note.53 「はいはいはいはい、チートの方でしたか」
リッチーとマックスは自分達の部屋で荷物整理をしていた。
先に街へ再度繰り出したキングとイデオは、今頃きちんと稼ぎ口を見つけているはずだ。でないと、残って夕飯準備のための準備を一手に引き受けた甲斐がない。
てきぱきと動けるのはモルツワーバで親方たちにしごいてもらったおかげだ。
けれど、迫る新しい舞台への燃える気持ちももちろんある。
(僕は魔物と戦えないし、楽器も弾けないし、歌も歌えないけど、今自分に出来ることをやるんだ――キングの歌を届けるために!)
必要最低限の荷物を携えて、ドアに手をかけた。
ドアはとてもボロく、アーリェクの宿の部屋なんかよりも軽い感覚で勝手に開いてしまった。鍵なんかついていない。
「強いマックスがキングの大事なギターを守ってくれるなら、これほどの安心感はないよ。僕が町役場に行ってる間、留守番よろしくね、マックス」
「ルス、バン、承知」
マックスはこくんと
「あ、でも建物は壊しちゃダメだからね!」
「ヒトは?」
「人もダメ! もっとダメ!」
マックスはまたこくんと
当初はイデオのピアスにすべて収納しておけばいいという案だったのだが、キングがイデオが仕事から帰って来ないと練習も作曲もできなくて困る、と言い始めた。それから、留守中にギターがあればマックスも運指の練習が捗るはず、とも。
そんなわけで一行のすべての荷物が一部屋に運び込まれている。
「まず大道芸大会出場の申請に役所に行って、仕事探して、終わったら帰って来るから」
「わかった」
リッチーはマックスのことを”赤ちゃん”だと言うし、思ってもいるが、それほど頼りない存在だとは感じていない。
だからこそ、失望させたり、悲しませたりするようなことは絶対にしたくない。
(僕のお父さんも、僕とお母さんを置いて出た時は、こんな気持ちになったのかな……)
守りたいのに、大切なのに傍にいられない。一緒にいるために離れなくてはいけない苦しみ。
(なんて……初めての留守番頼むだけだもん。
「リッチー?」
「あ、な、なんでもないよ。……それじゃ、行ってきます!」
「うん、ボク、待つ」
感情表現が乏しいマックスは、声音だけでは何を思っているか判別しにくい。
だが一緒にやって来たリッチーはそんな声すら、今では懐かしいような愛おしさを持って耳にしまう。
少しだけ名残惜しい気持ちで、リッチーは部屋の戸を閉めた。
(そっか、僕、おにいちゃんになったのかも)
遠い記憶の両親とも違う。家族のように接してくれた親方やおかみさんや、故郷のみんなとも違う。
馬鹿言ったりやったり、たまにはツッコミを入れたりする友達のキングとも違うし、大人だけど目上の人ともいえない心地よいやり取りが出来るイデオとも違う。
(……あれ? 僕がマックスのおにいちゃんだとすると、マックスのお父さんはキングだから、僕のお父さんもキング? ……いや、それは絶対ヤダな……)
今までにない奇妙な心持で、リッチーはキングとイデオに遅れて宿泊所を後にした。
そんな小さなモルットの背中がより小さく林の奥へ遠ざかったのを確認していたかのようなタイミングで、マックスのいる部屋に近づく影があった――。
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「――あのですねえ、字が読めないような方に仕事はございません。スーベランダンで働きたいなら自分の名前くらい書けないと」
ホテル支配人のちょび
「で、でも読み書きできなくてもカバン持ちとか皿洗いでもいいんだけど……何か俺にも出来る仕事あるだろ」
「いいえ、結構です」
飢えた野良犬を追っ払うようにエントランスから追い出された。カッチコチの笑顔で。
「品だとか金だとかっ、俺は生まれも育ちも庶民だってのっ! 知るかっ!」
いくら
キングだって何も好んでこの世界の字が読めないわけではない。あまりにも不便が無かったものだから、読み書き出来ないことを忘れていただけだ。これまでリッチーが進んでカバーしてくれていたのだ。
日本なら義務教育の範囲内で読み書き計算が習得できる。だが、ノーアウィーンでは学校に行くか行かないか、行けるか行けないかから人生はスタートする。さすがは王政資本主義の世である。
(リッチーは学校行ってないって言ってたから、俺でもこれから頑張れば読み書きできるようにはなるかも。リッチーに教えてもらって……いやいや、そんな手間かけてる時間はねェ。こうなったら、俺の唯一の武器、ストリートライブで稼ぐしか……!)
「お前、全部口から思考漏れてるぞ」
「うわっ」
追い出されたばかりの宿の、
「
「何してんだ? 仕事見つかったのか?」
苦虫をむりやり口に入れられて噛み潰してしまったようなキングに比べて、イデオは随分と涼しい顔である。帰る部屋は同じことだし、わざわざ一緒に動く必要もないと別行動で職探しをしていたのだ。
ここでキングに話しかけるということは。
「俺はもう決まった」
「がああああああああああああああッ、先を越されたあああああああああああああ」
「うるせえ」
やはりキングの脳裏に”社会不適合者”の文字がのしかかる。
「ちなみに聞くけど……なんの仕事?」
「秘書の補佐みたいなやつだ。経理なんかの仕事も振られるらしいが、まあなんとかなるだろ」
「なんとかなるのかよ……って、出穂さんはこの世界の文字、わかるんか?」
イデオは今でこそノーアウィーン世界の住人であるが、もとはといえばキングと同じ側の人間だ。ノーアウィーンの学校に通っていたということもないだろうに、疑問である。
「別に、仕事で必要だったから独学で会得したってだけだ」
「もしかして出穂さんってさ……天才だったりする?」
「言語習得が比較的得意な方だな。まあ、特別天才ではないだろ」
しれっとそういうことが言えてしまうところが、凡才ではない証拠だろう。
「はいはいはいはい、チートの方でしたか」
「ムカつくな、殴らせろ」
結局、識字の完璧でない人でも働ける職場を案内所に紹介してもらい、首の皮一枚、キングは人権を得た。大層不本意そうにしていたが、リッチーにどやされながら明日を暮らすよりかはマシだろう。
「まあガテン仕事なら慣れっこだけどよォ……ここ本当にファンタジーな世界? 世知辛さ変わらないんだけど?」
「消去法だ、仕方ないだろう。大道芸大会までストリートパフォーマンスは街全体で禁じられてるらしいからな」
どうやら大会当日までの一定期間は芸人たちが一挙集中することもあり、勝手に道端で商売を始められると場所争いによる風紀や肝心の大会の集客などに悪影響がある、といった懸念から禁止されているらしい。キングは先走ってライブをおっぱじめなくて良かったと額を拭った。
しかしながら、とにもかくにも滞在のための第一関門はクリアされた。
明日からは本番当日までに、がむしゃらにやることをやるだけだ。
夕暮れから夜へと塗り替えられたリゾートは、明るい時間帯とは違った表情を見せる。
時を告げるスーベランダンの広場の鐘はとうに店
そうなると当然、職探しの重責から解放されたキングも、ついでにうきうきわくわくしてきてしまう。
「あ! あのハデな看板、この街にもあるんだな」
見つけたのは、キングにとってはらーめん屋の看板。実態はこの世界でのキャバクラである、例の店だ。
「出穂さん、らーめん食ってこうぜェー」
「おい、
それに、自分達にはマーキュリー王直属騎士団の飯炊きの役目がある。
と、言おうとした時だった。
「や、やだ……不潔だわっ!!」
聞き覚えのある少女の悲鳴に似た叫びを聞いたのは。
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