西港セックス
北見崇史
西港セックス
干潟のハマグリは逃げ足が速いので捕まえにくい。しかも、時々飛びかかって攻撃してくるので危険でもある。
あんなものたかが二枚貝ではないか、毒ヒトデの腐れ毒に比べればどうってことない、などと侮ってはいけない。そのジャンプ力は血吸いバッタを凌ぎ、速さも錆ツバメの数倍で突進してくる。現に、額にハマグリをめり込ませたアシナガネコが、そこいらに何匹もうろついている。
だから星野は、干潟の砂の上を、ゆっくりと慎重に油断なく歩いていた。
たしかにハマグリは危険ではあるが、その味は筆舌につくしがたい。とくに焚火につっ込んだ焼きハマグリは絶品であり、そのダシの効いた汁を、弾力のある身と一緒に食うのは至高の時なのだ。
ただし、それを食う時は注意が必要だ。熱せられた二枚貝は苦痛のあまり激しく爆ぜるので、地面に伏せていないといけない。その弾道はジャンプの十数倍強力であり、まさに黒田は、それで右腕を失ってしまった。他にも、股間を直撃してぶっ太い穴をあけられ、苦労せずに糞小便をできるようになったモノもいる。
「なんだ、まだ一個も捕まえてないのかよ」
黒田がやってきた。左手に黒い塊を持っていて、バリバリと大きな音を響かせながら食っていた。
「おまえ、なに食ってんだ」
「ああ、ドブイガイだ。おまえも食うか」
黒田が差し出したのは、ドブイガイという黒色をした二枚貝の塊だ。
イガイ類は、遠い昔にはムール貝などと呼ばれた時もあったが、現在は年がら年中水が淀んだドブ水で育っているために、ドブというありがたくない冠をかぶらされている。特に汚染物質の濃度が濃い場所でよく育つので、その臭さは強烈だった。
「いらねえよ。それ、臭えんだよなあ。胸焼けするしよう」
「そうか、これくらいニオイしねえと、食った気がしねえってもんだ」
黒田はバリボリとさもうまそうに噛み砕いた。塊の中には小型の牡蠣も混じっていたが、かまわず食っていた。彼の歯は一つ一つが巨大・肉厚であり、レンガやコンクリートでも噛み砕く威力があった。
泡状になったヘドロが、巨大な唇から滴り落ちる。排泄物を、よりえげつなく腐らせたような臭いが吐き出された。黒田は歯の間に挟まった物を指でつまみ出し、クンクンとニオイを嗅いでから放り投げた。それは使用済みの避妊具であり、腐ることのないまま前時代から海原を漂い、たまたま流れ着いてドブイガイに引っ掛かっていたのだ。
干潟は徐々に潮が満ちてきた。本来なら溢れてきた海水が澱みを洗い流すのだが、 その潮水自体が汚れているので、汚染の度合いが余計に増すことになる。
星野と黒田は、潮干狩りをあきらめて撤収することにした。ぐずぐずしているとボラの大群が押し寄せてくるからだ。ボラの群れ自体に害はないのだが、その魚たちにくっ付いている寄生虫が危険だった。
「おっ、やべえな。おもったよりも潮が速えぞ、今日はおかしいな」
黒田の歩行速度は遅かった。彼は恐ろしく頑丈な骨格と歯を持つが、そのかわり動きは鈍い。なぜなら、足よりも大きな陰茎が邪魔で素早い動きは苦手なのだ。
「早くしろよ。虫にたかられるぞ」
「早くしろったって、おめえよう、こいつが邪魔でしょうがねえんだ」
ボラの腹には、チンコイジリという寄生虫が無数に刺さっている。虫にとって魚類は中間宿主であり、最終的な宿主は哺乳類だ。魚を獲ろうと水の中に入ってきた動物を発見すると、素早くその陰茎にくっ付き、さらに尿道に入り込んで内側に居座ってしまう。
その虫に寄生されると非常に厄介なこととなる。尿道が痛くて痒くて、多大な不快感を始終味わうことになるのだ。
とくに排尿時は深刻であり、そのせつなさは筆舌に尽くしがたい。寄生虫は小便で流されないようにと、釣り針のような牙を尿道内部に刺して留まろうとするからだ。よって、小便の勢いが増すほど牙は深く突き刺さり、当人の苦痛は尋常ならざるレベルまで達するのだ。
「おまえ、この前ので懲りてるだろう。早くしろよ」
「ああ、ああ」
うなずく黒田の醜悪な顔には、大量の脂汗が噴き出していた。星野は「早く早く」と急かすが、やはり巨大な陰茎がどうにも邪魔で、思うように進めていない。
じつは黒田は、ついこの間も寄生されたばかりだった。陰茎の中に巣食った虫を取り除くのに、棒を尿道に突っ込んで掻き回したり、力いっぱいしごいたりして、それこそ血の小便をたれ流して、ようやく取り除くことができた。
「そうだ、虫が入ってこないように、チンポコの先っちょに栓をすればいいじゃん」
退避しきることに無理を感じていた黒田は、ポンと陰茎を叩いてそう言った。我ながらいい考えを思いついたと さっそく栓にふさわしい物を探すが、なにせ黒田の陰茎は巨大であった。尿道の開口部も広くて、小枝くらいでは塞ぎきれない。
「おい、なにしてんだよ。潮がもうそこまできてるんだよ」
星野が近づいてきて、ぐずぐずしている相棒をせっついた。
「ほ~ら、きた、きた、キター」
迫りくる海表面が、ざわざわと波打っていた。潮にのった魚の群れが押し寄せていた。同時に無数の寄生虫も押し寄せているということになる。
「だから、尿道に栓をすればよう、虫が入ってこないってよ」
黒田は、いまだぐずぐずしていた。
「なら、早く栓をしろよ」
「それを探してるけど、てきとうな物がねえんだって」
干潟の浅瀬には、これといって手ごろな物がなかった。あるのはあり余る海水と、やはりあり余るドロ砂ぐらいだ。
「これなんか、どうよ」
難義している友人に星野が差し出したのは、先の尖ったスリムな巻貝だ。ネジのように回しながら入れればちょうどいいじゃないかと、他人事のように言った。
「それちょっと、痛そうだべ。ほら、なんか小さいフジツボいっぱい付いてるし」
スリム巻貝の表面には、小さなフジツボがびっしりと付着していた。それを尿道の中へ入れるのも難儀だが、出すときは内部をズタズタにするだろう。黒田の陰茎は、見た目は大きくて強靭そうだが、内部はその限りではない。
「そうだ、おめえのポコチン入れろよ。ナメクジみたいに小せえから、ちょうどいいわ」
黒田は星野の陰茎を指さして言った。それが適度に柔らかそうで、具合がちょうどいいと考えたのだ。
「ああー、なに言ってやがる。冗談じゃねえぜ」
小さいながらも、自分の誇るべきイチモツをナメクジと表現されて、星野はムッとした。さらに何が悲しくて、黒田の陰茎に俺の陰茎を入れなければならないのだと、その有り様を想像して、イヤな気分になった。だから星野は、足元から一握りの砂を海水ごと採って投げつけた。
「おいっ、やめろって」
星野がしつこく砂をかけるので、黒田の陰茎は砂だらけになった。それを必死になって海水で洗うが、きれいになったところで、星野がキャッキャと笑いながらまた砂をかけた。
「もうやめろって。砂が尿道に入っちまうよ」
巨大瓜のようなイチモツをじゃぶじゃぶ洗いながら、黒田の腰はやや引けていた。
「ってか、もう魚きたぞ。じゃれてる場合じゃねえ」
雹でも降ってきたかのように海面がざわめいていた。魚の大群が、二人のすぐそこまでやってきた。
「や、やばい。どうしよう」
ここにきて、星野も焦ってきた。寄生中の大群は、小さい陰茎だからといって容赦してはくれない。ぐずぐずしていると、彼の華奢な息子の内部も、確実に蹂躙されてしまう。
「いいから、はやくオレのチンポコに入れろって」
きれいになった巨大瓜を片手で抱えながら、黒田はせまった。ひるむ星野の陰茎に自らのモノを押しつけた。どうしようもなく逡巡する華奢陰茎であったが、ことここにいたっては逃げ道がない。黒田の尿道に栓をする決心をした。寄生虫症という悪夢の体験は、絶対にしたくなかった。背に腹は代えられない状況だった。
「ちょ、ちょっとだけだぞ」
覚悟を決めた星野は、自らの小さな陰茎をシコシコとしごいてほどほどの固さにし、黒田のオオナマズの口みたいな尿道に、ニュルッと入れた。
「あっは」
「おい、変な声だすなよ」
吸血ヒルのような小さな陰茎が、巨大な陰茎尿道に収まった。途端に海水の量が増して、二人の胸までつかった。
ボラの大群が二人の周囲で跳ねまくり、同時にミミズみたいな形状の白い寄生虫が、海中に何千匹、何万、いや何億匹と現われた。それらは、アンモニアと尿素のニオイを手掛かりに、尿道へ侵入しようとしている。
「あぶなかった」
「助かったのはいいけど、なんか、ちょっと変な気分だなあ」
星野は、黒田の巨根に持ち上げられるような体勢だった。それでも自分の足で歩こうと、つま先だけで立ち、ややエビ反りになりながら、えっちらほっちら動いた。しかしながら、歩く時にヘコヘコと腰を動かすほどに、挿入はより深くなった。
「あは、ほへ、へお、ほほ」
尿道の敏感な部分を、柔らかな肉の棒につき動かされて、黒田は悦楽の表情を浮かべていた。
その火照ったカイブツ顔を息のかかるほど間近で見ている星野は、正直死にたいと思った。
上げ潮は、広大な干潟の奥まで入り込んでいた。ようやく海水のない砂地まで戻ってくることができた星野と黒田は、とりあえずホッとした。
「おい、どうなってんだよ。おまえの尿道から、俺のチンポコが抜けないぞ。もういいから、いいかげんに離せよ」
星野は腰を上下にヘコヘコ動かすが、黒田のナマズ口がしっかりとくわえ込んでいるため、その生っちょろいイチモツが抜ける気配がなかった。
「そんなこと言ったってよう、なんだか興奮しちまって、オレにもどうにもならんって」
陰茎の大きなカイブツと小さなカイブツが、お互いくっ付きながら浜辺でヘコヘコしていると、陸の奥から、「うおおおおおおお」と雄叫びをあげて何かがやってきた。
それは、下半身に埋め込まれた二つの車輪を、真っ黒に日焼けした上半身から突き出した五本の腕で、豪放に回しながらやってきた。
尿道でくっ付いた二匹のカイブツのすぐ横を通り過ぎると、「りゃりゃりゃああ、とりゃー」と勢いよく海水の中へ入っていった。
「なんだ、ジェームズ大車輪のとっつあんでないか」
「ああ、そうだな」
二人はお互いの陰茎を引き離すことを一時中断して、その様子を見ていた。
ジェームズ大車輪は、この干潟周辺に住み着くカイブツだ。しかし、同じカイブツに分類されていている星野や黒田とは、少々様子が異なっていた。三つの身体と二つの車輪、その他の有機的、無機的な付属物が合体した特殊体だった。
ほとんどが前時代からのゴミであった。それらは金属のネジやプラスチックのチューブ、合成ゴムホースなどだ。ゴミ類が生身の肉や神経と一体となるのは至難の技なのだが、彼らはそれをやってのけている。しかも特に意識することなく、自然と取り込んでいるのだった。
どのような生物工学的な処置をすればそうなるのか、本人にすら見当がつかなかった。前時代には神や仏の存在を疑う者もいたが、この特殊体を間近に見て、まだそれらを信じぬものはいないだろう。
ジェームズ大車輪は、やたらと事情通であるのと、なかなかの世話好きなので、この辺りのモノたちからは一目置かれている存在だ。星野と黒田も、食い物を分けてもらったり日用品をもらったりと、普段から世話になっていた。
五つの腕は水の中でもがむしゃらに車輪を回しているので、足がなくても水の中を進むことができた。
大車輪は潮が満ちた干潟に突入し、小便をし始めた。合成樹脂のホースが尿道となるので、チンコイジリが寄生する心配はなかった。早速、小便のニオイにつられた、数千匹の寄生虫が大車輪にたかってきた。
