衝撃的な発覚
出勤日の残業時間中、健太はいつも通り新規事業の作図に追われていたが今日はいつもと違って仕事に集中しきれていなかった。チラチラと時計を何度も見て、明らかに時間を気にする素振りを見せていた。
「お疲れ様でーす」
一人、また一人と、健太の同僚は会社を後にしていった。しかし、あまりに意識を余所に向けた健太の作業進捗は、芳しくない。
健太のスマホが揺れた。
画面の通知には、礼子からのメッセージ。
残り僅かになった社員を横目に、健太はメッセージアプリを起動した。
礼子から送られてきたのは、写真と『歌い終わりました』のメッセージ。写真には、今日礼子が一緒に歌う予定になっていたアーティストと礼子のツーショットが載せられていた。
『彼女がSNSに載せるから一緒に撮ってと言われたのであたしも画像をもらったんです』
健太の返事の前に、礼子からの追加メッセージが来た。
気付けば仕事そっちのけで、健太はスマホをいじっていた。
『お疲れ様です。大丈夫でしたか?』
『はい。岩瀬さんのおかげです』
『いいえ、あなたの努力の成果でしょう?』
心の底から、健太はそう思ってメッセージを送った。問題なかったのならば、カラオケに一緒に行った甲斐もあったと思った。
『今は休憩中ですか?』
健太は送った。
『はい。特番は収録時間も長くて疲れますね』
「ハハハ」
『でも、皆さん歌も上手で……あたしもとても楽しいです』
『それは良かった』
憂いごとも消えて、健太はようやく仕事に戻ろうと思った。しかし、一つ気になったところがあった。
『そう言えば、さっきの写真のアーティストの方って吉田さんと同い年くらいでしたよね?』
そんな彼女と一緒に写真を撮って、何かしらの手段を経て写真をもらった。同い年、積もる話題もあっただろう。
つまるところ、もしかして礼子はそのアーティストと友達になったのでは、と健太は思ったのだ。
そうであれば、二重に喜ばしいと思って尋ねたが、既読になったメッセージへの返信は中々なかった。
『そうですけど、何か?』
嫌に冷たいメッセージだった。
『いえ、お友達になれたのかなって』
『なったところで、岩瀬さんに何かあるんですか?』
『俺にはないですよ。仕事上でのお友達が欲しいって言っていませんでしたっけ?』
既に優と言う友達が礼子にはいたはずだが、ずっと礼子と優が一緒にいるわけでもあるまいし、友達は多いに越したことはないだろう。
『ごめんなさい……』
まもなく礼子から返ってきた謝罪の文字に、健太は首を傾げた。
それから休憩も終わりだと告げる礼子に、健太もようやく再び仕事に精を出す気力が湧いていた。せっせと働き、会社を出たのは十一時頃だった。
いつもならこの時間に帰れば弁当を適当に食べて終わりだったが、礼子への祝福を兼ねてなにか贅沢をしようかなとぼんやりと考えていた。
閉店間際のスーパーに寄って食材を買い込み、家に着いたのは十二時過ぎだった。
遅い時間にも関わらず、健太の足取りは軽かった。マンション玄関の自動ドアを開錠し、エレベーターの上ボタンを押した。
「随分と遅いんですね」
「ぎゃあああああっ!」
背後からの冷たい声に、健太は思わず叫び声を上げた。さっきまで背後には一切気配がなかった。どこかで待ち伏せされたのだ。
エレベーターに体をぶつけて、背後を振り返った。
そこにいたのは……。
「ま、松木さんっ」
礼子のマネージャーである優だった。
「……大声あげて、近所迷惑ですよ?」
「いや、誰のせいだ」
「あたしのせいとでも?」
「そうだよ」
不服そうに、優はそっぽを向いた。
エレベーターが辿り着いて、扉が開いた。
「乗らないんですか?」
「……あんた、吉田さんはまだ収録中のはずだろ」
「特番の収録は、明日早朝まで続く予定なので。一度帰宅する予定だったんです」
そんな長時間収録の予定だったのか。夜から朝まで、芸能人も大変だなと健太は思った。そして、それにさっきまで付き合っていた優の疲労もキツイだろうと、健太は気付いた。見れば優は、以前あった時に比べて痩せこけたような気がした。
「じゃあ帰宅しろよ、どうしてここにいる?」
しかし、今は彼女に同情している場合ではないことに気が付いた。そう言いながら健太は、なんとなく優がここにいる理由がわかっていた。
「吉田さんには、断られたんだろ?」
いつかの健太と礼子の交友を控えろ、という優の指摘は、結局礼子当人の判断によって袖にされた。
健太は思っていた。礼子自身に言っても意味がないから、優はもう一度健太に直談判しに来たのだろう、と。
「悪いが、俺もあの晩酌会を止めるつもりはないぞ」
しかし、健太の気持ちは一件を経て、再び固まっていた。礼子との晩酌会は続けると、今では声を大にして宣言出来た。
「あんたもいい加減諦めたらどうだ? 吉田さん自身の判断だったら、無理強いするのも逆効果だぞ?」
その健太の発言を聞きながら、優は顔色一つ変えず健太を見定めていた。しかしまもなく、優は呆れたようにため息を一つ吐いた。
「吉田さんとカラオケに行きましたね?」
「……ど」
どうして、それを?
急激に乾く喉に、健太は言葉を紡げなかった。
「教えてくれましたよ。本人が」
何してるんだよ!
内心で健太は、さっきまで歌の成功を喜んでいた女性に向けて叫び声を上げた。
昨日のカラオケでの練習は、どう考えても他言無用案件。
どうしてそれを言ってしまったのか。
「……自慢げに話されましたよ、お兄さんとの楽し気な一日のことを」
そう言えばそんな設定あったー!
健太は頭を抱えた。
どう考えても他言無用案件。
でも礼子は、仲良しこよしの健太の兄妹相手なら、一件を話して良いと思ってしまったのだろう。
「……家、上がっていきなさい」
健太はもう、遠路はるばるやってきた来訪者を無下に出来ない気分だった。
「えぇ、事情を伺わせてもらいます」
二人はエレベーターに乗り込んだ。
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