終章

記録01 転生について

 ここからは、あたし……暮井夏蓮くれい かれんが実際に体験した事を書き残していこうと思う。

 正直な所、これを書いている今も、自分の身に起きている事が信じられない。

 それを信じられるようになるために、客観的な文字に起こすのか。

 それとも、信じたくないからそうするのか。

 それすらも、今のあたしにはわからない。

 

 あれから何時間、ゲームをしていたのかはわからない。

 あたしは普段、そんなに深酒する方ではない。

 だから、自分の限界量を見誤った、と言うのは言い訳か。

 とにかく、あたしは闇と光のキセキで一度キャラロストした後、ほとんど泥酔状態で三週目をプレイしていた。

 そしていつの間にか気を失った。

 次に目覚めた時、

 

 

 少し寒かった。

 けれど、どこか澄み渡った冷たさだった。

 暖房の効いているけれど淀んだ自室の空気とは、正反対。

 身体には、あれだけ度数9パーセントのチューハイを流し込んだ名残が全く無かった。

 口の中はねばつき一つ無く、全身の血流はサラサラと滞りなく循環している。

 胃の不快感も無く、健康的な空腹を訴えている。

 体内の悪玉菌だとか、何だとか、あらゆる汚いものがそっくり無くなってしまったようだった。

 場所も状況もよくわからないけど、薄暗い。

 あたしは、恐る恐る上体を起こした。

 本当はもっとゆったりと起き上がりたかったけど、身体が羽根のように軽くて、思いのほか機敏になってしまった。

「ここ、は……」

 わからなかった。

 西洋風。かなりアンティークな。

 照明すら電気ではなく、備え付けのカンテラや松明じみたもの。

 ホテル?

 だとしたら、どうしてあたしが、こんな所で寝ていたのか。

 酔っ払って迷い込むような場所なのか。

 せわしく視線を右往左往させると……姿見、大きな鏡があった。

 何となく、今の自分の姿が気になって、そちらへ歩み寄った。

 鏡に映っていたのは。

 これ、ほんとに鏡?

 そう言うデザインの“ディスプレイ”とかじゃなくて?

 浮腫んだ顔の、部屋着姿の暮井夏蓮が映るべきそこには。

 深緑の上品な寝間着姿で長い黒髪の、ほっそりとした、美しい女が居た。

 試しにあれこれ身振り手振りをすると、姿見は忠実にそれを真似てきた。

 瞳の色は、ルビーのように紅い。

 いつの間にかカラーコンタクトでも入れられたか? と思って目に指を入れたら、

いっっ!? てててて……何も、入ってない」

 

 この後。

 友達のドッキリだとか、酔って前後不覚のうちに迷い込んだテーマパークだとか、某人間観察バラエティの撮影だとか、数多の無駄な勘繰りを経たけれど……本題を語るのに無駄なので、この辺で省かせてもらう。

 

 あたしは、意識を失う寸前までプレイしていた死に乙女ゲーム・闇と光のキセキの世界にーーその悪役ラスボスである、闇の勢力の令嬢……セレスティーナその人に生まれ変わっていたのだ。

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