肩口から出たホースから、じんじょろじんじょろと小便が出続けている。彼らの茶色い小便は、色もひどくニオイも強烈に臭いので、寄生虫をより一層惹きつける。
白いニョロニョロは、われ先にと、それこそ津波のように押し寄せた。大車輪がそれらを五本の腕でかき集め、いびつな形状の頭部を海中に突っ込んで、貪るように食っていた。
ややしばらく食事を楽しんだ後、満腹になったのか、ゲップゲップ言いながら陸に上がってきた。車輪は柔らかな砂地に嵌り込んでいるが、棍棒のような五本の腕が力まかせに回していた。
「やあ、とっつあん、メシか」
「おお、黒田と星野か」
大車輪は二人の傍までやってきた。その複雑な形状をした身体には、いたる所に白い寄生虫が蠢いている。その虫を見て尿道を気にした黒田は、思わず腰を引く動作をした。
「おいおい、引っぱるなって。千切れる千切れる」
陰茎同士がいまだ噛み合っているので、星野のイチモツは引っぱられていた。
「すまん、すまん、つい」
そう言ってあやまる黒田は、頭を掻くかわりに、その巨大なモノを掻いていた。
「ところでおまえら。こんなところで何しくさってんねん」
汚いモノでも見るような目で見られて、星野は恥ずかしかった。黒田は、なぜか自慢するように、その巨大すぎる陰茎を片手で抱えて、星野との繋がりを見せつけていた。
「はは~ん、おまえら、セックスしてるな」
顎を撫でながら、さも知ってるぞ、と訳知り顔だった。もっとも、頭部には三つの顔があり、いつもおしゃべりするのは、真正面にある深い青色の瞳の顔だ。他の二つは、しゃべらないわけではないが、たいてい意味が通じない。
「セックス?」星野が聞き返した。
「セックスってなによ、ジェームスのとっつあん」黒田も聞き返した。
「ジムと呼べ、と言っているだろうが」
大車輪はジェームズを名乗っているが、親しいモノにはジムと呼ぶように、常日頃から言い聞かせていた。
「いや、だから、ジムのとっつあん、そのセックスって、どういうことよ。美味いのか」
とてつもなく美味い貝か魚の類だと、食いしん坊な黒田は思った。
「おまえら、セックスを知らないのか」
真正面の顔が呆れたような、さも小馬鹿にしたような表情をし、真上を向いた顔がくくく、と笑っている。真後ろの顔は「そんなもの、死んで詫びろ。この歯クソ鼻クソがっ」と、なぜか激怒していた。
「まあ、ガキのころからロクな教育を受けてないから、しょうがないか」
星野も黒田も孤児だった。干潟周辺には、カイブツの赤子がよく流れ着く。自力のある個体は独りでも生き残るが、それはほんとに稀なことだ。カイブツであっても、幼子は誰かの保護がなければ死んでしまう。二匹は同じ日同じ時刻に同じ場所で、いまにも死にそうな状態で発見された。
何か美味い物が流れ着いていないかと、たまたま浜辺を探索していたグンゾウ爺さんに拾われたのだ。
「こんちきしょう、汚えカイブツのガキが流れ着いてやがる。キモッ」と言って、彼は二つの幼子を自身の小屋に連れて帰った。二匹は、そうして育てられることとなった。
顔のほとんどが口で、なおかつ陰茎が異常に発達した方に黒田という姓を授け、黄色と赤のマダラ模様が毒々しいほうには星野という姓を与えた。ちなみにグンゾウ爺さん自身に苗字はなかった。そして彼もまたカイブツであった。
「爺さん、そんなこと教えてくれなかったよなあ」
「食い物のことは、やたらくわしかったけどな」
グンゾウ爺さんは、すでに他界してしまった。ハマグリや他の貝類、魚に海藻など、干潟の食い物のことを星野と黒田へ徹底的に教え込んだが、生殖行為のことについてはまったく触れなかった。忘れていたのではない。グンゾウ爺さん自身がメスを知らぬ童貞であり、セックスのことを知らなかったのだ。
二匹が爺さんのことを思い出しながらあれこれ話していると、黒田の尿道から星野の陰茎がポロリと抜けた。
やっと離れたかと安心して、自身のイチモツ見た星野の表情が曇った。あのナマズ口尿道に押しつぶされて、ただでさえ貧相なモノが、さらに干からびたミミズみたいになっていた。
「ちくしょ、このう」
星野は無性に腹が立った。だらりと地面に垂れている黒田の陰茎を、足の甲で蹴った。
ブンと半回転した弾力性のある陰茎は、きれいな半円を描いて大車輪の後ろの顔にぶち当たった。
「殺すぞ、このナポリのケツの穴。ケチャップか」
後の顔はいつも支離滅裂なことを言う。彼もまた物知りである大車輪であるがゆえに、訳が分からぬとしても、その知識量だけは豊富だ。星野や黒田の知らないことを次々と口走る。
「ケチャップってなによ、気持ちいいんか」
黒田は肌に心地よいものだと想像していた。真上の顔が、ケケケと笑っている。
「ヤロウ同士でセックスするのもなあ。まあ、いろんなやつがいるからべつにいいけどよう、やっぱり女とやらんとなあ」
真正面のジェームズは、まだセックスの話題を続けていた。
「女って、鉄線ババアのことか」
鉄線ババアとは、干潟近くの窪地に住み着いている老婆のことだ。護身用と称して、身体中に有刺鉄線を巻きつけているので、そう呼ばれていた。もちろん、カイブツである。
「まあ、あれも女には違いないが、あんなのとセックスしたら、おめえ、痛くてしょうがねえべ。そもそも、あのババアに穴なんてあったかよ」
鉄線ババアは、ミミズのような図体をしている。とても太った白ミミズだ。ただし、有刺鉄線で武装しているので、危険なミミズでもあった。
「いや、そもそもだから、セックスって何よ。うまいんか」
黒田は、まだ食い物じゃないかと思っていた。ただ、何がしかの美味い物であるセックスと、有刺鉄線グルグル巻きのミミズババアが結びつかず、イライラしていた。
「セックスってのはなあ、てめえのそのデッカイちんこをなあ、女のアソコに入れるんだよ」ジェームスは核心を突いてきた。
インサート、インサート、ケケケと真上の顔が言っていた。
「あのトゲだらけの寸胴ババアにか。げえええ」
黒田は想像してしまった。自らの巨大な陰茎を、白膨れのトゲミミズの身体に押しつけている様を。その光景はなんとも痛々しくて思わず縮みあがった。もう、どうにも尿道が痛くなってきた。
「ううう、まっぴらごめんだよ」と言ったのは星野だった、鳥肌が立つ代わりに、全身のマダラ模様が波打つように動いていた。
「若いなあ、おめえらは。あのな、セックスってのはなあ、すんっごい気持ちがええんだよ」
ジェームズの顔は得意げだった。いかにセックスという行為が快楽に溢れているかを、五本の剛腕を振り回しながら大仰に語り続けた。
「そんなに、気持ちいいんか」
食い物と気持ちいいことに目がない黒田の食いつきは良かった。星野は、どことなく興味なさそうな顔をしていた。
「そりゃあもう、生きててよかったって、心の底から思うさ。もう、気持ちよくて涙出るべ」
「死ね、童貞」と後ろの顔が言った。ケケケと真上の顔が笑い、おまえもなと言った。
「さあて、メシも食ったし、そろそろ帰るかな」ジェームズ大車輪はソワソワしていた。
大見得を切って偉そうに講釈したが、じつは大車輪もセックスの経験がなかった。二人に披露したのは、遺伝の記憶である。
そもそも極めて特殊な形状のカイブツである大車輪が、だれかと肉体関係になるなど夢物語なのだ。だいたい、生殖器が合成樹脂のホースであるし、足は車輪で頭部には三つの顔があり、三つの人格が同居しているとびきりの異形に、誰が相手をしてくれるだろうか。
「なんだ、もう帰るのか、ジェームズのとっつあん、もっと教えてくれよ」
今度はジムと呼べとは言わず、大車輪は砂地に車輪をとられながらも、大急ぎでいってしまった。
「なあ、セックスって ちょっとやってみたい気がするな」
左手で巨大な陰茎をいじりながら、黒田が言う。
「まさか、鉄線ババアとするってことか。あのぶよぶよのどこに穴なんてあるのかよ。第一、トゲが刺さって、しこたま痛いぞ」
「まあ、もし、もしもだよ。そのセックスってのができるのが、鉄線ババアしかいないんだったら、多少の痛みは我慢するしかないんじゃないか」
鉄線ババアの姿を頭の中いっぱいに想像していた星野は、ブルブルと震えた。大きくかぶりを振りながら相棒を見るが、黒田はいたって真剣な面持ちだった。
「よし、行ってみよう。やるやらないの問題じゃなくて、とにかくババアにセックスのことを教えてもらうんだ」
黒田は本気だった。彼の巨大な分身もその気のようで、固く猛りながら上方を向いている。
よっしゃよっしゃと言いながら、すでに歩き始めていた。とにかく深く考えずに行動してしまうのが、デカチンの日常だった。
星野は行きたくなかった。セックス自体に興味がなかったし、比較的安全な干潟周辺から離れたくなかった。
「ちょっと待ってくれよう」
だが、黒田と離れるのはもっと嫌なので、仕方なくついて行くことにした。せめて当面の食料を持っていきたいと言ったが、先を急ぐ同僚にそんなもの現地調達だと却下された。二匹のカイブツは、鉄線ババアの住む窪地を目指して歩き始めた。
そこは、干潟から丘を二つばかり越えた湿地帯のはずれにあった。前時代には大規模な化学プラントがあったらしく、巨大で複雑な機械の残骸が、錆びて朽ち果ててもなお、その骸を晒し続けていた。様々な化学物質が漏れ出して、湿地をどうしようもなく汚染している。そこの土壌の多くは、重金属を含んでいて有害なのだ。
周辺は湿地なので、当然のように窪地にも水がたまるはずなのだが、鉄線ババアの住処は乾いていた。周りに溝を掘って、水を抜いているのだ。老人一人でどうやって暗渠用の水路を掘ることができたのか。その異様な光景を、二人のカイブツは知ることとなった。
「しっかし、あの婆さん。そのまんまミミズじゃねえか」
「それに、すっごい速さだなあ」
鉄線ババアは、まさにカイブツらしいカイブツだった。
樽を少しばかり長くしたような図体の先端に、顏が胴体に対して真っ直ぐに付いている。小さな手足があったが、それは身体の中に埋まっていて、亀のように、必要な時にしか出ない仕組みだ。
白くブヨブヨした皮膚には、幾重にも有刺鉄線が巻きついている。いまどき錆もない鉄線はめずらしく、おそらく材質が錆びない金属でできているのだろう。まさに奇怪な巨大ミミズであり、窪地の地面を食いながら溝を掘っていた。
「ウンコの量がすげえなあ」
「あれは土だろう」
「いやあ、ウンコだって」
鉄線ババアは、顔というか頭から土をがぶ飲みしながら、ほぼ同時に黒いモノを排泄していた。なお、肛門も樽状の身体の一番端にある。
「やあ、婆さん、精が出るねえ」
黒田と星野は、鉄線ババアのすぐそばまでやってきた。黙々と地面を食い進む怪異なミミズに、まずは黒田が声をかけた。星野は、その姿を見るのも嫌なのか、相棒の巨大陰茎の陰に身を隠していた。
「ああーん、なんだよ、デカチンじゃないか。なんかようかい。あたしゃあ忙しいんだよ」
地面をモリモリ食べ、モリモリと排泄しているので、たしかに忙しそうだ。その様子を興味深そうに眺めていた黒田は、ババアに何を話そうとしたのか一瞬忘れた。ブビィっと、貝臭い屁をこいて、ハッとして思い出した。
「さっきジェームズのとっつあんにあったら、なんか、セックスのことを言っててなあ。婆さんが詳しいから聞いてこいっていうんだ」
ジェームズ大車輪は、セックスの知識をひけらかしたのであって、セックスについて訊いてこいとは言っていない。
