Second life

花蘭香ファ・ランカ

 幼子のような可愛らしい声が聞こえた。目を開けると、そこにはうさぎちゃんがいた。

「あ、異世界ついたんだ」

 ヨーロッパの街並みだ。まさにファンタジーって感じの。今いるここは、街の中の噴水広場。人数はまばらだ。今は昼間だし、皆仕事をしているのだろう。

「ここは、人間たちの住む国、ヒューマン大国だよ」

 ヒューマン大国……なんてシンプルな国名だ。

「でさ、こっちの名前は?」

「こっち? あ、君の名前か。君の名前は、モモ。モモちゃん」

「モモ! かわいい名前」

 気に入ってくれたみたいだ。

「わーい! わーい! モモ、モモ〜」

 モモちゃんは、よほど嬉しかったのか、近場を全速力で駆け回った。ときどき跳ねたりもして、かなりガチな走りを見せてくれた。うさぎのことはあんまり知らない私は、戸惑ってしまった。しかし、可愛い。見ているだけで、思わず頬が緩んでしまう。

「私のことは、ランって呼んで」

 返事は返ってこない。でも、帰ってきた。

「転生したはいいけど、これから、どうしよっか」

「雑貨屋さんのランドリーさんて人が、しばらく面倒見てくれるから、その人に会いに行こ?」

「え、どうして?」

「ミルザ様のお申し付けだよ。モモは、せい属性で、ミルザ様とつながれるんだよ」

 聖属性……たしか、ピース君か誰かが言ってたな。この世界の魔法属性は、みずかぜつちが基本だけど、これら意外の属性もあるはあるんだよな。聖属性は、まさにそれ意外の属性。私のいろ属性も、例外のうちさ。

 そうだ、色属性といえば、やってみたいことがあったんだ。

「モモちゃん、そのランドリーさんに会う前に、やりたいことがあるんだけど、いいかな」

「うん、いいよ?」

「ありがとう」

 

 白——【キャンバス】。

 白色で、真っ白なキャンバスをつくった。もちろん、立てかけるイーゼルも、想像した色でつくった。ピンク色で台をつくって、モモちゃんにのってもらった。

 異世界転生して、一発目のお絵描きタイムだ。モデルは、モモちゃん。私の絵描きの腕をとくと見よ。絵画のコンテストに応募して、入賞した数は計り知れない。

 ショルダーバッグを開けた。鞄の中には、ペン立てのような枠があり、そこには、手持ちサイズの様々な形の絵筆やインクペンなど、様々な画材が入っていた。筆類以外にも、定規やコンパス、細長い消しゴムなども入っていた。

 ミルザ様、マジ愛しています。

 これはこれは、長い時間を要することになるだろう。


 案の定、長い時間を食ってしまった。いつの間にか夕暮れ空になっていた。そして、いつの間にか、私の周りに人が集まってきていた。仕事終わりだろうか。

 モモちゃんも、待ち疲れたのか、ぐったりしている。

「完成したよ、モモちゃん」

「あ、ホント?」

 ぴょんと飛んで、私の完成した作品を見た。

「おー!! すごい!! 面白い絵だね」

「これぞ、アートよ」

 集まっている人たちも、私の絵を覗きこんで、口々に称賛の声をあげた。

「あー、お嬢さん」

「はい」

 鼻下に髭をたくわえた中年の紳士。

「あー、実に素晴らしい絵だ」

「はぁ」

「あー、そこでだ。私に売ってくれんか」

「え?」

 絵を売ると……。

「あー、この絵だとそうだな。あー、金貨一枚はどうだ?」

「え!」

 金貨一枚って、どんくらいの価値があるのだろう。よくわからないが、金だしだいぶ高い価値があるのは確かだ。

「まぁ、いいですよ」

 この世界に来て一発目に描いた作品は、完成して早々、金貨一枚に姿を変えた。しかし、クセの強いオジサンだった。

「ああ、アンタかい? ミルザ様が言ってた、ランカって」

 群衆を掻き分けて、私たちの前に現れた、活気にあふれる女性。

「あ、もしかして、ランドリーさんですか?」

「そうよ。アタシがランドリー。アンタたちをしばらく預かってと頼まれた」

 ついてきな、と案内してくれるようだ。


[LAUNDRY] と書かれた看板をさげた店。想像していたような雑貨店であった。アンティークな雑貨が並べられていた。そのお店の二階部分に、ランドリーさんの住まいがあった。

