異世界を彩る転生者
桜野 叶う
1章:異世界転生・ダストホーク編
Incompetence
『聞こえるか。大国の王よ』
ん? なんだ。この声は誰だ。
『もう直、お前は滅びる』
滅びる!? 何を言っているんだ。
『今の季節が終わらぬうちに、国外で粗末に暮らす者共が、お前への恨みを募らせ、今か今かとその時を待ちわびておる』
ああ、あのはみ出し者たちが遂に、私に
では、奴らを、反乱が決行される前に、なんとしても滅ぼさないといけない。
目が覚めた。これは夢だったか。しかし、夢の中で告げられた内容は、淡いながらも確かに覚えていた。私の身が滅びてしまう。国の外で暮らす、はみ出し者たちによって。あの者共を滅ぼさなければならない。
修了式の翌日の、だいぶ日が傾いてきた、この頃。私は、一人、電車に乗って、旅をしていた。成績表の内容は、予想通り散々で、家に帰って、親に見せて、散々怒られた。
勉強もできなくて、当然テストも低い点で、運動だってできないから、いつも皆を怒らせて、呆れられる。
お前は無能だ。お前は馬鹿だ。頭が悪い。何もできない。この先暗闇だな。
なんて、星の数ほど言われてきた。
『見なさい。お姉ちゃんは、また満点取ってる。なのにあなたは。もっと、お姉ちゃんを見習いなさい!』
『また赤点とったか! ホント、無能な娘だな。全く将来が見えん』
『今回も勉強してこんかったな。勉強しろっていつも言ってるよな! なんでしてこんのだ! この無能が!』
『あいつ、また点数低いぞ』
『俺らより低いなんて、嘘だろ?』
『ちゃんと勉強しろよなー!』
『無能バカがー!』
『あんた、そんなことしてないで、勉強したら? また怒られるよ?』
私、この世界で生きていくの、向いてないみたいだ。
昨日修了式で、やっと終わったと思ったら、またこれから始まるんだよな。一応、進学はできるようだけど、もう疲れ果てました。これからまた一年、どうせ同じような日々が続くだけ。しかも、次は3年で、受験シーズン。進路とか、あーだこーだで、もっと難しいスケジュールで、受験か。無能レベルの私が、他の人と競って、勝ち残れるような高校って、一体どこ。よほど、荒れ果てていて、スラム街と化しているようなとこぐらいか。ちゃんと命持って、卒業できるかな。
何よりウチの親は、両親揃って、そんなとこに入るのは絶対に許さない。我らの娘には、頭のいい高校に入って、当然良い成績を納めて、東大や早稲田くらいのレベルの大学をトップクラスで卒業してほしいとの夢を見ているのだろう。
その夢をことごとく破壊していっているのが、この私。
だから、私が消えていなくなったとしても、何も困らないだろう。無能の出来損ないが消えたって、残る優秀なお姉ちゃんを存分に愛せるから。
目的の駅に着いた。綺麗な海と、立派な灯台が見える。
防波堤の先端に腰掛けて、ゆっくりと視界に、白い灯台を映す。ちょっとした、憧れだった。
海にも陸にも何もない。
リュックのチャックを開けて、取り出したのは、昨日、父が貰ってきたという、茶色い一升瓶。一体、何の祝いで貰ってきたというのだろう。私の進級祝いではあるまい。まあ、知らない。まだ、栓は一度も開けられていない。それを開けて、がぶがぶ飲んだ。家を出てからここに来るまで、何も飲んでいなかった。
一回で丸々一本は飲み干せないから、二回、三回とかけて、むりくり全部飲み干した。そして一升瓶を手に持ったまま、海へ飛び込んだ。
このまま、泡沫の泡になって、消えるのかな。朝に読んだ、人魚姫のように。
置き手紙は書いた。最後の最後の挨拶。
『無能な私は消えて行きます。さようなら』
数学のノートの、一番後ろのページにそう書いた。ノートは、勉強机の上に置いてある。
もう死ぬな。もし、生まれ変わったら、今よりも、もっとずっと有能な自分にになれますように。
暖かくて、そよ風が心地が良い。柔らかな感触。誰かの膝の上で寝ているみたい。そして、優しく頭を撫でられていた。—— 猫にでもなったのか?