鉄線ババアは地面を食べ進むのを一時中断した。ミミズのように身体を伸び縮みさせながら、面倒臭そうに溝から這い上がってきた。身体に巻きついた有刺鉄線が地面とこすれて、なんとも形容できぬ幾何学模様を描いていた。
「それでえ、セックスのことなんかきいて、どうするんだい」
いきなり単刀直入な切り返しだった。年寄りは、いつの時代も遠慮がない。
「それはそのう、なんだ。なんつうか」
黒田は左手で自分の陰茎をペシペシ叩きながら、なんだか言い淀んでいた。よこしまな心を見透かされないように、どう言えばいいのか考えていた。
「なんだい、おまえさん。ひょっとしたら、セックスしたいのかい。そのデカブツでブイブイ言わしたいのかい」
「い、いや、そんなことはないかもしれないかな。まあ、なんだよ。気持ちがいいって話があるからさ」
図星を突かれて、黒田は照れていた。尿道の先っぽに指を入れたり抜いたりしている。後ろのほうで、星野が帰ろう帰ろうと言っていた。
「ああ、そりゃそうだよ。なんせ、セックスだからねえ。気持ちがよくて気持ちがよくて、天にも昇る気分さ。もう、死んでもいいって思うよ」
「そ、そんなにか」
黒田はシャバシャバとした唾を呑みこんだ。頭の中で、あらんかぎりの想像力を駆使して、その気持ちよさを味わっていた。巨大な陰茎がムクムクと立ち上がっている。
「ほう、こりゃまた立派だねえ。そうかい、そうかい、そんなにセックスがしたいのかい。まあ、若いんだから、したいんだろうよ」
鉄線ババアがそう言うと、樽ミミズな図体をクネクネと動かした。デカミミズの先端に付いた小さな眼を妖しく流している。デカチンのカイブツを誘っているのだ。
トゲだらけの有刺鉄線を身体中に巻いたミミズのカイブツが、エロチックな腰つきでオスを誘っていた。煉獄や地獄の魔物売春婦を連想させるような、とびきりおぞましい姿だった。あまりの気色悪さに、星野のしなびた陰茎が、より水気が抜けたようになった。まるで枯れ枝だった。
しかしながら、一度火が点いてしまった黒田の欲望は意に介していない。巨大陰茎のカイブツらしく、セックスに対する渇望も、よほど度を越えていた。
「ちょっとデカチンさん、こっちにおいで、いっしょに気持ちよくなろうよ」
ミミズババアはズルズルと這っていた。自分の寝床へと誘っているのだ。
「ゴクリ」と黒田の喉が鳴った。強力電磁石に引きつけられるようにして、そのデカチンがミミズババアの後に続いた。
「おい、いい加減にしろよ。もういくぞ」
なにを間違ったら、こんな見るもおどろおどろしい化け物に欲情するのか。親友といえども馬鹿すぎるだろうと、星野は呆れていた。
「ちょ、ちょっとだけしてみようかな、へへへ」
ミミズババアは、そのグロテスクな身体で黒田を魅了しながら誘いこんでいた。窪地の端に枯れ木を敷き詰めた場所があった。カイブツ達は、そこで情事に耽るつもりらしい。
「さあ、おいで、デカチンのお坊ちゃん。いっぱい気持ちいいことしようね。おいで、おいで」
吐き気を催すような化け物の誘いにのって、黒田はいよいよやる気満々だった。すでに、固く屹立した巨砲の先から妙な汁をたらしている。ほぼ口だけの顔は、どうしようもなくヘラヘラしていた。
星野は止めることを諦めた。鉄線ババアのセックスなど見たくもなかったが、どのような行為が繰りひろげられるのか、その手順をいちおう確かめてみようと思い、二人の傍にいた。
ミミズババアは、ここだよ、ここに入れるのだよといって、下半身を持ち上げた。さきほどまで大量の土を糞便として輩出していた穴が大きく開いた。土と生肉のニオイが立ち昇る。
黒田は、どれどれと言ってその中を覗いた。ここに俺のデカチンを入れるのか、へへへへ、とにやけたが、次の瞬間、そのしまりのない顔が凍りついた。
相棒がまったく動こうとはしないので、星野は妙だと思った。さすがの豪チンも、初めては緊張するのかと笑みを浮かべる。
「おい、やるならさっさとやれよ」
親友の呼びかけに黒田は応答しない。あれほど猛っていたモノも、踏み潰されたトカゲの舌のごとく、だらりと垂れさがっていた。
「なんだよ黒田、やらねえなら、帰る・・・」星野は絶句した。
ミミズババアの尻の穴が開いていた。カイブツのデカチンを受け入れるために、目いっぱいまで拡げている。その中身が想像もできないほど異様だったのだ。
なんと、穴の中には有刺鉄線が渦を巻いていた。円筒形をした肉ヒダの壁に、びっしりと貼りつき螺旋を描いていた。
しかも一本ではない。何重もの鉄線が、その鋭い刺を穴の内壁である朱色の肉に食い込ませていた。
「・・・」
「・・・」
二匹のカイブツは、しばし押し黙って見つめていた。
有刺鉄線は、鉄線ババアの体内で作り出されているのだ。この辺りの土壌中には、砂鉄や重金属の類が溢れんばかりに混じっている。鉄線ババアは、それらを土壌と一緒に飲み込み、体内で漉しとってから残りを糞として輩出していた。
ミミズ胴体の体内で、いかなる化学変化が起こったらこの凶悪な鉄線を生成できるのか。神業を通りこして、もはや魔界の住人の仕業である。彼女もまたジェームズ大車輪同様、強力で稀有なカイブツなのだ。
鉄線ババアの穴の内部は、凶悪な挽肉製造機だ。そんなところにイチモツを入れたものなら、セックスによる快楽の百倍以上の激痛に見舞われることになる。しかも、使用後の陰茎は、見るも無残な姿を晒すことになるだろう。
「あっ、そうだ。俺これから吉田のオジキのとこいって、チンチン体操しなけりゃならないんだ。すっかり忘れてた」
な、な、と、黒田は同意を求めるように星野を見た。
相棒は鉄線ババアの中身凶悪さに、どこかの神経が切れたみたいにア然としていた。
「さあ、それじゃあ、今日は天気もいいし、オジキのとこでコイツを元気にしてくるかな。もうすっかり萎びちゃってるしな」
その元気のないイチモツをズルズル引きずり、つっ立ったままの星野を掴んで、黒田は逃げるように歩き出した。
「ちょっと、お待ちっ。なんだいなんだい、女にこんな恥ずかしい格好させといて、何もしないで行く気かい。冗談じゃないよ、わたしゃあ、もうその気になってるんだからね」
鉄線ババアは、大きく開いた肛門を右に左に振って、不機嫌ぶりをアピールした。
黒田は、そこに何もいないかのように無視して歩いていた。見てはいけないモノを見てしまった星野は、気色悪さで石地蔵のように固まりながら後に続いた。
「こらっ、ぜったいに逃がさないよ。あんたは、そのデカチンでわたしとセックスするんだ。わたしを楽しませないうちは返さないからねっ」
鉄線ババアは怒っていた。黒田はやや下を向いたまま、その場から遠ざかることしか考えていなかった。女心を理解しないカイブツは、ただ逃げ去るのみである。
「うわああ」
うしろを見た星野が悲鳴をあげた。マダラ模様の手が、前を歩く黒田の背中を叩いていた。
鉄線ババアが追ってくる。下半身を逆エビ状に折り曲げて、その淫らな穴を宙に拡げたまま、ズリズリと地面を引っ掻いていた。しかも、ミミズな身体にしてはけっこう早く、ぐずぐずしていると追いつかれそうだ。
「うわあああ」
星野は、前を歩く親友を追い越していった。どうしてあいつはバカみたいに急いでいるのかと振り返った黒田は、その理由を即座に悟った。
「ば、化け物おう」とカイブツが言った。
下半身をサソリのように反ったまま、肉穴の中の有刺鉄線をギリギリいわせ、すぐそこまで迫っていた。その姿は異様をはるかに通り越していた。カイブツの格としては、黒田や星野よりも遥かに上だった。
巨大陰茎のカイブツが、赤子のような悲鳴をあげながら逃げた。ヒーヒー言いながら走っているが、大きなイチモツがどうにも邪魔なので、途中で左肩に背負った。
「逃がしゃしないよっ。おまえはわたしを楽しませるんだあ、セックスするんだあ。さあ、おまえのイチモツを早く入れておくれ。わたしの大事な大事な秘密の穴に、おまえのぶっ太いモノを入れておくれよ」
地獄の釜の底にこびり付いている悪鬼が呼んでいるようだった。もし捕まったら、あの鉄線だらけの穴の中にイチモツを入れさせるだろう。自分のもっとも自慢で敏感な部分が、ミミズババアの体内でズタズタに引き裂かれる状況を想像し、そのあまりの痛さに黒田は死にたくなった。
ジャーと音が鳴って、ミミズババアの尻の大穴から有刺鉄線が放たれた。空中で投げ縄のように丸くしなると、その輪っかが黒田の右足に絡みついた。カイブツは前につんのめったが、担いでいた陰茎がクッションになって、顔面を地に打ち付けることはなかった。
「さあ、ぼうや、おいで、おいで。お姉さんの中においで~」
お姉さんという表現はあきらかに誇張されているが、黒田にそれを訂正しようとする余裕はなかった。そのまま地獄の鉄線ミミズ蜘蛛にからめ取られて、童貞喪失と引きかえに、十人前の陰茎が、あわれミンチにされてしまうかもしれないのだ。
「かんべんしてくれよう」
笑っているのか泣いているのか、どちらとも取れるような表情のまま、黒田は巻きとられていった。彼の行く先には、凶悪な挽肉製造機を有したミミズなババアが、その淫らな穴の中を目いっぱいに拡げていた。
「そう、そのまま、そのまま。もうすぐだよう」
「うわああ、止めろ、止めてくれえ」
ギーギーとイヤな金属音を鳴らしながら、有刺鉄線は穴の中へと引きこまれている。それに縛られた黒田も、当然のように引きずられていた。
ミミズババアの尾部が極限まで開き、その大きな陰茎を呑みこもうとしていた。
「うっへへへ」化け物ミミズが淫らに笑っていた。
「もう、だめだあー」
黒田は観念して両目を閉じた。こんど生まれてくるなら、ちっさなチンポコのネズミにしようと、かたく決心した。
そこに、猛然と走ってくるマダラがいた。
星野だった。怖気づいて一度は逃げ出していたのだが、親友を救うために戻ってきたのだ。しかも手に何か持っている。
「とりゃああ」
彼はそれを、ガバッと開いたババアの穴の中へ放り投げた。
「な、なんだいっ」
それは肉穴内部の鉄線にあたって砕け、そして中身がはじけた。
「わたしの大事なとこに、何入れやがったんだ」
肉穴の中を無数の小さいモノが飛び回り、不吉な翅音を響かせながら、それらはバチバチと有刺鉄線にあたっていた。ゴマバチの大群だった。
「ご、ゴマバチじゃないかっ、ヒエッ」
ゴマバチは特異な毒を持つハチだ。その毒針に刺されると、かつて経験したことのない痒みに襲われる。星野はその巣を放り込んだのだ。
「痒い痒い痒い、かゆいかゆかゆかゆかゆ、ああー、ヒー、ヒャー、ヒャー」
サソリのように反った下半身を滅茶苦茶に動かしながら、鉄線ババアは烈しく悶絶していた。
「かゆーーい、誰か、だれか掻いてくれ、後生だから掻いてくれ。この中を掻いてくれー」
クネクネうねるミミズな下半身の先から、小さなハチがとび出していた。よほど痒いのだろう。鉄線ババアは痒い痒いと喚きながら、のた打ち回っていた。
「黒田、逃げるぞ」
星野は、ほとんど腰の抜けていた親友を強引に立たせた。だらりと萎えているデカチンをむんずと掴んで、そのまま引っぱって走った。ぐずぐずしていると、ゴマバチに刺されてしまうからだ。有刺鉄線は、うまいこと足から外れていた。
窪地を出たところで、二人は休憩した。黒田は顔の半分もある口を半ば開けながら、視線を右往左往させていた。鉄線ババアが追ってくる様子はなかった。
