note.6 「そのうたってやつを、だよ」

 怒鳴り込んできたのは、リッチーと似た背丈と長い耳。


「すすすすすみません親方っ! お疲れのところを……っ」


(こいつが、リッチーの話に出てきてた親方か。同じ種族なんだろうけど、毛がもじゃもじゃしてる……前見えてんのかな?)


 グレージュの毛は長く縮れていて。口ひげを生やしたように見える面白い毛並みだ。リッチーは明るい茶色と白い毛のハチワレの毛並みなので、モルット族は結構個体差がある種族みたいだ。


「まったくだッ……ん? リッチーィ、目が赤いぞ? ……まさか、お前を泣かしたのはこの人間か」


 キングがじろじろと親方の目を探していると、ギラッと視線がかち合った(気がした)。


「そもそも何でこんなところに人間がいるんだ! リッチーィに何をしたッ!?」

「お、親方、違うんですっ! これは、あの……後から報告に行こうと思ってたんですけど」


 親方の勢いにリッチーが委縮しっぱなしなので、キングが端的に申告した。


「リッチーに俺の歌を聞いてもらってたんだ。そしたら泣き出しちゃって」

「やっぱりお前がやったんだな人間ッ!!」


 しかしどうも話が嚙み合わない。


「俺はラックとラミーからリッチーを預かってる身なんだ! リッチーに何かあったら容赦しないぞ! モルット族をなめるな!」


 親方はリッチーをかばうように、キングの前に立ちはだかった。


「何もしてねえってば! リッチーに手伝ってもらって、俺の歌を披露してただけだよ」

? 何だそれは? さっきまで聞こえていたけたたましい音。あれもお前か!?」

「ああ、外まで漏れてたのか。あれも俺だ……て、ちょっと待て。歌は歌だろ」

「きちんと説明しろッ! リッチーに何をしたんだッ!?」

「だから、俺の歌をリッチーに聞いてもらっただけ!」

「そのとかいう武器で攻撃したのかッ!? 強盗だなッ!?」

「何でそうなんの!? 俺はただのミュージシャンだ!」


 埒が明かない。キングが目で助けを求めると、以心伝心、リッチーは急いで間に入った。


「リッチーィ! ケガは!? 無事かッ!?」

「親方、落ち着いてください! 僕はどこも痛くないです。それから、騒音もびます。でも親方の声もだいぶ大きいですからね?」


 そう言って指さしたのは、開けっ放しの玄関。


「うおっ!? リッチーがいっぱいいる……!?」


 言い合っているうちに、野次馬が集まってきたようだ。言うまでもないが、全員がモルット族である。十数人程の物見高いモルットが、珍しい人間をのぞき見ていた。


「親方、本当に報告には行くつもりだったので……騒がしくしてすみませんでした」

「チッ、俺は早寝の主義なんだ! さっさと終わらせな、うちに来い。そこの人間もな! 逃げるなよッ!」


 意図しないギャラリーとリッチーのしおらしさを交互に瞥見べっけんして、嵐のように年長モルットは去って行った。


「何か怖そうな親方だな」


 愛くるしい小動物のような見た目と小人の家のようなメルヘンチック世界観でも、頑固《おやじ》というものはいるのだなあ、とキングは感じたままに伝える。

 頑固親父の部下であるリッチーは、やれやれと疲れた表情で肩を落としていた。


「そんなことは……あるけど」

「あるのかよ」

「ちょっと気難しい人だからさ」

「余計なことは言うなってことね。わかってるよ」


 取り急ぎ楽器類だけ片付けたキングとリッチーは、お向かいにある親方の家に可及的速やかに移動した。

 ちなみに野次馬やじうまのモルット達は、いつの間にか親方が蹴散らしていて皆帰ったようだった。


 見合わせた顔をこくんと合図させ、リッチーが戸をたたく。


「親方、リッチーです。入ります」


 ドアを開けて真っ先に迎えてくれたのは親方とはまた別のモルットだった。


「あらリッチー、こんばんは。待ってたわよ。まあっ、本当に人間だわ! 大きいのねえ……私初めてよ。お名前は何というのかしら?」

「こんばんは、おかみさん。お騒がせしてすみません」


 おかみさん、と呼んだのは、親方の奥さんだからである。焦げ茶のカールした見事な毛並みだが、手足は白い。


「あの、俺は」

「おかみさん、この人間の名前はキングといいます」


 そうだった。

 リッチーには大人しくしていろと言われたのだった。


「俺は一っ言もしゃべらない方がいいのか?」

「とりあえずは僕が返事するから。なりゆきみて合図するよ」


 小声で再度打ち合わせる。リッチーに続いて低い扉を潜った。


「やっと来たなリッチーィ! そこに座れ」


 居間に踏み込んだ直後、奥の部屋からどすどすと(音はしないが雰囲気がそう伝える歩き方で)親方が出てきた。やはり目がどこにあるか分からない風貌ながら、キングが見かけた他のモルットと違って異様な威厳を感じる。


「は、はいっ失礼してます。あの……それで報告なんですけど」


 リッチーがダイニングテーブルに着くので、キングも同様に空いている椅子に座る。

 どうしても脚が余り、なんとなく居心地の悪さを感じつつもぞもぞと座り直していると、おかみさんが小さなカップをキングとリッチー、親方にも持ってきた。


(何だこの飲み物? オレンジ色でつぶつぶ? ブツブツ? っとした感じなんだけど……飲み物でいいんだよな?)