ぱちっと目を開くと、そこには、美しい女性の巨乳と顔があった。私は、この女性の膝の上で寝ていたようだ。
「あら、気づきましたよ、ミルザ様」
「そのようね」
あれ? でも、変だな。私は、ついさっきまで、海の底に沈んでいたはず。ここはどこだ。体を起こすと、彼女の豊かな胸に、私の顔が直撃した。驚きのあまり、また体は倒れた。
「あの、ここはどこですか」
仕方がないから、横になった状態で尋ねた。
「ここは、そうですね、あなたのいた世界とは別の世界になります」
別の世界って、異世界か。
「あなたはもといた世界で絶命し、この世界に転生することになりました」
「異世界転生?」
「まぁ、そうなりますね」
私はいい加減、彼女の胸をよけて、体を起こした。
そこは、天空の世界といったところだ。足元には、何の汚れも感じないような、清らかな白が広がっていた。上を見上げれば、雲ひとつない、清々しい青空。お日様も元気に顔を出している。
彼女の周りには女の子二人と男の子一人、計三人が居座る。皆、美男美女である。
「ここは、聖なる地、“ミルキースクエア” よ。私、母神ミルザを中心とした、神や神に従する者たちが住む、階層と言っておいたほうが分かりやすいかしら」
「階層?」
「ここの世界は、大きく三つの階層に分けられていて、それぞれエリアは上から、神族のいる
パールホワイトの髪色の、一本にまとめた三つ編みを右肩に垂らしている子が、朗らかに言う。
「あはは。うん、ラッキー。ミルザ様は魔界へ、魔界の魔王ブルーザは神界へは行ってはならないというお決まりがあるの。地界にはどちらとも行けるけどね〜」
明るいゴールドの髪の、ラッキーと同じような三つ編みを左肩に垂らしている子がにこにこ笑顔で言う。
「でも私はあまり行かないようにしているわ。私は地界を思い通りに変える力を持っているから、そんな存在が直々に現れてしまったら、大変なことになると思って」
地界に住む民たちを思った、素敵な女神様だこと。微笑しく感じた。
「直に行かなくても、神界から遠距離で地界の各地を見ることができるし、地界で住んでいる、聖属性の生物と通じてその地点の詳しい様子を知ることもできるんだよ」
爽やかクールの、男の子。スマイルと同じような、明るめのゴールドカラーの
そして、さすが神様って感じである。
「あと、この世界の主導権は、ミルザ様が所有しているけれど、魔族だって、こっちと同じことができる。魔族というのは、地界の生物にとって有害な存在だから、気をつけて」
有害な存在って……クラゲみたいに言うんだな、魔族のことを。
「そうね、ピース、ありがとう。さて、この世界のことはある程度、知ってもらえたと思うし、本題に入らせていただくわね」
ミルザ様は立ち上がった。
「本題って?」
私も立ち上がった。
「あなたの転生のことよ。実はまだ、転生は未完全。あなたがこれから生きていくところは
まあ、そりゃあそうですよね。だって、私、神でも天使でも何でもないもの。それに、こういう神様の説明なしにいきなり異世界生活が始まってしまうのも、戸惑いの極みだ。
「この世界の基本は魔法よ。人型、獣型、鳥型の生物ならば、誰しもがもつ魔力を使って発動するの」
「魔法って、どんなものが使えるの?」
「属性魔法と、日常魔法の二種類があるわ。とくに重要なのが属性魔法よ。属性は主に
「水属性は、水の恵を操る力を持つ。水そのものを操ったり、水に関する生物のもつ力にちなんだスキルを使うこともできるのよっ?」
ミルザ様に続いて、ラッキーが説明をした。
水産生物にちなんだスキルって、イルカを出したりできるのかな。
「出せるのは水だけなんだけど、そこに色々と創意工夫をするの」
そういうことか。創意工夫ね。
「火属性は、火力を操る力ね。単に炎を出すだけでなく、自分や他の人のステータスを上げたりすることもできるの。うふふ」
ラッキーに続いて、スマイルが説明をした。
「風属性は風を操り、土属性は、大地の力を操ることができる」
最後に残り二つをまとめて、ピースが説明した。
「土属性の大地っていうのは、岩や地面を動かすことだけじゃない。植物を操ったり、重力をあやつって、小さい隕石を落とすこともできるわ」
すごい。
「風属性もね、ただ風を吹かせて飛ばすだけじゃなくて、風を刃物みたいに鋭くして斬撃ができたり、強い風を操って、でっかい大岩とかも軽々うごかせちゃうの。すっごいよねー、あはは」
ラッキーとスマイルが、ピースの説明の補足をした。みんな仲良しだ。
「ありがとう、みんな。それで、希望の属性はなにかある?」
選べるのか。今後、ずっと付き合っていかないといけないものだから、慎重に考慮したい。ラッキーたちからの説明を受けた上で、私は考えた。
だが、どれを取って見ても、いまいちピンとこない。
そういえば、“主に” って言っていた。四つ以外にも選択肢はあるのだろうか。
「あの、この四つ以外に、何かありますか?」
こうなれば、思い切って、聞いてみた。
「じゃあ、どんな能力がいいと思う?」
「え?」
「あなたの得意なものや、好きなものでもなんでもいいから」
「えっと」
言われて直ぐに思い浮かんだものが、一つあった。
「色……ですね」
ミルザ様意外の皆がどよめいた。
「色というのは?」
ミルザ様は、少しも驚いた様子もなく、冷静に尋ねた。