「オレ、もういいわ。セックスしなくても生きていけるしな。浜で貝食ってたほうがましだ」
さっきまでのガッツいた性欲が、ウソのように消えていた。元気なくしなだれた陰茎をいとしそうに見つめながら、「だいたい、ジェームズのとっつあんが余計なことを言うから、こんな目にあうんだ」と愚痴をこぼしていた。
「いや、セックスはしなければならない」
唐突に星野が言った。マダラ模様の両腕を胸のあたりで組んで、はるか遠くを見つめている。
「はあ?」なにか眩しいものを見るかのように、黒田が見上げた。
「セックスしに行くんだよ」星野は真顔だった。
「突然、なにを言いだすんだよ。おまえはセックスに興味がないんだろう」
セックスを切望していた黒田が意気消沈し、消極的だった星野がその気になっていた。
「鉄線ババアとおまえのやり取り見ていたら、やっぱりセックスって大事だと思った。だって、そうだろう。じゃなきゃあ、俺たちは何のために生まれてきたんだ」
黒田と鉄線ババアの惨状を見て、星野がなぜそのような考えに至ったかは、じつのところ本人もよくわかっていなかった。眠っていた種の保存本能に火が点いたのか、とびきりの化け物女の妖しさに、カイブツとしての血が騒ぎだしたのかもしれない。もっと単純に考えるならば、マダラのカイブツも思春期を迎えたということだろう。
「セックスするんだ」
再び繰り返した。もとがマジメなだけに、そう思ったら頑固だった。
「まあ、おまえがどう思おうと勝手だがよう、オレは遠慮するよ、好きにすればいいさ。だけど、鉄線ババアは止めた方がいいと思うけどな」
「あれは論外だ」
さすがに、あの化け物を相手にする気はないようだった。
「黒田、女を探しに行こう。楽しいセックスができる美しい女をさあ」
「うつくしい、って、例えばどういうことよ」
干潟周辺は、ジェームズ大車輪に代表される奇怪なカイブツばかりで、美しいと評される個体は皆無だった。そもそも、女という性別自体が稀であり、近い個体では鉄線ババアしかいない。ヤロウなカイブツばかりなのだ。
「美しいっていったら、人間の女だべさ」
二人の会話に、突然べつの声が割って入った。
「うわああ」
「な、なんだ、おまえは」
セックスのことで頭の中がいっぱいだった星野は、そのカイブツがすぐ足元にいることに気づかなかった。また黒田も、鉄線ババアの挽肉マシーン性器のトラウマで、注意力が散漫となっていた。
「やあ、ごきげんよう」
それは、この辺ではヒラメモグラと呼ばれているカイブツだった。
原型となるのは巨大なモグラなのだが、なにせ平べったくて、穴掘りはそれほど上手ではない。かわりに地面に擬態することが得意で、一日のほとんどを這いつくばって生きている。星野や黒田のような、固有の名前はなかった。
「おまえ、ひょっとしてヒラメモグラか。はじめて見たけど、ケッタイな姿だなあ」
黒田にそう言われたヒラメモグラは、身体を波打たせた。土や小石が空中に舞って、星野や黒田に当たった。
「巨チンの化け物に言われたくないね」
機嫌を損ねたのか、さらに激しく波打って、石ころを飛ばした。
「あ、あぶねっつうの」
巨チンのカイブツは、そのイチモツを盾にして石ころを防いでいた。
「人間って、もういないって話だよ。絶滅したって」星野が言う。
二匹のカイブツは育ての親であるグンゾウ爺さんから、人間についての噂話は聞かされていたが、月にまで行ったとか荒唐無稽な話ばかりで、信憑性に乏しかった。
「いいや、いるさ。少しだけども、まだ残っているよ」
「おまえ、見たのかよ」
黒田は、せせら笑いながら言った。もちろん、ヒラメモグラが人間など見たことはないと断定しての言い様だった。
「ああ、見たさ」
「なにー」
ヒラメモグラは立ち上がった。平べったい身体に風を受けて多少よろめいたが、胸を張って二匹の前に立った。
「この前の満月の夜の次の朝、人間がここを通りかかったんだ。クズ山でなにかを拾いにきたらしい」
クズ山とは、前時代の廃棄物が大量に捨てられ、山のようになった場所だ。何がしかの化学物質が強力なのか、草木も生えずに、長年そのゴミ山っぷりを露わにしている。金属類はあらかた錆びて原型をとどめていないが、プラスチック類は、まだ形があるまま残されているものがあった。
「あんなモノ拾って何する気なんだか」
食い物のことだけを考えているカイブツには、文明が吐き出した便利な道具を想像できない。
「で、その人間は女だったのか。ど、どうなのよ。いいのか」
星野は食いついていた。ぜひとも、女について詳しく聞きたいと思っていた。
「そりゃあもう、すごいぞ。あんな美しい姿見た後で鉄線ババアに出会うと、自殺したくなるよ」
その自殺したくなるほど奇怪な妖怪に欲情してしまった黒田は、バツが悪そうである。
「その人間は、まだクズ山にいるのか」
「いいや、もう帰ったみたいだな。まあ、この辺にはそんなに危ないヤツはいないけど、人間にしたら気味が悪いんだろう」
ヒラメモグラは、自分の姿形、その存在自体が奇異であると自認していた。そして醜いカイブツであるとの自覚があった。また人間の女性を美しいと認識できる審美眼と美意識も備えていた。
だから人間から見れば、この界隈のカイブツがどのように見えるのかを十分理解することもできた。
「じゃあ、どこに行けば、その美しい女と会えるんだよ、ったく」黒田は、なぜかキレ気味だった。
「西港だよ」
ヒラメモグラは、その薄っぺらい胸を再度はった。核心的なことを言っているんだ、っといった態度なのだ。
「西港ってなんだよ、美味いのか、それ」
「西の方にずっとずっと行くと、港があるんだよ」
「港って、なによ。スケベなんか」
「港は港だよ。スケベかってなんのことだよ。おまえ、チンコがデカいだけのバカだろう」ヒラメモグラは、やや呆れていた。
黒田は、西港というのが場所であると想像できないでいた。前時代に海を行き来していた船という乗り物についての話は聞いていたが、それがどういうものであるかを脳内に描くことができなかったし、まして船が停泊する港など、その一欠けらさえも思い浮ばなかった。
「ちぇっ、美味くも、スケベでもないのかよ」
「とにかく、西港って言う場所に行けば、人間の女がいるんだな」
西港に人間がいる。しかも美しい女がいるようだ。だったら、そこに行ってセックスしなければならない。星野のやる気スイッチが、ムクムクと盛りあがってきた。
「これでセックスができる」マダラ模様が艶々と光っていた。
「そうだよ。セックスするんだったら、美しい人間とするのがいいさ」
そう言ったヒラメモグラは、なんだかすがすがしい顔をして、遠くの空を見つめていた。
「じゃあな、化け物たちよ。よきセックスを」
あばよっ、と言って、その奇怪なカイブツは平たい身体をウネウネ波打たせながら、湿地帯のほうへ去っていった。
「黒田、西港に行くぞ」
「おまえ一人で行けよ。どうせ、なんにもねえんだから」
西港が美味くもないしスケベそうにもないので、黒田は乗り気がしなかった。
「美しい人間の女とセックスできるんだぞ。すごいスケベだって」
「ヒラメ野郎の言うことなんて信用できるかよ。どうせ、キモい化け物しかいないって。ヒラメ好みの平べったい化け物がよう」
キモいカイブツが、さも興味なさそうに言った。
「ほんとに美しいんだぞ」
「わああ」
「な、なんだ」
突然の声に、星野と黒田は驚いてあたふたした。ヒラメモグラが再び現われたのだ。
「おまえ、帰ったんじゃないのかよ」
つい、いましがた彼の悪口を言った手前、黒田はバツが悪そうだった。
「ほら、これ見てみい。これが美しいってもんだ」
そう言って、ヒラメモグラは短い手を差し出した。星野と黒田はさっそく覗き込んだ。
平べったい身体のわりには、とても頑丈そうである爪には、一枚の写真があった。透明なアクリル樹脂板のなかに閉じ込められているのは、全裸の若い女性が写っている写真だった。前時代に戯れで作られたのだろう。しっかりと密閉しているため、写真は破損や劣化することなく時を経ることができた。全裸女性は少しばかり色あせているが、当時の妖しさを十分に魅せていた。
「うひょう、こりゃえなあ」
カイブツの陰茎がムクムクと起き上った。初めて見た人間の女に血流がよくなったようだ。頭の中身はできそこないだが、下半身はカイブツらしい嗅覚を備えていた。
「こんなのが、ここに来たのかよ。すげーな」星野は驚きを隠さなかった。
「まあ、裸ではなかったな。いちおう服は着ていたよ」
「服ってなんだよ、スケベなのかそれ」
「服は着てないほうがスケベだよ。ってか、おまえ服も知らないのかよ。チンコがデカいだけのバカだろう」
干潟のカイブツたちはヌーディストである。たまに葉っぱをくっ付けたり、鉄線ババアのように身体に装飾したりする輩もいるが、基本は全裸である。衣服など身につけないし、それらの概念も薄い。
服を着ることは、前時代の習慣であると誰かに伝え聞くだけで、知識として知るだけだ。星野はグンゾウ爺さんの話しが好きだったので、服装というモノについて理解していた。黒田は食い物のことにしか興味を示さなかったので、よくわからない様子だった。
「これ、くれるんか」
ヒラメモグラの爪に引っ掛かっている写真立てをとろうと黒田が手を伸ばすが、それはすぐに引っ込められた。
「おまえみたいなバカデカチンに、だれがやるかっ」
このモノノ怪がっ、と言って、ヒラメモグラはウネウネと身体を波打たせながら去っていった。
「な、なんなんだよ、あいつ」黒田は、おもしろくなさそうに陰茎をバシバシ叩いた。
「それで、どうする。おれは西港に行って、人間の女とセックスすることに決めたよ」
あの写真を見て、星野はますますセックスしたくなった。表情にはそれほど出ていないのだが、マダラの色艶がいつもと微妙に違っている。やる気に満ち満ちていた。
「おう、俺も行くぜ。鉄線ババアの穴で使い物にならなくなる前に、いっちょぶち込んでやるぜ」
黒田がカクカクと妖しげに腰を動かした。単純なので、他者からすぐに影響されてしまう。星野が苦笑いだ。
しばしの休息の後、カイブツたちは西港に向かって歩き出した。
星野も黒田も干潟周辺からほとんど出たことはなく、西港の具体的な場所は知らなかったが、ヒラメモグラの言う通りに、とにかく西へと進んだ。石ころだらけの荒れ地を歩き、汚れた湿地に足と陰茎をとられ、極彩色の植物が繁茂する藪の中で吸血性のハチに全身を刺されたりと、思っていたよりも難儀な旅となった。
なによりも食料調達には苦労した。干潟であれば、比較的容易にハマグリやドブイガイなどを見つけることができるが、陸地では勝手が違って、トカゲ一匹捕まえることができなかった。
ならば海岸に出て漁をするという選択もあったが、たいていが断崖で近づくことさえできず、たまに砂浜があっても波が高くてかなりの水深だった。たとえカイブツであっても、危険すぎて漁ができる状況ではなかった。
「おい、腹へったなあ」
「おまえ、さっき、葉っぱを死ぬほど食べていたろう」
黒田は、どぶ池の岸辺に繁茂していた正体不明の植物をたらふく食っていた。アクが強すぎて肌のつやが悪くなりそうなので、星野は少しだけしか食わなかった。
「葉っぱなんて、いっくら食べても腹の足しになんかなんねえよ。なんかこう、具体的に腹が満たされるものが食いてえんだよ、具体的に」
