運命的な襲撃
突然の顔も知らない女性の来訪に、健太ははっきりと戸惑っていた。訝しんでいたと言っても過言ではなかった。
彼女は一体、誰なのか。
「申し遅れました。あたくし、こういうものです」
女性が健太に手渡したのは、名刺だった。怪しみながら、健太はそれを受け取った。
「吉田礼子のマネージャーをしています。松木優です」
「……ああ」
そう言えばその名前を、礼子がふとした時にぽろっとこぼしたことを健太は覚えていた。ただその人のことで一番覚えているのは……。
「……厳しい、マネージャー」
「何か言いました?」
「いいえ」
首を振って、健太は何もないことをアピールした。
思い出していたのは、礼子が度々言っていた、マネージャーが厳しいという愚痴にも近い嘆きだった。細かい内容は礼子は語らなかったが、酒に飲まれていた礼子がマネージャーの話になった途端顔色を変えたのを見て、ああ本当に怖いんだ、ということが健太は酷く印象に残っていた。
だから、健太はわかりやすく身構えていた。
そんな彼女が……優が一体、自分に何の用なのだろうか、と。
「そんなに身構えないでくださいよ」
笑顔で、優が言った。
その様子に健太は、むしろ身を強張らせた。
「あの……本当、別に取って食おうってわけではないので」
「そうなんです?」
にわかには信じがたい話だった。
「本当ですよ」
そう……なのだろうか。
「そう言えば、松木さんはどうしてここに? 吉田さんは、今日もお仕事ですよね」
さっきの電話では、宇都宮帰りに、直接テレビ局に行くと礼子は言っていた。であれば、どうしてマネージャーであるはずの彼女がここにいるのか。
「……今日は、実は有給をもらってまして」
「へえ」
「法定規則に引っ掛かりそうで」
「……ああ」
馴染みある言葉に、健太は同意の意を示した。健太もまた、年度末に人事から休めとメールが届く。
「それで、折角のお休みなので、あなたに会えたらと思ったんです」
「……俺に?」
「はい」
笑顔で快活に、優は言った。
しかしその笑顔と発言に、健太は心当たりがなかった。
「どうして?」
「あなた、吉田さんと仲良くしてくれているみたいじゃないですか」
バレたくないことが、よりにもよって礼子のマネージャーにバレていたことに、健太は背中に冷たい汗を掻いていた。
気が気ではなかった。
いつか健太自身も思った通り、礼子にとって健太は地雷でしかない。浅ましいパパラッチにでも見つかれば、途端に彼女の未来を暗くするスキャンダルへと変わるだろう。
そんな地雷な健太に向けて、マネージャーの優に事情がバレていることは、健太的にはまるで美味しくなかった。
一体、何を言いに来たのか。余計に健太は気になった。
「ありがとうございます」
「え?」
命を取られるところまで覚悟した健太だったが、深々と頭を下げた優に、目を丸くした。
「ありがとうございます。吉田さんのお友達になってくれて」
「……ああ」
「彼女、引っ込み思案なところがあるでしょう? それでいて、結構大雑把。危なっかしくて、心配で、あたしはいつもついつい厳しい言葉をかけてしまうのですが……。多分、それが負担になっている部分もあったと思うんです」
自己分析が良く出来てらっしゃる、と健太は思った。まさしく礼子は、優のことを彼女が述べたように忌避していた。
「今日は、そのお礼を兼ねてもう少しお話をさせてもらえたらと思って。少し、お家に上げてもらってもいいですか?」
礼子は厳しい、と優のことを評していたが……。
しっかりとした考えで、思いで、礼子のことをサポートしているらしい優の言葉を聞いて、健太は彼女のことをすっかりと信用していた。
「はい。俺も、あなたと少しお話してみたいと思っていたんです」
礼子の友人として、職場友達であるマネージャーと話をしてみたいと思っていたことは事実だった。
だから、そんな殊勝気なことを言って、健太は優を自宅に招くことにしたのだった。
扉の鍵を開けて、優を部屋に通した。
思えば、この部屋に礼子を入れたことはまだ一度もなかったため、えりか以来の来客は優になることに、健太は玄関で靴を脱いだ時に気が付いた。
「お邪魔します」
優が言った。
靴を丁寧に並べて置いて、廊下を歩いて、リビングへ。
「……整理された部屋ですね」
「汚い部屋に住むのは我慢ならなくて」
「……素晴らしい考えだと思います」
「どうぞ、お茶を汲んできますので」
「……ありがとう」
手慣れた手つきで、健太は冷蔵庫から麦茶を取りだし、二つ分のコップを用意し、ソファに座らせていた優へと振舞った。
「……それで、お話って?」
健太は尋ねた。
「実は、一つお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい」
優の顔つきは……先ほどまでと違い笑顔ではなく、キリッとした少し冷たい顔だった。
「吉田さんと、今すぐ別れてください」
健太は、頭に疑問符を浮かべていた。
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