第44話
「あんたホントに説得したのか、瀬希皇子?」
呆れた顔でいうのは朝斗である。
ルノールへの出立の日だ。
あの後レスターから聞いたところによると、彼は故郷と音信不通になってしまったと、それは不安そうに言っていた。
精霊を使っての連絡が不可能なのだ。
これはルノール人にとって異常事態を意味する。
故郷からなんの重絡も入らなくても、特に問題がないのだろうと判断していた精霊使いたちも、レスターからの要望により、この結果を知って慌てた。
これは一刻の猫予もないというのが、最上級の精霊使いとしてのレスターの感想だった。
連絡ができないほどの混乱の坩堝の中に故郷はあるのだ。
王子としてレスターに気にするなと言われても無理だ。
精霊の力を使用できないなら、故郷に短時間に移動することは、レスターたちにはできない。
故郷の近くまで飛ばすことならレスターにならできるが、それでは意味がないというのが判断だ。
一刻も早く故郷に戻る必要がある。
その話を聞いた瀬希はアレクとウィリアムに、自分たちが暫く出掛けることを伝えたのだが、ふたりには行き先はどこだと散々訊かれた挙げ句、綾都は置いて行けと言われ、それはできないと喧嘩に近いやり取りまでして、結果としてアレクとカインの兄弟とウィリアムの同行は認めさせられた。
綾都を連れていくなら、それは譲れないと言われて。
これを言われたとき瀬希は散々食い下がったし、護衛とかその他大勢を連れていくことはできないし、そもそも生命の保証ができないと言い張ったのだが、彼らはそれなら単身で行くと言い張り押し切られたのだった。
この旅に同行するのは綾都と朝斗の見弟とルパートとルノエの兄妹、そして瀬希とレスター王子の一行で(これは帰国するため、彼らだけは省けなかったのである)と、あとアレクとカインの兄弟、最後にウィリアムという大所帯になっていた。
朝斗が皮肉っているのは、レスターの一行はともかくとして、アレクたちを連れていくことについてである。
本当に説得したのかと説得してこの結果かと皮肉っているのだった。
言われた瀬希は弱々しく笑うしかない。
これでも頑張ったのだ。
責められても甘んじて受け入れるしかない。
頑張った結果責められたのでは、なんとなく報われない気はするが。
「責めるならわたしではなく、どうしてもついていくと言って引き下がらなかった方々を責めてくれ」
「頑張ってこれなのかよ、 まったく」
責められても責任なんて取れない。
自分にできることは最大限頑張ったんだし。
だったらおまえがやれと言いたかったが、皇子の自分にできなかったことが、側室に過ぎない朝斗にできるわけもなく、文句は飲み込むしかなかった。
「協力者は多いほうがいいじゃない? 兄さんもそんなに怒らないであげてよ、ね?」
微笑む綾都に瀬希は綾都に近づいていき、彼の髪を撫でた。
「なに?」
綾が顔を見上げてくる。
「綾はいい子だな? ずっとそのまま素直でいてくれ。決して朝斗みたいにはならないでくれ」
「どういう意味だよ、瀬希皇子っ!」
「そのままの意味だ。おまえ、自分が素直だとでも言うつもりか?」
瀬希に白々と見下ろされ、朝斗がグッと詰まる。
「なんていうか、このおふたりの喧嘩はもはや日常茶飯事ね、兄上様?」
「確かに。それで朝斗様、わたしはどうすればいいのですか? さすがにこれだけの人数を精霊が暴れているルノールに運ぶのは骨なのですが」
現状ではルパートに頼るしかない朝斗である。
言われてもやってくれと頼むしかない。
「どうしても無理か?」
「ルノールのどこに出るか保証はできません。それでよろしければできます」
「レスター。それでいいか?」
朝斗に振り向かれ、レスターは苦い顔になる。
「できれば宮殿の近くがいいんだけど。それも無理?」
「そうですね。わたしひとりでは無理です」
ルパートが言いたいのは、こういうことである。
自分ひとりでは無理だが、助力があればできると。
そう。
綾都の助力が。
力が覚醒していなくても、その潜在能力は最強である。
彼がいるだけでルパートの力は増幅される。
しかしそれはアレクたちの前ではやらない方が無難だった。
綾都への興味を煽る結果になるので。
レスターにもそれは伝わった。
思わず難しい顔になる。
「宮殿の近くなら結界が張ってあるから、多少精霊が暴れても安全だと思ったんだけど」
「いや。もし精霊が荒れているというのが事実なら、おそらく宮殿の結界は麻痺していると見るべきだ」
朝斗に言われルノール人がすべて青ざめた。
そんな事態は過去に前例がないからだ。
現状を見ればそれも不思議はないとわかるから青ざめたのである。
「だったら出たとこ勝負しかないってことだね。やってみるしかない。ルパートさん。お願いします。ボクらを祖国へ運んでください。放っておけない」
「わかりました」
ルパートが意識を集中させる。
兄を手伝おうとルノエが兄の腕を掴む。
赤と白の魔法陣が地に広がった。
それはルノエの力添えあってのことである。
地水霊の力を貸しているのだ。
その魔法陣が信じられないほど巨大になっていく。
この一団を飲み込めるほどに。
そうして眩い光が辺りを包み、次の瞬間にはすべての者が消えていた。
「大兄様、兄上様。お気を付けて」
残されたシャーリーがポツリと呟いた。
瀬希が戻ってくるまですることがないなと感じながら。
見上げた空は暗い。
それが良くない事態を暗示しているようで不安だった。
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