Captive

 私は走った。町を出て、森の中を一心に走った。どうやったって拭えそうにない、苦しみに悶えながら。

“ 私はここにいてはいけない ”

“ 早くみんなから離れないといけない ”

 そんな思いが、頭に、身体中に取り憑いていた。私がいたら、みんなに迷惑がかかる。私は、みんなにとって、お邪魔虫だ。だから、離れなきゃ。

 —— でも、離れることって、本当に良い判断なの?

「……離れなきゃ、……離れなきゃ」

 口からこぼれ出しながら、走るのに慣れた足は、まだまだ止まらない。

 あ。思い出した。今もまだ頭の片隅にこびりついている、あの絵本のことだ。

 泣いた青鬼。理性を失い、苦しみのままに暴れて、何人も人を殺した。なんだかあれと似たような状況だと思った。私も今、鬼と化していた?

 負けちゃいけない。

 このまま苦しみに囚われて、逃げ続ければ、私は負けてしまうような気がする。負けない。もう、逃げない。

 ふんと、意地を張って、無理やり急停止した。やっぱり、苦しかった。心が張り裂けてしまいそうなほどに、苦しい。

 すぐそばにあった、木の幹にしがみついた。

「……ダメだ、……ダメだ」

 そして、すうと息を吸って、

「ああああああああああっ —— あああああああああああ」

五月蝿ウルサい」

 こめかみに、長い爪の指が向けられた。灰色の指。ちらりと顔を確認すると、全身モノクロの、目だけ唯一ハッキリとした赤色がバイオレンスに光っていた。闇のエルフ。そう呼ぶのがしっくりくる。

「はーあ。小賢コザカしい真似マネを。面倒メンドくせぇ」

「……私は負けない」

「はぁ。チッ」

 殺される。そう思った次の瞬間、エルフは蹴っ飛ばされて、大きくふっとんだ。

「邪魔」

 あ。黒髪のリーゼント、少し前に見かけた男だ。彼が、ダストホークの総大将の、コタカさん? 

「よお。やるなぁ、オマエ」

 彼は私を見て、にひっと笑った。

「俺は、カナヤマコタカ。“ぎん”の“やま”、“とら”に法隆寺の“りゅう”で、銀山かなやま虎隆こたかだ」

「日本人!?」

「ん、その口ぶりだと、オマエもそうみたいだな」

 この人、私と同じように日本生まれの、転生者か転移者だ。

「私は、花蘭香ファ・ランカです。中国の尊敬する人からとった名前だけど、日本人です」

「ふーん」

 虎隆さんは、腰を落としてしゃがんだ。そのたたずまいは、まさにヤンキー。

「あ、あの、虎隆さんも転生者ですか?」

「そうだよ。ちょうど20年前だな」

 20年前! 私が生まれる前に死んで、この世界に転生したと!