頭部の半分が口であるカイブツは、巨大な前歯の間に挟まった葉っぱのカスを、シーシー音を出しながら指でほじくっていた。
「おい、なんか来るぞ」
「ああ、なんだ」
星野と黒田のもとに何かが近づいていた。
それは一匹のカイブツだった。全身の皮膚には、触ると痛そうなトゲを無数に生やし、頭部がトカゲみたいな生き物だった。お互いがすれ違う瞬間、二組のカイブツたちは立ち止まり、その奇怪な容姿を、それぞれがマジマジと見つめ合った。
「てめえら、なに見てんだよ。シバくぞ、こらあ」
トゲトカゲは、黒田の半分くらいの背丈しかないのに強気だった。二股に分かれた舌をニュルニュルと出したり引っ込めたりしながら、冷血動物の視線で威嚇していた。
「いや、別に見てねえし」
しっかりと穴の開くほど見つめていたが、黒田はとりあえずとぼけた。
トゲトカゲはなぜだか立ち去る様子もなく、かといって掴みかかってくるわけでもなく、なんとなく気まずい時間が続いた。
「ところでおまえ、なに食ってんだよ」
トゲトカゲは小さなズタ袋をもっていた。豆みたいなモノが大量に入っていて、時々手を突っ込んで一掴みすると、口の中に放り込んでボリボリと食っていた。
「ああ、これかあ。テントー虫だ。便所の中に死ぬほど湧いていたから、さっきとってきたんだ」
「旨そうだな、くれよ」
腹がへっていた黒田は、初対面のカイブツに臆することなくクレクレと手を差し出した。
「だれがテメーなんかにやるかよ。そのデカチンつぶすぞ、こらあ」
トゲトカゲは、その図々しい手を払おうとした。すると黒田が「あぶねえっ」と叫んで引っ込めた。トゲトカゲの手のひらにも、凶悪なトゲがびっしりと生えていたからだ。
デカチンのカイブツは、トゲだらけのカイブツから少し距離をとった。間違って、自慢のモノを触られでもしたら大変だからだ。
「少しだったらやってもいいけど、便所臭えぞ」
そう言うと、トゲトカゲは袋を差し出した。どことなく躊躇っている二匹に向かって、ほらほらとせっついている。とげとげしい態度と姿とは裏腹に、性根は意外といいヤツであった。
「そ、それじゃあもらうかな。おっと、俺に触らないでくれよ」
ズタ袋を持った手のトゲに気をつけながら、黒田は袋を受けとった。
「全部食っていいよ。オラッチは充分食ったから」
オラッチとはいかなる食い物であるか考えながら、ズタ袋の中身を一掴みするデカチンであった。てんとう虫ということであるが、実際はただの便所甲虫である。
「おお、うまいぞこれ。星野も食えよ」
大きな歯にすり潰された十数匹の便所虫の体液が、ヨダレと共にカイブツの口から滴り落ちた。親友がさも旨そうに食うので、星野も一匹つまんでみたが、腐ったミミズの内臓みたいな味に、思わずオエッとなった。
「もっと食えよ。まだまだあるぞ」
「いや、俺は腹へってないから」
ズタ袋の中身を全部食ってしまった黒田が、満足したように便所臭いゲップを吐きだした。なんとなく雰囲気が柔和になったので、星野がトゲトカゲに話しかけた。
「ところであんた、西港って知ってるか。俺たちそこに行きたいんだけども」
「ああ、人間がいるとこだろ。ここからそんなに遠くないけどな」
トゲだらけの手が地平線の向こうを指し、二匹のカイブツに西港へ行く道筋を教えた。
「あんたら、人間のとこにいってどうするんだよ。あいつら付き合いが悪いし、なんだか辛気臭くて無口なだけだよ」
「人間の女とセックスするんだ、俺たち」
黒田の言葉には、なぜか自信と確信が満ちていた。黒光りするモノを自慢げにペンペン叩いている。
「セックスって、そのデカチンでか。まあ、おまえの姿を見ただけで逃げてしまうよ。とくに人間の女は、オラッチたちを嫌っているからな」
「あんた、人間にくわしいのか」
「くわしいってわけでもないけど、まあ、ちょっとばかりは知ってるかな」
人間の女とセックスすると意気込んで旅にまで出てしまったが、いざ人間を目の前にしたときにどういう行動をとればいいのか、星野には見当がつかなかった。頼めばすんなりとセックスさせてくれるのか、何か貢物が必要なのか、行為に及ぶまえに考えることは多かった。
それに初めてセックスするので、手順を間違えて笑われないだろうかなどと、童貞らしい余計な心配もしていた。ちなみに、そのことについて黒田はまったく能天気だった。会って即座にセックスできると、どうしようもないほどお気楽なのだ。
「なあ、どうやったら人間の女とセックスできるんだよ」
星野は率直に訊ねた。
「まず無理だろうよ。人間の女以外のマダラがいたら、ひょっとしたら可能性があるかもしれないけどな」
星野たちは、生粋のカイブツとしてその運命を受け入れている。見ず知らずの奴に自分たちの特質を無遠慮に指摘されても、恥じ入ったり激高したりすることはなかった。
「まあ、そうだろうな」
「おまえら、ひょっとして童貞かよ」
セックスをすると意気込んでから、童貞という言葉が、星野にはとても罪深いことに思えた。蔑むようなトゲだらけのカイブツの視線が気になってしまい、少しばかり下を向いてしまう。
「いや、オレはこの前やったよ」即座に黒田が否定した。
その経験とは、鉄線ババアとの死ぬほど痛そうなセックス未遂なのか、星野とのオス同士の尿道プレイなのかは説明しなかった。
「おまえのデカチンコが入るって、どんなヤツだよ。爛れ熊の巣穴にでも突っ込んだのか」
黒田は照れくさそうに下を向いた。嘲笑したのに、こいつはなぜ笑みを浮かべているのかと、トゲトカゲは首を傾げた。
「おまえ、チンコがデカいだけのバカだろう」
「いやあ、それほどでもねえぜ」
ああ、こいつには会話をふらないほうがいいと思うトゲトカゲであった。
「やっぱり、人間とセックスは無理なのか」
勢いで西港を目指しているが、やはり星野は不安であった。
人間の女に対する知識もほとんど持ってないうえに、相棒はイチモツがデカいだけが取り柄のカイブツだ。ヒラメモグラが見せてくれた人間の美しい女が、自分たちのような特色豊かな生物に好意を示してくれるか、自信が持てないでいた。
「セックスする前に、まずお互いを好きにならないとならないだろう。まあ、セックスだけの関係もないこともないが、やっぱり愛がなければなあ」
「アイって、なによ。臭いんか、それ」
「アイって、愛だよ。知らないのか。ってか臭いのかってどういう意味よ。おまえ、本当にチンコがデカいだけのバカだろう」
さすがに星野は、愛ということについてはだいたい想像できた。だが、どうすれば人間の女に愛してもらえるのかは見当もつかなかった。
「大車輪のとっつあん、そんなこと言ってなかったなあ」
星野のマダラ模様が不規則に波打っている。苦悶しているのだ。トゲトカゲは、相変わらず冷たい瞳のままだった。
「具体的に何をすればいいか、もしよかったら教えてくれないか」
「そうさなあ。おまえらに出来ることで、人間が喜ぶことだから、うう~ん、そうさなあ。やっぱ食い物をたくさん持っていってやるとかだな」
「食い物はないよ。俺たちだけでも、まともに食べられないんだから」
干潟を離れてからは、星野と黒田はロクに食べ物を探せないでいる。
「なんで、セックスしてやるのに食い物なんかやるんだよ。オレのモノで充分だろ。腹いっぱいだろう」と、なぜかムキになって巨大なイチモツをペンペン叩いているカイブツを、トゲトカゲは無視した。
「じゃあ、何か出来ることはないのか。特技みたいな」
顔面の半分以上が口な黒田が、ニヤリと笑みを浮かべながら、自慢のイチモツをさらにペシペシ叩いた。そして腰を振って、ブルンブルン回して、その健在ぶりを無駄にアピールする。彼の唯一の自慢できるものが、その巨大な陰茎なのだ。
「いや、俺たちにかぎって、得意なことなんてないな。ほんと、ないな」星野がため息をついた。
トゲトカゲは相変わらず表情を変えないまま、賢者が無知なる愚か者を諭すように言った。
「まあ、人間に関わったってロクなことないさ。どうしてもセックスしたんだったら、自分らと似たようなヤツ探してやればいい。だいたいセックスなんて無駄なことしても、腹へるだけだし、あとには何ともいえない後悔が残るだけだ」
「そうなのか・・・」
なんだか落胆した星野は、下を向いてブツブツひとり言を吐き出していた。
トゲトカゲはいましばらく留まって、セックスについてネガティブな意見をいった後、どこかへ行ってしまった。
去り際に、じゃあ、またな、と言って黒田のイチモツを触った。突然のことで躱しきれず、鋭いトゲの幾つかが、その柔らかいモノに突き刺さった。巨根のカイブツは、うひゃあああと跳び上がってヒーヒー唸っていた。
「アイツ、今度会ったら、後ろから石を投げてやる」
黒田は、誰もいない空間に向かって投げる仕草をした。ただし石ではなくて、自らの巨根を背負うようにして投げるのだ。
「なんだか難しいことになったな」
星野は神妙な顔つきになっていた。気張って旅に出たが、そのことをちょっとばかし後悔し始めている。
「おまえはいちいち考えすぎんだよ。西港行って、人間の女と好い仲になって、セックスすればいいだけだろうが」
「だから、どうやったら人間の女に好かれるんだよ」
星野は完全に自信を無くしていた。自分のようなマダラが、あの写真にあったきれいな肌の女に好かれるわけないと思っていた。
「そんなの、人間の女がだなあ、どうやったら俺たちに好かれるか、考えればいいんだよ」
「そりゃあ、無理ってもんだ」
「弱気だなあ。まあ、とにかくよ、ここまできてセックスしないで帰るなんて、オレは嫌だからな」
星野と黒田は、なんだかんだ言いながら西港への旅を続行していた。足取りが重い星野であったが、ひょっとするとマダラ模様が好きな人間がいるかもしれないと、一縷の望みがないわけではなかった。
トゲトカゲに教えてもらった通りに道を進むと、草地の丘にでた。上から西のほうを見下ろすと、海のすぐそばに構造物が見える。古き時代に造られた港が、大分朽ち果てながらも、まだ存続していた。
「西港って、あれだろう」
「なんでえ。もっとすげえもんかと思ったら、ただの平らじゃねえかよ」
港にあった倉庫やクレーン等の施設は、すでに跡形もなく消滅している。残っているのは、だだっ広い土地と堤防、ゴミのように見える小さな建物ぐらいだ。だから、遠くから眺めると、たしかに平らに見えるのだ。
「まあ、いまから行ってもすぐ日が暮れるべや。今日はここで寝て、明日にするか」
黒田の提案に、めずらしく相棒が異を唱えなかった。見ず知らずの土地での、いきなりのセックス行脚はキツイものがある。未経験者には、少しばかり心の準備が必要なのだ。
「よっこらしょう吉」
巨根のカイブツがその場に腰を下ろし、ついでに重いデカチンをドンとばかりに地面に置いた。
その時、「ぷぎゃー」と言って、地面である草地が揺れた。
「うわあ、なんだ」
驚きのあまり、黒田が跳び上がるように起きたため、巨大な陰茎がムチのようにしなり、勢い余って自らの顔面を直撃した。「ぶごっ」
「おいおい、地面が揺れてるぞ」マダラが指さして言った。
たしかに揺れていたが、それは地面ではなかった。草地と一体化した草原のカイブツだ。
「おひゃあ、ひゃあひゃあ、うっほほ。」
それは奇妙な声を発しながら、黒田と星野の周りを、踊るように舞い始めた。
「な、なんだこいつ」
「けったいなヤツだなあ」
