第30話 最高に楽しい空

 このまま押していけば勝てるかもしれない――と思った矢先、師匠は大笑いした。


《アッハハハハ!》


 この笑い方は、師匠が心の底から空の戦いを楽しんでいるときの笑い方だ。


「師匠、楽しそうだね」


《当たり前でしょ。だけど、そう言うクーノだって、楽しそうじゃない》


 言われてハッとした。

 今のわたしは、笑っていた。

 たぶん、チトセと息を合わせて飛ぶのが楽しくて、自然とほおが緩んじゃってたんだ。

 だって今の空、チトセと一緒に飛ぶ、最高に楽しい空なんだもん。


《あ~あ、二人だけでバッチリ連携しちゃって……ずるい! クーノはあたしのかわいい弟子なんだから、チトセにクーノを独り占めさない!》


《は!?》


 いきなり師匠に怒られて、チトセは困惑する。


 瞬間、わたしの隙をついた師匠が、こっちに突っ込んでくるチトセの戦闘機を狙った。

 いきなりのことにチトセの戦闘機は急旋回。

 そのせいで戦闘機のスピードは落ち、師匠はまんまとチトセの背後につく。


 チトセの背後についた師匠は、一切の容赦もなく炎魔法を連発した。

 確実にチトセの戦闘機を狙ってくる炎に、戦闘機は激しい機動で応える。


《どこまでも……しつこい!》


「待ってて! すぐに助けるから!」


 ユリィを加速させ、わたしはチトセのもとへ駆ける。


 その間にも、何十発もの炎魔法がチトセを襲った。

 ギリギリで回避を続けるチトセに、師匠は感心したらしい。


《へ~、あたしの攻撃をここまで避ける子、クーノ以来ね。チトセも弟子にしたかったかも》


《弟子を本気で殺そうとするような師匠なんて、私は遠慮しておきます》


《クールなお返しね》


 まだ余裕を残す師匠は、どんどんとチトセを追い詰めていく。

 追い詰められたチトセは、戦闘機の長所である速度で逃げるしかない。


《そろそろ限界?》


 機体性能に頼るチトセを見て、師匠はいじわるに笑う。


 このままじゃチトセが危ない。

 でも普通に攻撃したって、きっと師匠は次の手でわたしたちを追い詰めてくるはず。


 なんとか師匠に勝つ方法はないの?


 キョロキョロと辺りを見渡すと、魔泉の縁、眷属さんたちと戦う無人戦闘機が見えた。


 そうだ! いいこと思いついた!


 わたしは思いつきを実行するため、魔泉の縁に向かう。


《あら? クーノ、どこ行くの? まさか、外堀を埋める気? 意外と堅実ね》


 つまらなそうに吐き捨てる師匠。


 気にせずわたしは魔泉の縁までやってきて、師匠のドラゴンの眷属さんたちを殲滅する。

 眷属さんたちを殲滅すれば、低空で急加速だ。


 そんなわたしを見て、チトセもわたしの思いつきに気づいたみたい。

 チトセの戦闘機はわたしに機首を向け、低空を飛びながら、さらに加速する。


《戦闘機は高速域での安定性の悪さが最大の弱点、だったっけ?》


 残念そうにそう言って、師匠はチトセの戦闘機の周りに爆裂魔法を放った。

 爆裂魔法の爆風に吹かれ、チトセの戦闘機は動きを鈍らせる。


《堅実な戦い方じゃ、このあたしを――》


 違う! 堅実な戦い方なんかしてないよ!


 チトセのおかげで、師匠は真下にわたしがいることに気づいてない。

 わたしとユリィは師匠に向かって急上昇だ。


《ああ、そういうことね》


 ようやくわたしに気づいた師匠は、即座にわたしを狙う。


 師匠が魔杖を突き出し爆裂魔法を放ったのは、わたしが進む先の空だ。

 高速で上昇するわたしは、進む先に魔法を放たれると回避のしようがない。

 つまり、このままならわたしの負け。


《残念。これで楽しい戦いも――》


 でも、勝つのはわたし。


 ユリィの背後、師匠の死角から、1機の無人戦闘機が飛び出した。

 無人戦闘機はまっすぐ爆裂魔法に突入、わたしの目の前に爆炎が飛び散った。


 爆炎と無人戦闘機の破片を突き抜け、ユリィは師匠の真上に抜ける。

 そしてその場で宙返りを決めた。


 すぐ真下にいる師匠は、驚いたようにわたしを見つめている。

 わたしは、迷うことなく爆裂魔法を放った。


「終わりだよ!」


 放たれた爆裂魔法は師匠のドラゴンに直撃、師匠は爆炎に包まれた。


 無理な宙返りをしたユリィは失速、地上に落ちていく。


「ユリィ!」


「がうう~!」


 広げた翼を一生懸命に動かすユリィ。

 魔泉の縁ギリギリのところで、再びユリィは空を舞った。


 危うく墜落しかけたけど、わたしたちは空に戻れたみたい。

 無線機からはチトセの安心したような声が聞こえてくる。


《良かった……無事みたいだね》


「うん! この通り!」


 チトセの戦闘機の隣で、わたしは手を振ってみせた。


 さて、爆裂魔法に包まれた師匠はどうなったんだろう。

 下を見てみれば、大火傷したドラゴンが師匠を乗せたまま、ゆっくりと魔泉から離れ、海に落ちていく。

 ここからじゃよく見えないけど、師匠も無事じゃないはずだ。


 それなのに、師匠は普段と変わらない口調で言い放つ。


《二人ともわざと隙を見せてたのね。あ~あ、あたしの完敗》


 大きなため息をつき、師匠は続けた。


《チトセ、これからはクーノのこと、あなたに任せるから。頭のおかしいお空大好きっ子だけど、仲良くしてあげてね》


《言われなくても、そのつもりです》


 はっきりとした、力強い答え。

 それに満足したのか、師匠は優しく笑った。

 優しく笑って、わたしに言った。


《クーノ、ありがとう。最高に楽しい空の戦いだった》


 最期の会話でありがとうなんて、ずるいよ。

 なら、わたしも師匠に言ってやる。


「……師匠!」


《うん?》


「こちらこそ、ありがとう! 師匠が師匠になってくれなかったら、わたしはこんなに楽しい空に出会えなかったから!」


《アッハハハハ! ホント、クーノはあたしにとって理想的な弟子ね!》


 いつもみたいに大笑いする師匠。

 わたしも思わず、涙が伝うほおを緩めた。


 ついにドラゴンは力尽き、海に落ちようとしている。

 師匠は笑ったまま、お別れの挨拶を口にした。


《じゃ、バイバイ》


「うん、バイバイ」


 なんだか軽いお別れの挨拶。

 でも、それこそ師匠らしいお別れの挨拶だ。


 ドラゴンが海に落ち、沈んでいくのを見届ければ、わたしは青い空を眺める。


「終わった……わたしたち、師匠に勝った……」


 寂しさはあるけれど、なぜか悲しさはあまり感じない。

 最期まで師匠が笑っていてくれたからかな?


 それにしても、長い戦いだったよ。

 なんか、疲労と眠気が一気に噴き出してきた。


「あ~疲れたよ~! 眠いよ~!」


「がうぅ~!」


《だね。早くライラに帰ろうか》


「うん! 一緒におウチに帰ろう!」


 チトセの言葉に賛成して、わたしとチトセはライラへと向かった。


 師匠はいなくなっちゃったけど、わたしは今でも楽しい空を飛んでいる。

 だって、わたしの隣にはチトセがいるんだから。

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