 リッチーの家でいただいたスープは青紫色だった。こちらもまた個性の強い食卓だ。

 リアクションを取りたいところではあるが、リッチーに大人しくしているように言いつけられている。キングは様子を見ることにして。一度持ったコップを置いた。


「……なんだ人間、モルットの出すものは食えねえってか?」


 キングのマナーが悪かった。といえばそこまでだが、親方はこちらからは見えない視線でじろりとキングを一瞥いちべつして、明らかに気分を害している様子だった。


「あ、あの、親方? 報告の続きをー……」

「リッチーィの話はもういいッ! 結局コイツはなんなんだ!?」

「ですから、鉱山の壁から助け出した……」

「俺はこの人間に聞いてるんだ! おい、人間! お前は何しにモルツワーバの山ン中の村くんだりまで来たんだ? 何の目的があって、何のつもりなんだ? エエッ!?」


 これでは尋問だ。

 上京したばかりの頃に、路上演奏している際一度だけ交番まで連れていかれたことがあるが、もう少し敵対心は無かったように思う。

 親方は殊更人間に厳しいのかもしれない。というよりは怒ってるようにも見える。口に出したことすべて否定されそうだ。


 キングはリッチーの顔を盗み見た。


(俺もよくこの状況わかってないから、うまいことは言えねえ……何でそこまでかばってくれるのかはわかんねえけど、黙ってろって言ったリッチーを俺は信じるぜ)


「どうなんだ人間ッ!? 何とか言えッ!!」

「――――キングは何も悪くないんですっ!! 話を聞いてくださいっ!!」


 キングがだんまりを誓った、その時――リッチーからほとばしったのは電撃ではなく、気迫だった。

 平時柔和な瞳からは火が出そうな力を感じる。ダイニングテーブルを囲む視線は十五の少年に集約された。


「親方……実は、この人間は宇宙人に追われている身なんです。だから、僕の家に匿っていたんです……そのクォルタンを飲まないのも、何が入っているかわからないから。見ず知らずの村に来て、気を張って憔悴しょうしすいしてたら、誰だってそうなりますよね?」


「……はあ?」


 同時に出た合いの手は、親方とキング。


「キングは――キング自身理解してないですけど、特別なんです。特別な力を持っています。だから宇宙人に狙われてる……僕はそんな彼の特別な力を目の当たりにし、守らなきゃいけないと思ったんです」


(俺、告られてんの……? っていうか、この飲み物クォルタンっていうの?)


 初耳の情報量と、微妙に骨子をかすめていくようなフォロー。親方よりもキングの目が点である。


(特別な力? そんなの持ってねえけど、はったりにしちゃ壮大過ぎないか!? 大丈夫なの!? その風呂敷畳める!?)


「キング」

「お、おうっ」


 突然呼ばれて椅子から落っこちそうになった。


「キングのさっきの、親方たちにも見てもらおう」

「さ、さっきの?」

「そのってやつを、だよ」

「…………歌!?」


 リッチーは確信に満ちた目付きで、キングにうなずいて見せた。




    [▶▶ other track   ▶ play now]




 キーロイに聞いた話によると、モルット族は洞穴に住む獣人。ノーアウィーンの異変以来、さらに余所者に対して警戒心が強くなった。

 その為に、日中の活動時間以外は滅多に外には現れない。


「困った……」


 そう聞いたはずなのに、着いた頃にはもう日はとっぷりと暮れ、あおい髪も闇夜に紛れてしまうほどにモルツワーバの森は暗かった。


「一度ラボに戻って位置を確認してから再度萩原旭鳴はぎわら あさひなの捜索を……いや、キーロイにまた面倒な仕事を押し付けられる。さっさと日本に送り返さなければならないのに。あのとっちゃん坊やめ……管理職のクセに忙しいとか、仕事できねえんじゃねえのか。若手にちゃんと仕事振れよ。何で俺が魔物討伐なんか……」


 ブツブツと愚痴を垂れる。


 キングがあの白い部屋を脱走してから、すぐにでもイデオは転移地点に向かいたかったのだが、またしても強力な魔物が出現したとかで僻地へきちへ退治に駆り出されていたのだった。


 ちなみに、キングとセッション後に入ったキーロイからの連絡も、同様に魔物討伐の依頼だった。


「人使いの荒いガキ……いや、ジジイか」

『全部聞こえておるぞー』


 イデオの左耳に揺れるピアスが蛍のようにともる。


「聞こえるように言っているんだ」

『ヒョッヒョッヒョ、イデオも言うようになったのう』

「今手隙てすきか?」

『うむ。ナビが必要なんだな』

「ああ、こう暗くちゃ何も見えない。どこから魔物が飛び出すかも」

『そうか。天使族に暗視はできなかったか』

「お前の管轄のノーアウィーン世界だろうが。種族の特性くらい把握しといてくれ」

『そういうのは若手がやっておる』


 さっきの独り言を嫌なパターンで取って返された。

 イデオは舌打ちをして、不確かな足元を愚直に踏み越えていく。


 本来なら、いちばん楽な方法でいえば転移装置を使えた。

 しかし、突然真昼間に天使族が瞬間移動をしてきたとなると、警戒心の強いモルット族によくない。電撃をお見舞いされてしまう。故に、人気の無い地上へ降りてからの徒歩移動、ということで現在に至る。


「こんな立地の土中で、何もなければいいが……」

『魔物に襲われるよりはマシじゃろう』

「地球人は酸素が無いと死ぬんだ。知ってたか?」

『地球はわしの管轄外じゃ』


 ということは、命の保証が限りなく無いに等しいという認識でいいのだろうか。

 盛大にため息を吐いて、イデオは少し足を急がせた。


 その刹那――


『イデオ、後方から来ておる』

「クソ、こんな時に……!」


 魔物だ。

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