二匹が注目している間にも、それは跳んだり回転したり踊ったりと、とにかく自分を見せたくて仕方がない様子だった。
行動もそうだが、その形状も、よほど変わっていた。
草の生えたマントみたいなものを背中につけて、それを拡げた姿はなかなかの大きさだが、そのくせ、本体の身体は瘦せ細っていた。草の生えたマントは薄い皮膚のようで、骨格はか細い。前時代のオオコウモリに似ていた。いや、草原にいるので草コウモリと呼んだほうがいいのかもしれない。
その草コウモリのお披露目は執拗だった。もう充分に呆れている星野と黒田に、嬉々として自らの珍妙な身体と踊りを見せつけていた。
「なんだ、ちっさいチンコだなあ」
コウモリの、ちょうど股間の部分に生殖器があった。黒田のと比べると、よほど小さくて、目を凝らさないと確認できないくらいだった。
陰茎の小ささを黒田に指摘されると、草コウモリは唐突に踊りを止めた。その場に胡坐をかいて座り込み、威嚇するような目つきで二匹を見上げた。背中の草付きの皮が、ダラ~とだらしなく垂れていた。
「で、なんやおどれら。どないせっちゅうんだ」
いきなりキレた態度を見せつけられて、二匹は戸惑った。
「いやいや。オレたちはなにも要求してないぞ。ってか、なして逆ギレしてるんだよ」
相手は見るからに弱そうなので、無頼な態度を見せられても、二匹はとくに動じることはなかった。
星野も黒田も普段の性格はいたって温和だが、いざとなったら戦う気概はあった。干潟で貝を漁っていようとも、カイブツはカイブツなのである。
「どうせ、人間のとこに行くんだろう」
草コウモリは、とくに確信があってそう言ったのではない。なにかテキトーなことを言って会話を続けようとしたのだが、それが図星だった。
「なして、わかったんだ。能超力があるのか」
能超力も超能力も、草コウモリは、そんないいものを持っているほど高級なカイブツではない。
「おまえ、行ったことあるのか。人間のこと知っているのか」
「ああ、毎日行ってるよ。あいつらに芸を見せれば、食べ物もらえるからな」
草コウモリは、眼下の港に毎日通って、人間たちの前で踊りを披露して食い物をもらっていると語った。
「芸って、あのチンコ踊りが芸なのか。てっきり頭のイカれたヘンタイかとおもったわ」
草コウモリがバサバサと唐突に羽ばたいたかと思うと、また妙な踊りをし始めた。腰をフリフリ振って小さな生殖器を見せつけたり、股間をまさぐってニオイを嗅ぐ仕草をしたり、踊りというより、奇行といったほうがいいだろう。
「これが頭のイカれた芸に見えるかっ。この至高の踊りがヘンタイにみえるのかっ」
それは、誰がどう見ても頭のイカれたもののヘンタイ芸だったが、二匹はあえて追求することはしなかった。それよりも、西港にいる人間のことを聞きたかった。
「俺たち人間と仲良くしたいんだけど、そのう、食い物とかないんだけど、どうやったらいいかな」
こんなヘンな奴に教えてもらうのは邪道ではないかとの思いが星野の脳裏をかすめたが、利用できるものはアホでも使えとグンゾウ爺さんが言っていたので、とりあえず訊ねてみた。
「とにかく、ただふつうに行っても、人間は相手にしてくれないぜ。とびきり派手なアクションをかまさないと、ああ、また貧相な化け物がきたのか、ぐらいにしか感じないのよ」草コウモリは、わりと親切に教えてくれた。
「人間の女はどうだ。きれいな女がいるって話だが」
「おう、すんげえきれいだぜ、ビューティホーな女が何人かいたな。人間の女はなあ、色の派手なものが好きだから、おどれのその模様なんか、一発で食いつくぞ」
ヘンタイなコウモリにそう言われて、星野は嬉しくなった。そうだろうそうだろうと頷きながら、満面の笑みを浮かべていた。
「おい、オレはどうよ。オレのコイツはどんくらいよ」
黒田は、イチモツをペッシペシ叩きながら血相を変えていた。
「おう、人間の女はデッカいチンコが好物だからな。おどれのその巨大なモノをな、死ぬほどブン回して行けば、もうメロメロよ」
「そうか、ブン回すのか」
フンッ、と勝ち誇ったように星野を見る顔が憎たらしかった。
調子のいいことを言うだけ言うと、草コウモリは「あひゃひゃおひゃひゃ」と叫びながらどこかへ行ってしまった。
「どうやらセックスできそうだな」
「おうよ、あしたは腰がぬけるくらいやっちまうぞ」
夜がすぐにやってきた。二匹は生温かい風が吹きつける丘の草地で、ゴロリと横になって寝ることにした。黒田はデカい口でハーハー息を出し入れしながら、豪快に寝ていた。草コウモリの話を聞くまで不安だった星野も、これはイケそうだなと、そのマダラ模様の顔をニンマリさせて星を見ていた。
あのコウモリみたいなカイブツは、肛門から特殊なフェロモンを分泌する能力があった。それは相手の脳に作用し、草コウモリの言っていることを信じやすく暗示をかけるのだ。一種の麻薬混じりの媚薬みたいなもので、彼はその能力をフルに活用して、人間たちから食べ物をちょうだいしているのだ。
ただし実際は、そのフェロモンはカイブツ相手にはよく効くが、人間にはさほど効果を発揮しない。もっぱら頭のイカれたカイブツを不憫に思った人間が、みすぼらしい野良犬にエサを投げてやるが如く、残飯などを与えていただけである。
草コウモリは、人間と出会ったら出来るだけ目立ったほうがいいと言っていた。特色のあるアクションを披露するヤツほど人気を博して、もらえる食べ物の量が多いらしい。だとすると、気に入られると当然のことながら女が好意をもってくれて、セックスできる可能性も高まるというものだ。
マダラ模様は女どもの注目のマトだと、草コウモリは真顔で語っていたので、星野の気分は高揚していた。もちろん、フェロモン暗示が効いているためだ。イケるイケると一人ほくそ笑んで、何度もうなずいていた。時おり、黒田が臭い寝屁をたれるが、いつもなら死ぬほどイヤなそのニオイも、たいして気にならなかった。いつになくいい気分で横になっていると、いつの間にか暗闇にマダラが淡い光を放っていた。なんだ、俺のマダラは発光するんだなと、星野自身も初めて知った。
次の日の朝早く、灰色の雲がどんよりと垂れこめるイヤな天気だったが、二匹のカイブツの気分は晴れやかだった。転がるように丘を駆け下りると、港に向かって走った。途中、年寄りと思われる人間の老人が前方から歩いてきた。
「おっ、人間だな。女か女」
「いや、どうみたってジジイだよ」
「なんだ、ショボい年寄りかよ。でもまあ、オレたちを見せつけるには、ちょうどいいんでないかい」
二匹のカイブツは、お互いの顔を見て頷いた。ここはアピールの予行演習だと判断した。
「うほー、ほひゃひゃ、どおうー、ごっひゃひゃ、ぎょおう」
まずは黒田が、その凶悪な巨大陰茎をブンブン振り回しながら突進した。
突然なにが起こったんだと、しばし放心状態な老人の周りを、奇声をあげながら跳びはねていた。ついでにチンコもバウンドしている。
「ハッフハフ、ホッフホフ、ボッヘボヘ」マダラのカイブツも参戦した。
星野はなんらかのダンスのつもりだったが、どう贔屓目に見てもそれは、幻覚性の毒キノコにあたってヘロっているジャンキーでしかなかった。
老人は身動ぎもせず、ただ黙って見ていた。
カイブツに出会うのはそう珍しくないが、中には攻撃的なヤツもいるので迂闊に動けない。焼けた木の実みたいに弾けている二匹のカイブツは、頭がおかしいだけで危険ではなさそうだが、一応注意しなくてはならない。悪いキノコでも食べただけなら、そのうち大人しくなるだろう。ここは、下手に刺激しないでやり過ごそうと考えていた。
「ムンゴオー、ムンゴオー」と、青筋立ててブン回していた黒田の巨大陰茎が地面に接触して 群生していた粉撒きキノコを粉々にしてしまった。途端に大量の胞子が空中に飛び散り、辺りに黄金色の濃い煙が舞った。
「ウヒャッボー、ウヒャッボー」
奇声をあげているのは二匹のカイブツではない。大量の胞子が鼻の穴に入って、老人が胞子アレルギーを起こし、続けざまにくしゃみをしているのだった。
ただでさえ弱っている呼吸器を痛めつけられて、そのあまりの苦しさに、老人は胸や膝を両手で叩いた。
「カッパルパー、ウッパルパー」
「パパラパパラパパラ」
今度は星野と黒田の叫びだった。自分たちの最強アピールに、人間の老人が涙を流して喜んでいると、手前勝手な勘違いをしていたのだ。
「おう、ウケてるぞ」
「俺たちイケるぞ」
二匹は、それからしばらく芸を続けた。アレルギーが治まらない老人は、最後に大きな痰を吐いて、その場にひっくり返ってしまった。
「よっし」
自分たちの芸に満足した二匹のカイブツは、お互いの健闘をたたえ合った。黒田は相棒のマダラ模様を褒めまくり、照れた星野が親友の大きな生殖器をつま先で突いていた。いい汗をかいた干潟のカイブツたちは、きりきり舞いした老人を置き去りにして、胸をはりながら西港へと向かった。
港には人間が住む集落があった。そこに十軒ばかり建てられているのは、家というより掘っ建て小屋に近かった。どの民家も背が低くて貧相な造りなので、遠い丘の上からだと、ゴミのようにしか見えなかったのだ。
港に住み着いているのは、魚や海藻類が得られやすい環境だからだ。それと内陸部に行くほど、えげつなく変容した凶暴なカイブツがいて危険だが、なぜか海の近くにいるカイブツは温和な個体ばかりなのだ。
人間の女が二人、ヤケドウツボの燻製をつくっていた。それはこの港でよく釣れる魚で、元来は普通のウツボだったのだが、長年の汚染によって表皮が火傷したように爛れたため、そう呼ばれていた。ひどくドブ臭いので、一度煙で燻さないと臭くて食えない。
ブロンドでやせ気味な女と、もう一人は、太ってはいないのだが顔が丸く、鼻の横に大きなホクロがあった。二人ともウツボの皮を剥ぎながら、立ち昇ってくるヘドロ臭に顔をしかめていた。
その異様な気配に初めに気づいたのは、ブロンドのやせ気味な女だった。
んっ、と顔をあげると、前方から得体の知れない二つの影が、ワーワー叫びながら奇妙な仕草をして近づいてきた。
彼女は横にいる丸顔を突いて、その方向を指さした。危険なカイブツが来たのかもしれないと思った丸顔の女は、すぐに大声を上げて集落の人間を呼んだ。しかし男たちは、その時船で沖に出ており、港には老人や女、子供しかいなかった。
すぐに二十人くらいが集まったが、全員が女子供、老人だった。
「お、さっそくオレたちを出迎えに大勢出てきたな。しかも女らしいのがけっこういるぞ。まあ、ガキは邪魔くさいけど」
「イケるイケる。セックスイケるぞう」
二匹のカイブツはしこたま歓迎されていると、心の底から思っていた。恐るべき草コウモリの毒であった。
まずは定石どおりに黒田が先行した。凶悪な陰茎をこれ見よがしにブン回しながら、衆目の前に出た。まるで古き時代のファッションモデルのような足取りで歩き、痛々しいポーズを続けざまに決めた。「どうだどうだ」
続いて星野が、まだら模様を派手に波打たせつつ後に続いた。人間の女を目の前にして興奮したのか、マダラの色が鮮やかに点滅し、小さなイチモツが申し訳程度に屹立していた。
大声を張りあげて陰茎をブン回す黒田の芸は、迫力はあるが単調だった。はじめこそ人間の女たちも興味あり気に眺めていたが、そのうち、ああ、またコジキカイブツの物乞いか、くらいにしか思わなくなった。シラケた雰囲気を察知するも、一人の幼児が食いついているので、黒田はこれでもかっ、とブン回し続けていた。