 その建物の屋根裏に、私とモモちゃんは泊めてもらうことになった。

「ベッドも何もないけど、ここならじゅうぶん広いだろう?」

「はい。ありがとうございます。ちょっと、お部屋の模様替えしてもいいですか?」

「いいけど、どうやって?」

「私の魔法を使うんです」

 そう言って、背中に引っ付けていた、大筆を取り出した。

「とりあえず、ベットと机椅子かな」

 色の魔法で、ピンク色のベッドと机椅子をつくった。モモちゃんが「おー!」とぱちぱち称賛してくれた。

「ありがとう、モモちゃん」

「ほー、便利な魔法だねー」

「私の得意分野です!」

 

「いいねー。じゃっ、ヒマになったら降りておいで。絵本とかあるから」

「絵本?」

 さっそく食いついた。


「『泣いた青鬼』っていう話さ。わりと最近に起きた大事件をモデルにした絵本で、気になって買ったんだ。」

 泣いた青鬼。馴染みのある言葉だな。それは泣いた赤鬼だけど、青鬼……。

 絵本を開いた。


『泣いた青鬼


あるところに、セレスという男の子がいた。


セレスの母は、とても肝の据わった人で、朝から夕方まで働きながら、セレスの面倒を見ていた。


休める時間もあまりなく、疲れもたまっているだろうに、

母はいつもニコニコ笑っていた。


セレスは、母を心から尊敬していた。


一方で、父のことは嫌っていた。


稼いだ金は、ほとんどを酒やギャンブルで消費して返ってくる上、家では母やセレスに横柄な態度をとる。


母が家事で、忙しくしているのにも気を使わず、自分の欲求を無理やり押し付けてくる。


ただでさえ、忙しく動いてばかりの母に対して、協力するどころか、自らの意志で母の足枷となる父を、心から嫌った。


それでも母は、いつもニコニコ笑っていた。


その笑顔に心が苦しめられるたびに、セレスは父への恨みを募らせていった。


ある日、惨事は起こった。


父が母を殺した。


母のおびただしい悲鳴を聞いて、セレス駆けつけたころには、母は言切れて動かない。


とうとうセレスの怒りは頂点をとうに超え、自身の持つ水の魔法で、父を殺した。


しかし、父を殺しても、気が晴れない。むしろ苦しみがどんどん増大するばかり。セレスは苦しみのあまり踠き続けた。


やがて理性を失い、苦しみのままに暴れた。水の斬撃を乱発して、家の中を破壊していった。


家の中はボロボロになり、壁も壊れて外の風が吹いてくる。


それでも苦しみは晴れず、セレスは壁に大きな穴をあけ、外に出て暴れまわった。

何の騒ぎかと、様子を見にきた大人たちは驚き、おののいた。


目は血走り、呻めき声をあげ、暴れ回るその姿は、まるで鬼。


青い髪をして、涙を流して暴れる彼を、大人たちは、


“泣いた青鬼”と喩えた。』


 無残な話だ。セレスのその後、どうなっただろう。

「三年前の事件さ。ここら辺の間反対にある、南地区で起きたことだから、アタシは直に見てないけど、ここらの新聞でも大々的に取り上げられたし、情報はよく知ってる。とんでもない、大騒動だったよ」

 ランドリーさんは、夕飯を作りながら、話をしてくれた。

「大騒動って、どんな……」

「絵本にあるように、水属性の青い髪の男の子は、父親に母親を殺されて、父親を殺した。そして、街中を暴れまわった。その目は狂気に満ちていたってね。唸って、踠いて、まさに鬼のような不気味さ。でも、アタシが思うに、その子は何かに囚われていたんじゃないかな」