「どうして死んだんですか?」

「ナイフで刺された☆」

 何でそんな軽々しく言えるんだ。20年も前のこととはいえ、自分が死んだ話を。

「高三の頃だな、高校の番を張ってたんだよな。そしたら、俺のこと恨んでたヤローにぶっ殺されてさ〜」

 まるでマンガの世界の出来事だ。そういうの、現実世界でもあるんだな。

「ランは、何で死んだんだ?」

「海に飛び込みました」

「はあ!? マジでか、オマエも大概じゃねーぞ!」

 まあ、死んでいますしね。逆に大概な死に方ってなんだろ。

「てか、なんで海に飛び込んだんだよ」

「……えっと、それは」

 なかなか重いことで、言いづらい。

「この様子だと、いろいろと面倒なことがあったみたいだな」

「まあ、そういうところですね」

 ふと顔を上げると、さっき飛ばされたエルフが帰ってきて、虎隆さんの背後に迫ってきている。

「虎隆さん、危ない!」

「あぁ、わかってる。ったく、しぶてーヤローだ」

 その瞬間、虎隆さんは消えた。かと思うと、いつの間にか、エルフのすぐ目の前にいて、無機質な色の頬にパワフルな拳を喰らわせ、顔を地面に叩きつけた。

 虎隆さんが拳を引っ込めると、倒れたエルフはぴくりともしなかった。

 すると、エルフが倒れたすぐ下が闇にに染まって、エルフはその闇の中に引きずり込まれた。

「はー、終わった、終わった」

「……すごい」

 そう呟かずにはいられなかった。

 虎隆さんは、親指を自分に向けて

「俺が女神様にもらった能力は、超人的な身体能力と聴覚。これで喧嘩にゃあ、ゼッテー負けねーぜ!」

 なるほど。彼も私と同じ転生者だ。私の色の魔法と同じように、虎隆さんは、スーパー能力を手に入れたのだな。

「だから当然、お前なんて、軽い! 軽い!」

「わっ!」

 本当に軽々と持ち上げられた。

「さっ、マムとお友達のうさぎちゃんが、探してるぜ」

 足に力を入れて、爆速で走りだした。まるで、スーパーカーみたいだ。


「よお、マム!」

「虎隆さん」

「オマエが探し求めてた、プリンセスだぜ」

「ランちゃん! ……って、大丈夫?」

 あんまり爆速で走られたものだから、私はついて行けなくて、意気消沈した。

「もっと、大事に扱ってよね!」

 心の優しいマムくんは、虎隆さんをたしなめた。

 まだ夜も深い上に、疲労もたまった私は、そのまま深い眠りについた。


「ランちゃん」

「起きてー、朝ですよー」

 二人に起こされて、目を覚ますと、そこにはマムくんとクレームくんがいた。

「はー、おはよう」

「おはよう、ランちゃん」「おはよー、ランちゃん」

 ひざもとには、ぐずついたモモちゃんが、居座っていた。

「うぅ、ラン、ひどいよー。モモを置いていくなんて……」

「ごめんね……」

「いったい、何があったの?」

 昨夜に見たあれは、単なる夢だった。でも、覚えている。というか、刻まれていた。

 

『なんだテメーは、他所よそモンがズカズカと人の町に居座ってんじゃねーよ。出てけ』

『ほら、さっさと出ていけ。邪魔だ』

『はーあ。本当はめんどくせぇよ。邪魔虫の面倒を見なきゃいけないなんて」

『今すぐにでも、出てって欲しいよな』

『ねぇ、ラン。ランってつくづく無能だよね。ミルザ様は、どうして君を転生者に選んだのか、モモにはわかんないや』

 

「ねぇ、モモちゃん」

「ん?」

「私って、無能?」

「ちがうよ、ランは、とってもすごくて、カッコいいよ」

「そう、そっか」

 じゃああれは、全く違うんだな。私は立ち上がった。

「でもなんでそれ聞いたの?」

「うーんと、昨日の夜に、みんなから、邪魔とか無能とか、散々言われてさ。目覚めたときに、自分がこの町にいると、みんなに迷惑かけちゃうって思って、それで離れなきゃって、その思いでいっぱいで」

「ああ、そういうことか」

「うん、すごく苦しくて、必死だった」

「今は大丈夫?」

「うん、今は全然苦しくないよ」

 寝て覚めて、スッキリしたからかな。

「それはよかった。さっ、朝ご飯だよ」

「今日は、朝からラメるぜ!」

「ラメる?」

「ラーメン食うんだよ」

 そういうことか、ラーメンを食べるで、ラメる。私はそういうのには、ついていけないタイプだ。

 あの二人が家から出ていくのを見て、モモちゃんに言った。

「まるで、青鬼みたいだった」

「あー、あの絵本の?」

 すると、マムくんがびっくりしたかのように、こちらを振り向いた。

「それって何だ?」

「えっと、大国の街にいたときに読んだ、実際にあった事件をモデルにした本で、……えっと、すごく悲しいことがあった男の子が、街で大暴れして、そのときの彼が青鬼みたいだったってことで、青鬼って」

「『泣いた青鬼』って、タイトルの本だよ」

「それで、その大暴れした男の子は、苦しみに囚われて、暴れ回ったんだけど、昨日、必死に逃げてるときに、それを思い出して、似てるなって思ったの。だから、青鬼の子も同じ感じだったのかなって。……絵本じゃなくて、実際の青鬼に会えたらさ、……優しく、抱きしめてあげたい……なって」

 話を最後まで聞いたマムくんは、とろんと優しい表情になった。

「ランちゃんは、優しいな。じゃあさ」

 マムくんは、ゆっくりとこちらに近づくと、優しくそっと抱きしめた。

「え」

「代わりに俺が、ランちゃんを抱きしめてあげる。青鬼の代わりにね」

 私は、頭が真っ白になった。

「おーい、早くー」

「おう、すまん。ランちゃんも早く!」

 まるで、石膏像にでも化けたが如く、私はしばしフリーズしていた。

「おーい、ランー」


「はいっ、ラーメンだよー」

 転生してから、初めて見るラーメンは、思っていたよりもあっさりしていた。朝に食べてもするするいけてしまいそう。

 このラーメンを作ったのは、いつもみんなの母として、食の世話を買って出ているマムくんではなく、なんと虎隆さんだ。まさかの総大将自らがそういう役を買って出るなんて。クレームくん曰く、ラーメンは虎隆さんの専売特許で、「これだけは誰にでも譲れねぇ」と、ラーメンだけは毎回自分で作って、皆に振舞っている。

「でも、ムーちんは、そういう時でも休まねぇけどな」

 マムくんは、作らない変わりに、配膳係を自ら買って出た。その行動力には感心する。私はああいうことには消極的なのもあるし。

「すごい。働きものだな、マムくん」

 さて、大将様が直々に振る舞ってくれた、ラーメンを、いざ味わおう。

 ズルり。……。さっぱりして、深みのある塩ラーメンだ。

「塩ラーメン?」

「うん、虎隆さんこだわりのな」

「へぇ、こだわるって、もともとラーメン屋のせがれだったりして」

「ちげーよ」

 いつの間にか、虎隆さんがいた。

「俺はべつに、実家がラーメン屋でも、飯屋でもなかったよ。ただ働く父ちゃん、母ちゃんのもとに生まれたガキだ」

「なら、どうして、プロ並にこだわったの?」

「んなの、好きだからに決まってんじゃねーか」

「えー、それだけ!?」

 私もクレームくんと同感だ。いくら好きでも、そこまでできるか?