それに比べて、星野はすこしばかり注目されていた。これほど色鮮やかなカイブツは滅多にいないからだ。
「むおう、ぐおう、だおう、ぎょぼう」
マダラのカイブツは、両手の手刀チョップで股をこすったり、力のかぎりマダラを変色させたりして芸を披露していた。これだけやれば、もうすぐにでもセックスできると確信していた。
しかし、女心は冷めやすかった。このマダラが、ちょっとばかり目立つカイブツでしかないと悟ると、すぐに興味を失ってしまった。ひどい言葉は投げつけられなかったが、冷たい視線をいくつか落とした後、散り散りになって家へと帰ってしまった。
「あいたっ」
いたいけな幼児に向かい、必死になって自慢のイチモツを見せびらかしていた黒田は、その子供の母親に、板切れで後頭部をおもいっきりぶっ叩かれてしまった。さらに、なにやらキツい叱咤を投げつけられた。母親は、それでもカイブツのイチモツをしぶとく見ようとする我が子の目を、両手で塞ぎながら行ってしまう。
女と子供たちは誰もいなくなってしまった。呆然と立ちすくむ星野と黒田は、相手にされていないという現実を受け入れるに至った。
あれだけやったのに、誰も賞賛の声をかけてくれない。それどころか、あえなく無視されてしまった。もう、セックスのことを考えることもできなかった。
そこに、漁に出ていた男たちの船が帰ってきた。帆を畳んだ木造船からぞろぞろと降りてきて、カゴに詰めた魚をおろした。筋肉がついた身体であったが、痩せていて、誰の体臭も魚臭かった。
彼らは二匹の横を通り過ぎる際、一瞥をくれただけで、話しかけたり、興味を示したりはしなかった。最後尾にいた強気そうな若い男が、面倒臭そうに海藻の塊を投げつけた。それは黒田の頭部に被さり、ちょうどロングの髪の毛のようになった。
ここにきて、草コウモリのフェロモン媚薬が完全に抜けきってしまった。とくに星野は、とても恥ずかしいことをしたという自己嫌悪感が身体中を突きぬけて、しばし呆然自失状態だった。なんだかおだってしまい、死ぬほど恥ずかしいヨタ者踊りをしてしまったと、そのマダラナな皮がむけるほど掻き毟りたい衝動に駆られていた。
「なんか、オレたち、そんなに歓迎されてねえんじゃね」
能天気な黒田も、この殺伐とした雰囲気にさすがに気づいたようだ。
「なあ、人間の女とセックスって、無理なんじゃね」
さらにデカチンのカイブツは、絶望的な言葉を相棒に投げかけた。星野は両膝を地面につけて、どうしようもなく萎れていた。心なしか、マダラの色があせているようにも見えた。
「鉄線ババアのとこでも行ってみるか」
あまりに気落ちした親友を見かねて、黒田はとんでもないことを口走った。その慰めの言葉に本意があるのかどうかは不明であるが、とにかく懲りることを知らないカイブツである。
「干潟に帰ろうか」
星野の声はか細かった。黒田はウンウン頷きながら、頭にかぶった海藻を食っていた。
「帰りにババアのとこに寄っていくか」
その提案には否と答えた。落胆した様子を隠せないマダラと、そんなに気にしていないデカイチモツのカイブツは、干潟に帰ろうとした。
「ん!」
女だった。人間の女が、まだ十代の中ごろに見える少女が二匹の前に立ちはだかった。
「なんじゃい。オレらに用か」
黒田は、なぜか自慢のデカブツを掴んだ。その行為はまったく意味不明であったが、少しばかり警戒しているぞ、とカイブツなりに態度で示しているのだろう。いっぽう星野は、ぼーっとしているだけだった。
少女は何かを差し出した。カビで汚らしく変色したプラスチックのボールに盛られていたのは、魚の中骨や内臓だった。さっき海から帰って来た男たちがとったものだ。
ここの魚はすぐ腐ってしまうので、網からはずすと、船上でさばいて塩につける。アラや内臓類は海に捨てずに持って帰って、魚醬などをつくるのに利用されていた。
「うまそうだな、おい。なんだか、うまそうだぞ」
魚類特有の生臭さに、ヘドロだらけの海臭さがプラスされ、カゴにこんもりと盛られたそれらがプンと臭った。デカチンのカイブツが食い入るように見つめている。
重くてグロテスクなモノを持った少女は、いくぶん辛そうな表情を見せながらも、二匹に向かって、そのカゴを何度も突き出した。
「おっ、もしかしてくれるのか。オレらに、このご馳走をくれるのか」
黒田はカゴと少女の顔を交互に見て、彼女の意思に間違いがないことを確認する。ウンウン頷く仕草で、彼女はこたえた。
「じゃあ、食っちゃおうかな。へへへ」
通常、面と向かったカイブツにこう言われては、たいていの人間は人生の終焉を覚悟するのだが、少女に動じた様子はなかった。
「俺たちのために、ども、どうも。ほんとにありがとう」
先ほどからの反応から、当然のごとく嫌われていると確信していたので、人間からの、とくに可愛らしい少女からの贈り物は思いもかけない出来事であり、喜ばしいかぎりだった。感謝感激した星野は、人間の集落の方へ向かって手を振り腰を振り、マダラ模様を赤黄色に点滅させていた。黒田も、そのデカブツを景気よくぶん回して、感謝の意を表していた。
ボールをマダラのカイブツに手渡した少女は、くるりと踵を返して、肩まで垂れた黒髪を揺らしながら集落へ帰っていった。遠くからその様子を見ていた漁師の一人が、彼女を出迎えた。その男に何事かをささやいた少女は、ニッコリと微笑んで安堵しているようだ。父親とおぼしき男は、女の子の頭を撫でて、その労をねぎらっていた。
二匹は、もらった内臓をその場で食うかどうか迷ったが、丘まで戻ることにした。黒田などは早速食おうと言ったが、人間の見えるところで食うのはなんだか気恥ずかしいと、星野がやや強引に相棒を引っぱっていった。
アラと内臓はよほどしょっぱかったが、新鮮な魚類は美味く感じた。もとが干潟のカイブツなので、内臓とはいえ、魚類は主食といってよかった。
「てっきり嫌われてるのかと思ったけど、そうでもないかな」
アブラメバルの肝をチュルンチュルン吸いこみながら、星野が言った。
「やっぱり、オレのチンポコ必殺ブン回しがウケたんじゃないか」
「いや、おれの身体の色が良かったんだよ」
「いやいや。やっぱ、このデカチンチンがウケたんだよ。だってあの女の子、モノほしそうに見てたぞ」
「いや、それはないなあ。だっておまえを見ると、どうしてもそのチンコを見るしかないだろう」
二匹はワイワイやりながら、食事を楽しんでいた。
「しっかし、あのコウモリ野郎の言うとおりにやったら、全然受ウケなかったなあ。アイツ、ぜったい詐欺師だな」
「最初っから、うさんくさいヤツだと思っていたんだよ」
まったく疑いもせずに信じてしまったのに、いまさらながらの感もあるが、それだけ草コウモリのフェロモンが効いていたということである。
「人間と仲良くやるんだったら、食い物探しとか掃除とか、地味に役に立った方がいいんじゃないか。海なんだから、どこかに浅瀬ぐらいあるだろう。そこで貝でもとって、あの女の子にあげたら喜ぶんじゃないか」
「ああ、そうだなあ」
カイブツたちは、ようやく真っ当な考えに落ち着いた。
「ドブイガイたくさん獲ったら、セックスさせてくれるかな、セックス」
「人間たちは、さすがにあの臭い貝は食わんだろう。それよりハマグリだな。浅いとこ見つけてとっつかまえてよう、焼いて食わせたら、あの可愛い黒髪の少女も喜んでくれるさ」
最後の卵巣をチュルチュルしながら、マダラは得意そうに言った。ハマグリというたかだか貝の一種に、絶大なる自信を持っていた。もしかすると、まだ草コウモリのフェロモンが残っているのかもしれない。
「よし、じゃあ明日はハマグリをのっつりとって、人間に自慢してやろう」
自慢のデカチンを、ブンとぶん回して意気込みを見せつける黒田であった。
「仲良くなれたら、干潟から引っ越してもいいな」星野は、本気でそう思っていた。
「爺さんの小屋は、どうするんだよ」
「もちろん、もってくるさ」
「鉄線ババアは」
「そんなもの知るかよ」
「だよな、ははは」
久しぶりの魚で腹を満たしたカイブツたちは、いい気分のまま就寝した。人間たちに囲まれて平穏に暮らす夢を、二匹ともが見ていた。
翌朝、その異変に最初に気づいたのは、星野だった。二匹のカイブツは、やる気のあまり力みすぎて寝坊していた。
「なんだ、騒がしいなあ」
聴覚が優れているカイブツは、どこからか聞こえてくる金切り声を不快に思っていた。
ハッとして目覚める。海を見下ろす丘の草地に寝ていることを認識し、横でペニスのカイブツが大イビキをかいて寝ている姿を見た。
「おい黒田、下の方がなんだかヘンだぞ」
そう言って、ただでさえ大きな口を極限まで開けて、大量の酸素を消費している巨チンなカイブツの頭をぶっ叩いた。一瞬黒田のイビキが止まったが、一呼吸おいてからまたグアーグアーやりだした。
「いい加減に起きれよ」
そのあまりの能天気な様子にイラッとした星野は、すぐそばに落ちていた先の尖った枝で、巨大な陰茎の側面をチクリと刺した。
「あひゃああああ」
カイブツは悲鳴をあげて跳び上がり、その場でヨタ者踊りを披露した。
「あにすんだよ、この野郎」刺された個所をフーフーしながら、黒田は抗議した。
「おい、あれ見てみい。なんか様子がおかしくないか」
マダラが丘の下を指さした。人間の集落がある場所だ。
「なんだかよく見えないけど、いっぱいわいてるなあ」
黒田の言うとおり、集落にはたくさんの影が動いていた。
「人間たちだけじゃないぞ。おかしな奴らも混じってる」
「ああ、ありゃあ、化け物の群れではないか。なして、人間のところなんかに」
カイブツが、違う種のカイブツの集団を見つけて、のん気に化け物認定していた。
「なして、みんなで、ぎゃあぎゃあ騒いでるんだ。お祭りか」
お祭りの詳細については無知ではあったが、どことなく騒がしいものだという感じを、この巨チンは本能的にわかっていた。
「いや、違う。おい、ヤバいぞ。ありゃ、人間が襲われてるんだよ」
マダラのカイブツは耳以上に目が良かった。星野の眼は見ていた。不格好でゴツゴツしたカイブツたちに嬲られている人間たちを。
十匹以上が、西港の集落に住んでいる人間たちを襲撃していた。内陸部にいる凶悪な奴らが、海岸部までやってきたのだ。
カイブツたちの襲来は、崩れかけた港で肩を寄せ合いながら生きてきた人間たちにとって、容赦呵責のないものだった。酸鼻を極める残虐な殺され方だった。
腕を肩からもぎ取られる若い男、絶命しているのに、なおも執拗に顔を踏みつけられる老人。カエルのような図体をした二匹の巨大なカイブツが、小さな子供の両手と両足をそれぞれから引っぱり、無残にも引き千切って、その遺体をもてあそんでいた。
カイブツたちは、個々の種類がまちまちであって、その性質にあった方法で人間たちをいたぶって、殺害していた。しかも暴虐のはては、その肉を貪り喰らう餓鬼道の饗宴が始まった。
干潟のカイブツ二匹は、ほぼ同時に走り出した。それまでの生涯で出したことのない猛烈な速さで丘を駆け下り、胃が引き千切れそうな咆哮をあげながら、生ぬるく湿った潮風を切り裂いていた。巨大な陰茎など、気にもしないで疾走した。
妊婦の腹を踏み潰していたブタみたいなカイブツが、黒田の逆鱗に触れた最初だった。