 囚われていた……囚われの青い鬼……ね。

「あまりに派手に暴れていたから、国の兵や勇者たちも駆り出されたけど、その子はめっちゃ強力で、何人か死んだって」

「みんな、その子がやったんですね」

「うん」

「まさに、殺人鬼」

 唸って、踠いて、囚われて、狂気に満ちた、殺人鬼。

「なんか、そそる」

 そう言って、キラリと目を光らせた。

「え!?」「えー!」

 ランドリーさんとモモちゃんは、驚愕の声を上げた。

「な……なんでよ、ラン」

「アンタもその素質あるかもね……」

 で、

「結局は、どうなったんですか?」

「でもね、戦いが始まってわりとすぐに、その子の友達が駆けつけて、庇ったって。これ以上殺させない、殺されないために」

「それで、その子たちはどうなったの?」

 モモちゃんが尋ねた。

「突如やってきた、巨大な鷹に乗った男に、二人とも連れて行かれて、国外に」

「この国以外に、人間の国ってあるんですか?」

「一応、アタシらヒューマンの住む国はここだけだよ。あとは、それ以外の種族の村や国がある。でも、うわさでよく聞くけど、この国の結構近いところに、ひっそりこっそりと、ヒューマンの住む集落があるっていうの。アタシは、見たことないけど、これは確実にあるでしょうね」

「そこって、行くことできますか?」

「残念ながら、普通は、この国から出られないの。さっ、出来あがったよ〜」

 食卓の上に置かれた、異世界に来て、初めて見る料理は、ビーフシチューだった。前いた世界でも、馴染みのある料理だ。私の口にも合うと分かる、馴染みのある料理で良かったという、安心感と、異世界に来て最初に食べる料理が、前の世界でも馴染み深い料理だという、心外感が同時にやってきた。二つ以上の感情が一度にやってきてしまうと、心の中は、大嵐になるものだ。

 ビーフシチューには、半分に切った、小型サイズのバゲットが、大胆に突っ込まれていた。

 モモちゃんには、カットされたりんごを用意してくれた。

 ランドリーさんは、ノートと鉛筆を持ってきて、テーブルの上で適当に広げた。

「この国、ヒューマン大国はね……」

 と、三重さんじゅうの円を書いて、この大国の説明をしてくれた。

「三つのたっかいたっかい壁があってね、一つ目の壁のうちには、国王様のいる王宮。二つ目の壁の内には、人が集まる都市部。三つ目の壁の内には、農村や大自然が広がっている」

「大自然? 壁の内側に?」

「ああ、山とか、川とか、森とかね。全部人工物何だってね。しかも、動物や魚、魔物なんかも普通にいるよ。だから、ホントに大自然が壁の内につくられているのよ。千年前よりもずっと前の大昔から、長い時間をかけて、造りあげた、大々傑作だって」

 私は首を傾げた。

「どうして、そこまでするんです? そんなに長い時間をかけなくても、普通に大自然はあるでしょう」

「そうだけど、この世界には、ヒューマン以外の人間種族がいて、彼らも独自に国とか文化を作りあげている。そういう存在が嫌だから、高くてでっかい壁を造って、ヒューマンだけで暮らすことにしたの」

 説明してくれても、まだ納得がいかなかった。

「そんな理由で、千年とか長い時間をかけたんですね」

「アタシは凄いと思うよ。理由は何であれ、たとえ千年かかろうとも、絶対に完成させようとする、ヒューマンの執念と努力の深さはとんでもない」

 まぁ、確かにとんでもないな。

「そんなだから、少なくとも一般市民がこの国を出ることはできないし、そんな必要もない。ただね、あるにはあるのよ。この国から出る方法が」

 

