第35話 見付けた!


「ざっけんなーっ!」


 とは『レッド』で機関銃マシンガンの弾を直撃させる。

 しかし、効いてはいないようだ。


 いや、ダメージにはなっているが硬い皮膚と再生能力で無効にされてしまったのだろう。相手は煙を上げつつも、撃ち込まれたはずの弾丸をパラパラと排出する。


 同時に人間ではなく、獣の顔が姿を現す。

 『レッド』は――チッ!――と舌打ちした。


 もっと威力の高い武器はあるが、この距離では車ごと破壊し兼ねない。

 なにを思ったのか『キャベツ』はドアを開け、普通に車から降りていた。そして、


「やはりな……貴様きさまとは戦う運命だと、オレの筋肉が告げていた!」


 と意味の分からない事を言い出す。

 いや、そういえば、ミラと接触した際、なにやら大男にからんでいたような気がする。


 ここで時間を浪費する訳には行かない。

 こちらの最大火力である『レッド』を敵につけるのが、作戦の第一段階だ。


 正直、カグヤの【魔術】と合わさると周囲一帯が更地になるような気がしなくもないが仕方がない。


「ここはあっしと『キャベツ』でなんとかするでやんす」


 わたしはそう言って、無限軌道キャタピラを展開すると車から飛び降りた。

 【魔力】を封じる弾丸があるのなら、わたしが行った所で役には立たない。


 ほぼ同時に『キャベツ』は大男の腕を取ると投げ飛ばす。

 体格差は向こうの方が一回り大きいというのに大したモノだ。


 自由になった車は一気に加速して【魔王監獄プリズン】の正門へと向かって走り出した。

 どうやら、先を急ぐ事を優先してくれたらしい。


 さて、また飛行型二輪エアリアルでも奪ってやろう――そんな事をたくらむわたしの背後では、


「さあ、筋肉の時間だ!」


 『キャベツ』がそう叫んで、獣の頭部を持つ大男と向かい合っていた。

 今、戦いの火蓋が切られる。



 ――〈カグヤ視点〉――



 大きな衝撃と共に私の意識は覚醒する。

 なにがあったのだろうか? 体中が痛い。


 目隠しを外すも、真っ暗な空間には誰も居なかった。

 車の中だったと思ったが、違ったのだろうか?


 頭をつけたようで、出血しているのか指先にヌルリとした感触がある。

 もしかすると一度、死んでから蘇生そせいしたのかも知れない。


 それで【魔術】が解けたのだろう。傷口はふさがっているようだ。

 段々と人間離れしてきている。困ったモノだ。


 起き上がろうにも今、自分がどういう体勢なのかも分からない。

 まだ車の中のようだけれど、シートベルトはしていないようだ。


 【魔力】を封じる首輪を壊すのは、そう難しくはない。

 ただ、先程の戦闘で【魔力】を消費してしまった。


 手錠と目隠しを【魔術】で切断する。

 残った【魔力】を使えば、小さな刃物を出す程度の【魔術】なら使用可能だ。


 多少は自由になれたので、私は座り込む。なにやら外が騒がしいようだ。

 この状況で暴れるのであれば『オヤユビ』だろう。


 けれど、彼女の【魔力】は感じない。

 それに音からして、銃撃戦のような気がする。


 仲間割れだろうか? いや、第三勢力の介入と考えるのが妥当だ。

 塔を守る『結界』はいくつかある。

 その内の一つ、外周を守る『結界』が消えたのかも知れない。


 これを機会チャンスとばかりに攻め込んできて『選民思想インテリジェンス』との戦闘になった――というのが可能性としては一番高いだろう。


 車内に誰も居ない所を見ると、逃げたか応戦しているようだ。

 塔に居る皆を助けに行くには今しかない。


 けれど、私が塔へ行くと【魔力】を奪われ、計画が実行される。

 ミラという女を殺すのは簡単だ。


 しかし、あの中身は本人でない。

 恐らく【異界】の住人だろう。


 女を殺しても、中身は別の肉体へと移り変わるだけだ。

 ただし、誰でもいい訳ではない。それなら、私に乗り移る方が確実だろう。


 それが出来ない理由がある。

 思い当たるのは、あの『キャンディー』だ。


 特殊な薬品で意識と【魔力】の両方に――なんらかの影響を与えている――と考える事が出来る。


 施設に居た頃、優秀な子供にあの『キャンディー』を与えていたのは、自分達の【うつわ】にするためだったのかも知れない。


 後は自分達の【うつわ】になる可能性のある【魔術師】の複製品クローンを作成するだけだ。

 そう考えると、色々と辻褄つじつまが合ってくる。


 けれど今はそんな事よりも、あの女を殺した場合、次は――『シラユキ』の中に入る可能性が高い――という事が問題だ。


 そうなった場合、私に『シラユキ』は殺せない。

 大事な家族をもう失いたくはないのだ。


 結局、あの時と同じだ。

 真っ暗な穴の底で、なにも出来ない自分を呪う。


 私には、また家族を殺す道しか残されていないようだ。

 きっと、私は壊れてしまう。


 折角、彼と娘に再会できたというのに、ここから出たら『シラユキ』を殺さなくてはいけない。もう心が持ちそうにない。


 ここでは見上げても月は見えない。彼も助けには来てくれない。

 本当に地の底まで落とされた気分だ。


 どういう理由わけかは分からないけれど、不意に悠月いもうとの顔が浮かぶ。

 結局、姉らしい事は何一なにひとつ出来なかった。


 私がやった事は、幼いあのから両親を取り上げたくらいだ。

 それでも、私はあの頃を取り戻したかった。


 だから、あのに似ていた『シラユキ』を妹の代わりにした。

 そのばちが当たったのだろうか?


「ゴメンなさい……悠月ゆづき……ゴメンなさい」


 おろかな姉を許して欲しい――私は涙する。

 結局、私が大切にしたいと思う人間は皆、不幸になってしまう。


 ――スパンッ!


 次の瞬間、天井が切り裂かれ、光が差す。


「邪魔っ!」


 そんな声と同時にくろな屋根が取り払われる。

 同時に――バンッ!――と大きな音を立て、放り投げられた。そして、


「見付けた!」


 と女の子の声。姿も変わって、男の子のような格好だ。

 昔の姿とは全然違うのに――私は理解する。


「悠月……なの?」


 そんな私の言葉に、


「お姉ちゃん!」


 そのは、昔と変わらない笑顔を浮かべた。

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