第8話 度重なる誓約

しばらくぶりに、暖かい日差しがさしていた。

サンドラーチェが魔法で空の粉塵を吹き飛ばしたからだ。

「これで以前の様に作物が育つはずよ」

「ああ、ありがとう、サンディー」

二人は一時のお別れの抱擁をした、ヤントスは珍しく少しの不安を感じていた。

サンドラーチェの用意してくれた、俊足の馬車で従者達と出発した。

その日の午後、ガルバトスに到着して来た時と同じ様に渡り始めた。

中間に差し掛かると、一行は異音に気付き始めた。

ギシッ、ギシッ。

星の欠片がサンドラーチェによって拭われ、日の温もりが透明な石を水に戻し始めていたのだ。

バリバリバリ!

透明の石は砕け、ヤントス、馬、従者達はまだ凍てつく河の中に沈んだ。

ヤントスは薄れていく意識で河神ガルバトスに呼びかけた。

「河神ガルバトスよ!」

呼びかけに応じたガルバトスが姿を現した。

「どうした若者よ!」

「助けてくれ!」

「取引に応じるなら助けてやっても良い」

「どんな取引?」

「従者達は助けてやる、しかしお前の身体を私によこせ、代わりにお前はこの竜の身体に宿り、河神としてここで暮らすのだ」

「従者達は救い上げて家族の元へ帰れるんだな!」

「約束しよう」

ヤントスは怯んだ、自分の犠牲を惜しんだのではない、ここで竜として暮らすと言う事は、母との約束を破った上に、サンドラーチェとの結婚も出来なくなる。

迷っているヤントスに、ガルバトスがまくし立てた。

「琥珀の瞳の若者よ! 急がないと従者達が死んでしまうぞ!」

サンディーは解ってくれるに違いない!、ヤントスは決心した。

「分かった、取引をのむ」

すぐにヤントスは意識が飛んだ、次に目覚めた時、ヤントスは自分が竜になった事を知った。

琥珀の王子に成りすましたガルバトスは、何食わぬ顔で王宮に戻った。


「父上、サンドラーチェは願いを聞き入れてくれました」

「そうか、良くやった。母さんに顔を見せてやるがよい」

「はい、そういたします」


メリッサは息子の帰りを待ちわびていた。

「母上、戻りました」

「あゝ、ヤントス! 無事で安心したわ」

「はい」

「サンドラーチェ様はどんなお方でしたか?」

メリッサは普段と感じの違う息子を訝しんで尋ねた。

「サンドラーチェはいけ好かないお婆さんで、私を動物に変えてしまおうとしましたが、財宝を見せると機嫌を良くして願いを聞き入れたのです」

「そうだったの、疲れたでしょうからゆっくりお休みなさい」

「はい、そういたします」


メリッサは、自分の息子の身体が何者かによって乗っ取られた事を知った。

几帳面なヤントスは、サンドラーチェ女神の館を出立する時、母ヘ向けて文をしたためた鳥を飛ばしていた。

そこには美しいサンドラーチェ女神と結婚する事、一度だけ母の顔を見に帰る事が書かれていたからであった。

メリッサは、息子が旅の途中で罠にかかったに違いないと思い、偽物の息子に気付かないフリを通した。

暴く事によって、ヤントスが困る事になるかも知れないと感じたからである。




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