 食事を終えて、屋根裏に戻ると、机に向かって、絵を描いた。

「ラン、青鬼描いてるの?」

 モモちゃんが描いている絵を見て言った。

「うん、頭から離れないんだよね。妙に気になる」

 母親を殺されて、父親を殺して、苦しみに囚われて、他の人も殺して。

 ランドリーさん曰く、殺した人たちは全員が男性だという。たまたまなのか、わざとなのかは分からないが、もしわざとだったら、父親を恨んでいる名残かも。

「もしかして、恋してるの?」

「え!?」

「だって、誰かのことが頭から離れないなんて、恋か友情ぐらいしかないよ」

「ち、違うの、違うの! こ、これは……えっと、分かんないけど、それは絶対にないよ。うん」

 テンパった影響で、すらすらと言葉が出てきた。モモちゃんに、めっちゃ鋭く刺されてしまったようだ。

 気を取り直して、絵に集中する。


 清々しい晴天の中、私はモモちゃんを頭の上にのせて、街を歩いていた。目的は、靴を買うことだ。

 外出をする前に、ランドリーさんから、属性を問わず誰でも使える魔法をいくつか教えてもらった。

 中でも私の興味を引いたのが、自分の体の大きさや、髪型などを自由に変化させるものだ。

『“マイメイク” っていう、自分の体を好きにいじれるのがあるの。でっかくなったり、ちっさくなったり。髪型だって、髪の色だって、好きに変えれちゃう。セクシィボディにだってなれるのよォ』

 これはこれは、画期的な魔法だ。見た目のコンプレックスが解消されてしまう。

 ただ、いざ変えようかとなると、特に変えたいところは見つからなかった。あんまり変わりすぎるのも、自分が自分じゃなくなってしまう。私は、黒髪が好きだし、自分の見た目にはあまり頓着しない。ポニーテールをきれいに整えるくらいで終わった。

 私が今、何とかしたいのが、靴だ。転生前の世界で、学校に履いていく白いスニーカーは、思い出したくない、前世の記憶を思い出してしまうので、買い取りのお店で売ることにした。

 スニーカーは、袋にいれて持ち運んでいる。今履いているのは、ランドリーさんに貸してもらった、サンダル。

 ファンタジーの世界だし、足が早くなるようなブーツがあればいいな。


『買い取り屋デスク』という買い取り屋さんで、スニーカーを買い取ってもらった。

 店長のデスクさんは、「珍しい」と目を丸くし、金貨二枚という高値で買い取ってもらった。

 このまま、近辺にある、防具屋に立ち寄った。

「こんにちは」

「おお、嬢ちゃん。見ねェ顔だな」

「まぁ、ちょっとお買い物に」

「何を買いに来たんだ?」

「ブーツを買いに来ました」

「ほう、ブーツか、じゃあ、あそこらだな」

 案内された、ブーツ売り場で、とりあえず目についたものを選んだ。デスクさんは、そのブーツの私サイズのものを即席で作ってくれた。かなり腕の立つ職人さんだ。

 完成したブーツを、金貨一枚で購入した。これで私は、すこしでもファンタジー世界の住人っぽくなれただろうか。

「ラン、そのブーツ似合ってる」

「ありがとう、モモちゃん」


 翌日の夕暮れの時刻。ランドリーさんが言っていた、この国を出るチャンスが、巡ってくる時である。用意してくれた、皮製の水筒とお弁当のサンドイッチを鞄に詰めて、出発した。

「気をつけてね!」

「はい、ありがとうございました!」「バイバーイ!」

 こうして私とモモちゃんは、冒険に出たのだった。


 ランドリーさんは、街を歩いていれば分かると言っていたため、とりあえず、そこら辺を歩いて回った。

 そして見つけた。家の前で、ぐったりしているお婆ちゃん。ロープで縛られていた。ちょうどその前を、荷車の馬車が通りかかった。馬車はお婆ちゃんの前で止まると、四人乗っていたうちの二人の男たちが降りてきて、お婆ちゃんを持ち上げると、荷台の中に積み込んだ。中を覗くと、すでに数人、同じようにロープで縛られた状態で、積まれていた。

 この馬車の目的が分かった。これについていけば、国の外に出られるという意味も。

 

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