「えーっと、私、昔から、絵を描くことが好きで、色ペンとかを使って描いてました。それで、色に興味を持ちました。赤で塗ると熱い感じになって、青で塗るとなんだか冷静な感じがして、不思議で、図書館で調べたりもして。それで色の魔法とかがあったら、すごくいいなと思います」
「色の魔法って、どんなものかしら」
「連想ゲームみたいに、赤なら赤いもの思い浮かべて、それを実際に出すみたいな」
流れで自然と思いついた発想だったが、我ながら面白いと思った。
「それ、面白そうね」
ラッキーも面白いといってくれた。
「そうね。それなら、あなたの理想の、絵描きの姿ってどんな感じかしら」
ミルザ様は、さらに質問をよこした。
「えーっと……やっぱり、ベレー帽を被って、大きなキャンバスに、絵の具で人物とか、背景とかを描いてる姿かな」
「わかりました。では、あなたの属性は、色の魔法を使う、
「え!」
色属性……いままで聞いたことのない属性だけれど、使い勝手は良さそう。
そう思うと、一瞬、目の前が虹色の光で覆われた。数秒経って、光が消えた。ミルザ様が鏡を出して、全身を写してくれた。
死んで異世界で生き返って、初めて自分の姿を確認する。何も変わっていない。顔も、服装も、髪型も。死にに行くと決めたときも、格好は何も変えず、いつもの普通のポニーテールだ。服も上は、ピンクのチャック付きの薄めパーカーと、下には、ライトグレーのチェック柄のプリーツキュロットを履いている。その下に七部丈のスパッツ。靴は、学校指定の真っ白なスニーカーだ。これは、本当に似合わないな。
そして、ミルザさまが付けてくださったのが、やわらかな赤色のベレー帽。
ベルトの幅が広めの革製ショルダーバック。そのショルダーのベルトに引っ付けている棒は、でっかい絵筆だ。腹は太くて、先はつんとしている。柄の色は爽快な青色だ。
「この筆は?」
「魔法を使用する時に使う、ステッキみたいなものです。なくても魔法自体は出せますが、あった方が見栄えが良いでしょ?」
見栄えの面もちゃんと考慮してくれるんだ。ありがとう、女神様!
「すごい!」「カッコいい!!」とラッキーとスマイルも目を輝かせた。
せっかくだから、やってみて。と、提案されたので、与えられたばかりの魔法を試すことにした。
大筆を両手で持ち、構える。そして、色をイメージする。
赤 —— 火 —— 【
すると、筆の先端のところから、真っ赤な真っ赤な炎が発生した。
『うぉー!! すごぉー!』
自分でも驚きだ。本当にイメージしていたものが、実現したのだ。
「その大筆は、背中のベルトにくっつけることで、煩わずに携帯することができるわ」
おお、これは確かに、邪魔にならずに持ち運べる。見栄えもカッコいいし、完璧。
「色の魔法……ひとつの色だけでも、多くイメージできる上、色のバリエーションも豊富。これは、無限の可能性を秘めているね」
「そうね、ピース。この世界の鉄則は弱肉強食だもの。その中で、強さというのは、単純な肉体の強さだけでなく、自身の持つ能力を、さまざまな形へと変化させてしまう、創意工夫力も鍵になる」
「うふふ。硬い頭じゃ、どうしても手持ちが貧相になって、生き残ることは難しいわ。思考を凝らし、新たな道を切り開いて、進もうとする頭の柔らかさが、そのまま賢さにつながる」
その原理でいくと、色という、無限の可能性をどれだけ引き出せるかの闘いか。面白い。
「魔法の他に、何か欲しいものはあるかしら。なんでもいいわ」
ミルザ様はさらに尋ねてきた。この魔法以外に欲しいものか。
「ある程度の運動能力と小さい動物のお友達」
「お友達って?」
「知らない世界にひとりぼっちでいるのは、心許ないので、小動物の友達くらい欲しいから」
というのもあるし、何より小動物のお友達がいるっていうのは、憧れのプリンセスになったみたいで、素敵じゃない。魔法ファンタジーの世界だし、動物と話すことだってできるかも。
「そうね、何の動物が好き?」
「うさぎですね」
「うさぎね、分かったわ。あなたと心通わすうさぎと、運動能力の向上。この二つでいいわね」
「はい」
はっきりと首を縦にふると、ミルザ様は魔法をかけた。再び神秘の光に包まれる。光が消えると、茶色い毛色の小さなうさぎが、胸の中に飛び込んできた。私はそれを、しっかり受け止めた。どうやら、それなりの運動能力は、ちゃんとあるみたいだ。
「わぁ、可愛い。ありがとうございます」
出会って早々、かなり懐かれている。
「最後に、あなたのこの世界での名前を教えて」
名前か。前いた世界とは、違う名前の名乗りたい。勇敢なプリンセスから取ったものとか良いだろう。わりとスムーズに、ぴったりな名前が浮かんだ。
「ファ・ランカ」
指先から白い線を出し、『花蘭香』と書いた。中国の勇敢な英雄の名前がおおもとだ。
「こう書いて、ファ・ランカ」
この世界は、英語圏の世であるだろうから、漢字という文字は見慣れないだろう。ヨーロッパ系のプリンセスの名前も考えたが、私は日本人だから、漢字の名前がいいと思った。
「
ついに異世界生活が本格的に始まるのか。どんな世界なのだろうか。期待と不安が入り混じる。
「ごきげんよろしゅう♪」
「あはは、またね〜」
「お元気で」
私の視界が、ゆっくりと閉ざされた。
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