張り出したお腹に、その汚らしい蹄をグリグリめり込ませて悦にひたっている時、後ろから強烈な殴打をくらった。けた外れに強靭な片腕から放たれたその一撃は、ブタの後頭部の頭蓋骨を砕き、病んで膿のような脳組織を飛び散らせた。
子供を引き千切ったカエルのカイブツ二匹が、なにごとかと血相を変えてやって来た。そして、無残なブタの屍骸のそばで吠えまくる巨大陰茎のカイブツを見て、しばし絶句していた。
ブンッと、その巨大なモノが空を切って、カエルの横っ腹にめり込んだ。間髪入れずに、強力な手刀が顔面を叩いた。上半身と顔面の骨格を砕かれたカエルは、だがしかし、ふらふらとしながらも絶命しなかった。
黒田の腕はためらうことなく、そのぶよっとした腹の中に突入し、ドロドロの体液をくぐりぬけて背骨に達した。時をおくことなく、すぐさまその長棒を引き抜いた。戦士が剣を高々に掲げるように、背骨を天に突きあげて、あふれ出る怒りをあらわにした。
次にカエルのもう片方は、頭や顔を滅茶苦茶に食い千切られて絶命した。黒田の歯は牡蠣やドブイガイの殻を平気で噛み砕くほど剛健だ。生柔らかい皮と軟骨など、なんらの抵抗もなく千切られるのだった。
魚の内臓をくれた漁師の男が、瀕死の状態になっていた。カニのカギ爪をもった甲殻類のカイブツが、彼の両腕を千切ってムシャムシャと喰っていた。ゲップ代わりに、漁師の鮮血を吐きだしている前に干潟のマダラが立った。星野の怒りは、深く静かに沈んでいた。
カニのカギ爪が星野の顔面に向かったが、それはあえなくかわされた。かわりにマダラの口から大量の飛沫が出され、それらのうちの少なからずが、カニカイブツの口の中に入った。
途端に泡をふきだした。じくじくぶくぶく赤いあぶくを吹きながら、カニは立ったまま死に始めた。カギ爪が溶けるようにしてもげ落ちた。足の関節が崩れ、片膝をついた。外骨格に守られたカニの中身が、液状となってその身体の方々から流れ出ていた。しまいには、ガチャガチャと耳障りな音をたてて、カニのカイブツは崩壊した。
星野は、自分の意思で体液を猛毒に変えることのできる稀有なカイブツだった。その毒の威力は凄まじく、それに少しでも触れると、瞬時に細胞組織が溶けてしまうのだ。
両腕を千切られた漁師は虫の息だった。虚ろな瞳が空にさ迷っていた。星野がしゃがんでそっと抱き起そうとするが、男は首を微かに振り、最期に何ごとかをつぶやいて絶命した。マダラはその言葉を承諾した。すぐに踵をかえすと、まだ熱気が止まぬ殺戮の渦中に突っ込んでいった。
人間たちには凶暴な猛獣たちでも、巨大陰茎を持つ干潟のカイブツの前では、それらは敵ではなかった。黒田は猛々しく豪チンをぶん回していた。内陸部のケダモノたちは、次々と潰され引き裂かれた。まだ未成熟のカイブツの何匹かは、あわて逃げ出した。
二匹のカイブツには同じ想いがあった。あの漁師にもらった食い物がたまらなく嬉しくて、あの黒髪の少女のはにかんだ表情が、とても愛おしく感じた。カイブツの分際で勝手ではあるが、人間たちに親近感を抱いていた。セックスなど、もうどうでもよかった。あの集団の一員になりたい。みんなの役に立って喜んでもらいたいと、目覚めるまで思っていた。
マダラは血相を変えて走り回っていた。ある者を必死に探していた。情けをかけてくれたあの漁師の娘の無事を確認したかったのだ。
黒田が最後の雄叫びをあげた。気弱なカイブツなら直腸から血が噴き出しそうなほどの、じつに恐ろしい音色だった。
西港一帯に死体が散乱していた。人間の男、女子供、それと種々雑多なカイブツたちだ。
星野は、あの黒髪の少女の姿を見つけることができない。ただただ、祈るようなおもいで血眼になって探している。
「ホシノー」
デカチンのカイブツが呼んでいた。星野が振り向くと、黒田はあの黒髪の少女を抱えていた。カイブツたちの体液でドロドロに汚れた陰茎の上に乗せている。彼女も相当いたぶられていたが、命まではとられていなかった。
人肉喰いのカイブツたちによる襲撃で、西港に住み着いていた人間たちは、黒髪の少女を残して絶滅した。カイブツたちに、もう人間の集団が襲われることはないだろう。彼らが最後だった。
星野と黒田は、亡きグンゾウ爺さんの教え通り、人間たちの遺体をねんごろに処置した。その日は、そこで一泊した。次の日の朝、生ぬるい潮風を背中に受けながら、自分たちの干潟へと出発した。親を失った人間の少女は二匹のカイブツの後をついてきた。
「なあ星野」
「なんだよ」
黒田がめずらしく、横を歩いている星野に神妙な声で話しかけた。
「おまえ、あの子とな、セックスしたりしないよな」
「俺がするもんかよ。おまえこそ、そのデカチンでやらかすんじゃないぞ。死んじまうからな」
「しないよ。セックスどころかよう、触るのがもったいないよ」
干潟に帰った二匹のカイブツと少女は、亡きグンゾウ爺さんの残した小屋で一緒に暮らし始めた。
少女は漁師の子供なだけに、魚とりが上手で料理も得意だった。今まで食したことのない旨味に、マダラもデカチンも大喜びだった。
少女は飾りのない素直な性格で、とにかくよく働いた。いささか怠け者な黒田に小言の一つも言わず、なにかと神経質な星野の小言に嫌な顔一つしなかった。二匹のカイブツは、そんな少女を大事に大事に見守るのだった。
少女の下腹が不自然にせり出してきたことに、なにがしかの悪い病気ではないかと心配した星野が、ジェームズ大車輪を呼びつけて、彼女を診てもらった。
「オメデタだっ、このカマ野郎」後の顔が言うと、真上の顔がケケケと笑った。
彼女は妊娠していた。もちろん、星野や黒田の子ではない。二匹は、けして手出しをしなかった。西港の集落で、カイブツたちに襲撃された際に強姦されたのだ。
「赤んぼうが生まれるのか」
「なんか、そうらしいぞ」
少女の妊娠を知って、星野も黒田も複雑な心境だった うれしくなくもないが、素直に喜べない気持ちがあった。自分たち以外に、この愛らしい少女とセックスしたカイブツがいるとの現実と、そんなゲス野郎がいいおもいをして、なぜ俺たちがいまだ童貞のまま人間の女に憧れているのかとの嫉妬があった。それと子供を産むことによって、二匹のアイドルである黒髪の少女が、その神聖さを失ってしまうのではないかと危惧していた。
だがいっぽうで、うら寂しい干潟に新たな家族が増えるということに、ワクワクする気持ちがあった。時が経つにつれて、その考えが支配的になってきた。
生まれてくる愛らしい子供には、どんな教育をしたらよいか、時として白熱した議論が交わされた。
黒田はドブイガイが集まっている秘密の場所を伝授すると言い、星野はハマグリからの身のかわし方を、小さいうちから教えるのだと張りきった。ドブ臭い小魚をさばきながら、少女はそんな二匹のカイブツを頼もしそうに見るのだった。
臨月がやってきた。お産の準備も仕方もわからず、二匹はオロオロするばかりだった。気を利かせたジェームズ大車輪が、窪地から鉄線ババアを連れてきた。彼女がお産を手伝える唯一の女だと、どこかから聞いたらしい。
ゴマバチの群れにやられて瀕死の重傷だったはずなのだが、いまは後遺症もなく元気いっぱいである。さすがは窪地の女王、並のカイブツではない。
「そこのデカチンとマダラは、あとで話があるからね」
鉄線ミミズが鋭い目で睨んだ。黒田は自身の陰茎を手入れするフリをし、星野は口笛を吹きながらあらぬ方向を見ていた。
「なんだい、こりゃあ。難産だね」
床に寝かされた少女は、激しくうなって血混じりの小便をたれていた。鉄線ババアが、湯を沸かせだのかんだのと指示を出した。枯れ草を一掴みして火をつけて、黒田がブリキ缶で湯を沸かした。頃合いの温度になったので、それをゴクゴクと飲んで、プハーとゲップをした。
「おまえが飲んでどうするんだよ、このバカタレ、小便たれ。チンポコデカいだけのバカなのかい」
巨大なミミズ女が罵るが、黒田は大きな口をだらしなくあけながら、なぜか照れ笑いをしていた。
「ばあさん、大丈夫なのか。なんだか、すごく痛そうだぞ」
星野は心配でたまらなかった。少女は大きな下腹を幾度となくうねらせていた。呼吸が滅茶苦茶に乱れ、何度も口から血を吐き出していた。
「ああ、こりゃ、ヤバいよ」
鉄線ババアが、少女を押さえるように言った。星野と黒田は、恐る恐る妊婦の手足を押さえた。
「ケケケ、生まれるな」ジェームズ大車輪の真上の顔が言った。
「またこのパターンかい。イヤになるよ、まったく」
「ばあさん、どういう意味だよ」
「どうもこうもないよ。こういう意味だよ」
鉄線ババアがため息をついた時だった。
まん丸に膨れた少女の下腹から血が噴き出した。その鮮血をモロに浴びた二匹のカイブツが、驚いて妊婦の手足を離した。呆然としていると、得体の知れないモノが内側から、母親の皮膚を噛み千切りながら出てきた。そして小さなその生き物は、血まみれのまま床に這いだした。何度か首を回して辺りをうかがうと、大きなあくびをした。
腹を喰い破られた母親の、かっと見開いた瞳に、我が子の姿が映しだされていた。
少女は絶命していた。
あまりの出来事に、その場がシンと静まった。星野も黒田も声が出せないでいる。沈黙の中を、ジェームズ大車輪の車輪が錆びついた音を響かせながら回転し、床にいるそれをつまみ上げた。
「こいつも、よほど変わってるな。まあ、そんなのしか生まれねえか」
その体躯に比して大きな陰茎をもち、身体はマダラ模様なカイブツの赤ん坊だった。ただし、そのデカチンは二股に分かれ、マダラの色は青と緑だった。
「なんだか、オレたちに似てるな」
「ああ、そうだな」
ジェームズ大車輪に首根っこをつままれて、空中で蠢いているカイブツを見て、二匹はうなずいた。
西港でカイブツたちを撃退した際に、まだ未成熟の個体が何匹か逃げていくのを見ていた。その中に二股デカチンと青緑マダラがいたのを、なんとなく思い出していた。
「こいつ、なに食うのかな」黒田がつぶやくように言った。
「すぐに母親をどこかに埋めな。じゃないと、喰われちまうよ」
鉄線ババアの指示通りに、星野と黒田は母親の遺体を運び出し、小屋の裏に穴を掘って埋めた。子供のうちに生肉の味をおぼえたカイブツは、成長してからもそればかりを欲するようになるからだ。
「また来週」と、ジェームズ大車輪の後ろの顔が言った。
「まあ、死んじまったものはしょうがないし、生まれちまったものは、あんたらが面倒をみな」
鉄線ババアが帰り際に、これ使いなと、数メートルの有刺鉄線を置いていった。彼女の心ばかりの気持ちだったが、それがなにかの役に立つことはないと思われた。
ジェームズ大車輪も帰ってしまい、小屋には二匹のカイブツと一匹の小カイブツが残された。星野と黒田を足して二で割ったような赤ん坊は、ギャーギャー泣くことなく、ただ床に座って二股の陰茎をいじっていた。
「オレ、こいつにドブイガイのありか、おしえるよ」
「俺は、ハマグリからの身のかわし方だな」
二匹のカイブツは、それを育てることにした。
「セックスも、おしえたほうがいいかな」
「そういうことは、鉄線ババアに頼んだほうがいいだろう」
それはないだろうと、黒田は思った。
「まず、オレが最初に鉄線ババアとセックスしてからだよ」
それもないだろうと、星野は思った。
おわり
西港セックス 北見崇史 @dvdloto
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