運命的な演技力

 カァーカァーと遠くでカラスが鳴く。空が赤くなり始めたその頃、カラスの鳴き声をかき消すように五時半のチャイムが外に響いた。子供は帰るように侘しい音楽と共に女性の声が告げて、外で明るそうに話していた子供達が、バイバーイと大きな声で別れを惜しむ。


「……それで」


 健太の部屋には、主である健太以外に、二人の女性がいた。リビングで、ソファに二人を並んで座らせて、健太は二人にお茶を振舞うことにした。


 礼子は続けた。


「お二人は、ご兄妹だったんですね」


「はい」


 礼子の問いに即答したのは、優だった。

 即答してんじゃねえよ、と思ったのは健太だった。


 いつも健太と話している時より、礼子の声がお淑やかだった。恐らく多分ほぼ間違いなく、友達になってもらったとはいえ、優が怖いのだろうと健太は思った。


「全然、わかりませんでした」


「話していませんでしたから」


 サバサバと優が言った。

 このまま三人で話して、食い違ったことを言い、ボロを出すのはまずいと思った健太は、一先ず二人の成り行きを見守ることにした。


「……お話してくれても良かったのに」


「……だって」


 優は、俯いて続けた。


「だって、恥ずかしいじゃないですか……」


 頬を染めて、照れるような口調で言う優は、目の前にいる女優顔負けの演技力を見せていた。

 その優の演技力に、健太は思わず目を丸くしていた。

 素晴らしい演技力だ、と思ったわけではない。簡単に嘘つくな、と思ったのだ。


 ただ、すぐに加担している自分も同罪だな、と項垂れた。


 そんな二人の仮初の姿を見破れなかった礼子は、むしろそんな照れてる優の様子に、とても嬉しそうな笑顔を見せていた。


「松木さん、お兄ちゃんっ子なんですか?」


「……べ、別に、兄のことなんて好きじゃないです」


 ツンデレの真似事に、礼子はきゃーと喜び、健太ははあと呆れたため息を吐いた。


 ただ、ため息を吐いた後、健太は助かったと思った。なんとか今のところは、礼子を欺くことが出来たらしい。




「あれ。でも……お二人は苗字が違いますね」




 ハッとしたように、能天気に笑っていた礼子が言った。

 

 健太はびくっと体を揺らした。

 それに反して優は……神妙な面持ちで、俯いていた。


「ごめんなさい。それは……言いたくないです」


 ……まるで。

 まるで、家族トラブルでもあったかのような言い振りに、健太はそろそろ呆れを通り越して戦慄していた。

 優という女は、随分と多芸なのだな、と思わされた。


 礼子は、申し訳なさそうに俯いていた。


「ごめんなさい。嫌な過去を……」


「いえ、大丈夫です」


 再び、ツンとした優が戻ってきた。


「それより吉田さん。いわせ……兄に、お土産があるって話じゃありませんでした?」


「あっ、そうでしたー」


 手を叩いて、礼子は微笑んだ。ソファに置いていた紙袋を、そのまま健太に渡した。


「はい」


「わざわざありがとうございます」


 微笑んで、健太は礼子からお土産を受け取った。紙袋の中をチラリと覗くと、恐らくそれはお菓子だった。


「ゆきたましゅねばるというお菓子です。ロケ中に食べて美味しかったので、そのまま買って帰ってきちゃいました」


「そうなんですね」


「明日、一緒に食べましょうね」


「そうですね」


 何とか取り繕って微笑んで、健太は礼子の隣にいる優の冷ややかな視線を耐え抜いた。

 チンタオビールを渡すのは、明日になりそうだな、と健太は思った。


「吉田さん、そろそろ時間では?」


「あ、本当」


 優の言葉に、礼子はスマートウォッチを見て言った。


「あたし、そろそろお暇させてもらいますね」


「はい。お仕事頑張ってください」


 立ち上がった礼子に続き、二人も立ち上がった。そして玄関まで小話をしながら、二人は礼子を見送った。


「それじゃあ松木さん。明日からもよろしくお願いします」


「はい。気を付けて」


「……岩瀬さんも、またお願いします」


 礼子は今更ながら、健太の部屋に上がったことが初めてであることを思い出し、意識していた。


「えぇ」


「ただ……部屋が汚いなんて、嘘ばっかり」


 礼子は膨れて苦言を呈した。ただ、あまり怒っているようには見えなかった。


「今度は、岩瀬さんの部屋で晩酌会しようかなぁ」


「……また今度、話して決めましょう」


「……ふふっ」


 約束を取り付けられたと思って、礼子は微笑んだ。今日一番……ロケ番組中でも、優と話している時でも見せなかった……今日一番の微笑みだった。


「じゃあ、行ってきます」


「はい」


「いってらっしゃい」


 二人に見送られ扉を閉めて、礼子は一人舞い上がっていた。あの二人が兄妹だったとは、もし将来……。

 首をブンブンと振って、仕事を頑張ろう、と礼子は出掛けて行った。


 ……一方。


「何が、兄です、だ」


「……あなたこそ、吉田さん相手に鼻の下伸ばしっぱなしだったじゃないですか」


 玄関にて、二人は顔も見合わせず互いの文句の言い合いに勤しんでいた。


「……さっきの件は、あたしが後日、タイミングを見計らって、吉田さんに話します」


「そうしなさい」


 礼子が帰って、健太は今日の疲れがどっと沸いて出た気がした。明日はしっかりと休まないと、明後日からの仕事がしんどいだろうとも思った。


「……あの」


「ん?」


「……ありがとう」


 優のお礼は、果たして何のお礼だったのか。

 それを知りようはないが……健太は、さっきの優のツンデレな一面は、演技ではなかったのかもしれない、と思った。

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