黄昏世界のファンタズマ

神霊刃シン

黄昏世界のファンタズマ

プロローグ

第1話 最初は利用するだけのつもりだったに……


 煌々こうこうかがやく、月明かりだけが頼りの森の中、


「本当にするの?」


 何処どこおびえた表情で、少年は私に問い掛ける。

 施設を脱走した――というだけでも、どんな罰が下るのか分からない。


 少なくとも、彼のたった一人の肉親である姉。

 その彼女は『彼をかばったがために幽閉された』と聞いている。


 彼は自分に罰が下るのが怖い訳では無い。

 私がひどい目にうのが怖いのだ。


(優しい子ね……)


 そんな彼だから――

 私の事を『絶対に守ってくれる』と約束してくれた彼だから――


(私は今日、初めてをささげる……)


 それは私達が生まれる前の話だ。

 【魔王災害】と呼ばれる未曽有みぞうの危機が人類を襲った。


 世界は【魔素まそ】という毒におかされている。

 そんな中、まれに私達のような存在が生まれる事があった。


 【魔素まそ】に適応し、超常の能力である【魔術】を使用する存在。

 人々はそんな私達の事を【魔術師】と呼ぶ。


 しかし、祝福された存在では無かった。

 この世界で、私達のような子供が生きていける場所は限られている。


 一部は保護という名目で、研究所のような施設に入れられた。

 そこでは、毎日のように実験が繰り返されている。


 また、何処どこかの組織に飼われている存在もいた。

 その場合、死ぬまで働くのだ。


 勿論もちろん、それで幸せに生きている【魔術師】もいるのだろう。

 けれど、私も彼もそれ程、器用には生きられない。


 彼がこの間、精通せいつうを迎えたのは確認済みだ。

 私としても、教育プログラムの一環で最低限の知識は持っている。


 怖くない――と言えば、それはうそになるだろう。けれど、


「時間がないわ……アイツらに、見付かる前に終わらせましょう」


 私はそう言って、彼の服を脱がせた。

 月明かりの所為せいだろうか?


 傷一つない彼の綺麗な素肌は、青白く輝いて見えた。


うらやましいくらい……)


 それに比べて、私はどうだ。

 『化け物』と呼ばれて石をつけられ、身体はあざだらけだ。


 特に顔につけられた傷痕は、もう治る事はないだろう。

 顔の半分は変色し、まぶたの上はれている。


 普段は包帯で隠しているけれど、誰もが『気持ち悪い』と言った。

 背中には、大きな火傷やけどあともある。


 お前の中にいる悪魔を追い払う――そう言って、父が私の背中に火を付けたのだ。

 外で誰かに、なにか言われたのだろう。


 嫌がる私の髪をつかみ、父は『火バサミ』で暖炉だんろから燃えたまきを拾い上げた。

 泣き叫び、許しを請う私に対して、それを押し当てたのだ。


 母に助けを求めても、無駄なのは分かっていた。

 けれど、心の何処どこかで『助けてくれる』と信じていたのだろう。


 おろかにも、私は母にすがってしまった。

 母も父が本当に『そんな事をする』とは思っていなかったようだ。


 寸前までは――止めて――と泣く振りをしていた。

 しかし、私の背中に火が付き、衣服が燃え上がる。


 その瞬間、顔を覆いつつも、口元に笑みを湛える母の姿を見た。

 私が『死んだ』と思ったのだろう。


 これで気持ちの悪い娘から解放される――そう考えたに違いない。

 同時に、私が初めて人を殺した瞬間でもある。


 彼女は、私を愛してはいなかった。

 私の持つ【魔術ちから】におびえていたのだ。


 すべてを理解した私は初めて、明確な殺意で【魔術】を使用した。

 その時の心と身体の傷は、今もえる事はない。


 ただれた背中は自分で見てもひどい有様だ。

 それこそ、悪魔の翼のような形をしている。


 こんな身体の所為せいで、施設に入ってもいじめにってしまった。

 誰もが、私の姿を見て笑う。でも、彼だけが私に優しくしてくれた。


綺麗きれいだよ」


 私の一糸いっしまとわぬ姿を見て、彼は微笑ほほえむ。

 如何どうして、そんな言葉が出て来るのだろう。


(辺りが暗い所為せいだろか? それとも、月明かりの所為せい?)


 ――いや、彼にとっては本当にそうなのだ。


 まるで私が普通の女の子のように接してくれる。

 私の本性がみにくい『化け物』である事は、すでに話した。


 それでも――この姿を見ても、彼の態度は変らない。

 それどころか『綺麗だ』などと言う。


(ああ、また私は期待してしまっている……)


 もう誰も信じない、もう誰も頼らない、もう誰も許さない。

 そのはずだったのに――


(最初は利用するだけのつもりだったに……)


 今の私は、本気で彼の事が好きになってしまっていた。

 年下の可愛らしい少年。


 本気で『彼の子供が欲しい』と思っている。

 私を抱く事で、彼もまた『汚れてしまえばいいのだ』と思っている。


 私は『この世界』が嫌いだ。

 私に石を投げる人間が嫌いだ。


 私が悪魔に取りかれていると言って、火を付ける父親が嫌いだ。

 私を愛していると言って、抱きめてもくれず、守ってもくれない母親が嫌いだ。


 私を実験体と呼び、施設に閉じ込めた大人達が嫌いだ。

 私をみにくいと言って、なにをしてもいいと思っている子供達が嫌いだ。


 ――でも、彼だけは違う。


 私を好きだと言って、抱きめてくれる。

 私を可愛いと言って、頭をでてくれる。


 口付けだって、もう何度なんども交わした。

 傷の舐め合い、子供のお遊び――そう言われてしまえば、その通りだろう。


 でも、それだけで――

 たったそれだけの事で、私の世界が変わった。


 彼が私を人間に戻してくれた。

 彼が私を女の子にしてくれた。


 一緒に幸せになろうと約束してくれた。

 しかし――それも、もう終わりだ。


 これから、私達を取り巻く環境が変わる。

 大きな戦争が始まるのだ。


 私達――【魔術師】――は戦争の道具になる。

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