「逆にそれ以外に何がある。好きでもねぇもんに、ここまで情熱を持てっか。オマエらにもあるだろ? 好きなモンとか、興味あんの。愛と好奇心のためなら、なんだってできんだ」

 そっか、確かにそうだ。私にも、好きなものや興味あるものはたくさんある。“愛と好奇心”。それが行動力の源になったことは多い。そういうやつか。

「その塩はな、パール海って海の塩で、海はいろいろとまわったんだけど、そいつが一番のお気に入りでよ。もう、何度も足運んでるから、そこの海に住む人魚とも仲いいんだ」

「え、人魚いるの!?」

「あぁ、いるぜ」

「ホント! 行きたい!」

「おうおう、その意気だ」

 その意気か。好奇心が沸きまくる。この世界は、物語の中の、憧れの存在だった生物が、実際にいるんだ。エルフもそう、人魚もそうだ。魔法も存分につかえる、私が夢に見た世界だ。胸が熱く熱く燃え上がって、真っ黒焦げになってしまう。

 そんな熱い炎を胸に込めて、今はラーメンをいっぱいにすすった。


 ラーメンを食べ終えてすぐ、家に戻ると、大筆を手に持って、昨日、街の人々が捨てられた、あの地点に来た。自ら志願して与えられた、唯一無二の魔法を、しっかり使えるようにしたい。モモちゃんとクレームくんも一緒だ。

「ランちゃんって、何属性なんだ?」

「色属性」

「色!?」

 まあ、驚くのも無理はない。これは私だけがもつ、誰も見たことがない力なのだから。

「私だけが持つ魔法だよ。色からイメージするものを、実際に現すことができるの」

「それ、めっちゃ使えることね?」

「うん、何かの色の物さえイメージ出来れば、何でも出せるから、めっちゃ便利」

「ランちゃんが使う、布団や机なんかもそれを使ったのか」

「そうそう」

「すげぇな」

「でも、まだまだ本格的に使いこなせていない。この魔法の力で、強い私にならないといけない」

 昨夜の一件で、懸念が生まれた。どうやら私は、誰かから狙われているらしい。魔王とか、魔族の誰かだろうか。目的はわからないが、警戒すべきだし、強くならないと、虎隆さんやマムくんとかに守られてばかりいるのは嫌だ。

 私は、“ 花蘭香ファ・ランカ” だ。この名前は伊達ばかりではない。

 まず手始めに、基本の赤の炎だ。

 赤 —— 火 ——

「【火炎放射】!」

 筆先から、想像していた量の爆炎が放たれた。

「「うわぁ!!」」

 クレームくんとモモちゃんが、一斉に声をあげた。

 すぐに止めた。

 次は、水だ。

 青 —— 水 ——

「【噴水】!」

 今度は、大量の水が噴き出した。これも想像していた量だ。ちゃんと思い通りに動かせている。

 この大量に噴き出すものは、勢いが強く、こっちにも反動がくる。その反動もまた、私の心をワクワクさせた。

 そのほかにも、黄色の電撃技や、紫のポイズン技も、サクラピンクの霧を編み出したり、勝手に緑から想像して風を吹かしたり。想像して、それを実践に反映させて、炎技でもいろいろと試したりすると、何通りも、何十通りも技を生み出せる。

 ワクワクが止まらない。神々様もおっしゃってた通り、色には無限大の可能性がある! 

「色の魔法……本当になんでもできるんだ。すごい」

「まさにオールマイティーの力だな」

 そう、この力を選んだのは、大正解だった。あとは私次第だ。いくら魔法がオールマイティーで強くても、その魔法を使う者がへたっぴだったら、その強さが半減する。

「おーい。クレームくーん」

 そこへ、白髪ロングのエルフさがやってきた。あの時に見た人だ。

「あ、賢者けんじゃさん」

 ケンジャさんというのか。外見からして、堅気な方なのかと思っていたが、実際はずっと柔らかな感じだったようだ。

「幹部集会を開くってさ。ランちゃんにも関連ある事案を話すから、君にも来て欲しいとさ」

 私にも関連ある事案? もしかして、あれかな。

「今からですか?」

「うん。今からだってさ。だから、僕についてきて」

「はーい」

 幹部集会……色んな隊の隊長さんとか集まる感じかな。そうなったら、みんな見れるのか。どんな人たちなのかな。

 

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