんな人間の食べ物になるんだよ」
「どういうこと?」
「牛さんたちを生かしているのは君たちなんだ。
君たちがいないと人間もお腹が膨れない。
君たちの存在が人間を生かしているんだよ」
「そう……なのかな?」
「うん、だから自信を持って!」
青年の言葉に少年は空を見上げる。
「でも、どうせなら僕……
――いや、これは贅沢だよね」
「言ってもいいんだよ?」
「ありがとう。
僕、食べられるより食べる側になりたかったな」
「そっか、そうだよね」
青年はそういって小さく笑う。
そして、少年は次に放たれる青年の言葉に驚く。
「なら食べてみる?」
「え?」
「僕を食べていいよ。
僕は、少しくらいなら食べられても死なないんだ」
「そうなんだ。
いいなぁー」
少年は羨ましそうにそういった。
「さぁ、食べて」
青年は、そういって顔を少しちぎった。
「ありがとう」
青年から渡された顔を少年は嬉しそうにかじった。
甘かった。
美味しかった。
でも、しょっぱかった。
その味は涙の味なんだと少年にはわかっていた。
少年は嬉しくて嬉しくて青年に感謝した。
青年は静かに静かに空を見つめた。
「ありがとう」
少年の声が聞こえた気がした。
青年が次に少年の方を見たとき。
少年の姿はなかった。
「いったんだね……」
青年の心にはぽっかりと穴が空いていた。
するとおじいさんが現れる。
「君は……
立派だったよ」
「おじいさん」
「そうかな?」
「ああ、立派だよ」
「救えたのかな?」
「ああ、あの子のあの笑顔をみただろう?
きっとしあわせだったと思うよ」
おじいさんが小さく微笑む。
「だといいなぁ」
青年が笑う。
そして、ふと思う。
「おじいさん老けましたね」
「そうだね、おじさんからおじいさんと呼ばれるようになったね。
自分では変わっていないつもりなんだけどね」
「僕ももう子どもじゃありません」
「そうだね、時間は残酷だね」
「はい」
青年は、ゆっくりと空を見た。
空は赤くそして暖かかった。
青年には名前がない。
勇者になれなかったから……
人は彼のことをこう呼んだ。
勇者になれなかったお兄さんと。
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