第28話 待ち焦がれた戦い

 そこは静かな空だった。

 さっきまでの喧騒は、もうどこにもない。

 静かで、広くて、見上げればどこまでも続く、わたしの大好きな空だ。


 ユリィは翼をはためかせ、わたしはユリィのもふもふの羽毛に顔を埋める。

 すると、静かな空に轟音が鳴り響き、わたしを呼ぶ声が無線機から聞こえてきた。


《クーノ!? 聞こえる!? 大丈夫!?》


 これは間違いなくチトセの声だ。

 わたしはユリィのもふもふに埋もれたまま答えた。


「うん! 大丈夫!」


《良かった……》


 全身から息を吐き出すみたいに、チトセはほっとため息をつく。

 なんだかチトセにそこまで心配されると、悪いような嬉しいような。

 わたしを心配してくれたのは、フィユとリディアお姉ちゃんも一緒だったらしい。


《クーノと一緒にいるとぉ、ドキドキハラハラだねぇ》


《本当、その通りだわ。もう、心臓が止まるかと思ったわよ》


「えへへ~」


 とりあえず笑って誤魔化そう。

 何より、魔泉封鎖作戦は成功したんだから。


 そう、魔泉封鎖作戦は成功した。

 遠話魔法からは、エヴァレットさんの報告が届けられる。


《魔泉の孔を、見てみろ。石化魔法で完全に塞がれて、いるな》


 下を見てみると、海面と地面いっぱいに広がる大穴が、平らな石の蓋で閉じられていた。

 石の蓋の中心には、石化した龍母艦の艦尾がモニュメントみたいに突き刺さっている。

 魔泉の縁からは、海の水が流れ込んでいた。


 ちょっと前まで魔泉が暴走していたのがウソみたい。

 同じ景色を見て、龍騎士さんたちや騎士さんたちも喜びを爆発させている。


《やった! 私たちの勝ちだ!》


《魔泉封鎖作戦、大成功!》


《あの問題児と航宙軍の連中のおかげだな!》


 飛び交うみんなの喜びと賞賛に、わたしの表情も緩む。

 思わずニヤニヤしていれば、ユリィの隣に数機の無人戦闘機を連れたチトセの戦闘機がやってきた。


「わたしたち、やり遂げたんだね」


《そうだね》


 戦闘機のコックピットに向かって笑えば、まばゆい光が射し込む。

 東の空から太陽が昇ったんだ。

 魔泉封鎖作戦は成功し、夜が明けた。


 普通なら、このまま日の出を眺めて家に帰るところ。


「でも、まだ――」


 全てが終わったわけじゃない。

 リディアお姉ちゃんは緊張して声でわたしに告げた。


《レーダーに反応! 1匹のドラゴンが接近中!》


 まだわたしの戦いは終わっていない。

 わたしの前に立ちふさがるのは、魔泉や魔物、『紫ノ月ノ民』だけじゃない。

 夕焼けの空に、眷属さんを引き連れた、翼をはためかせる1匹のドラゴンが。


「師匠だ!」


 言葉通り、師匠は魔泉封鎖作戦が終わった直後にやってきた。

 まるで魔泉封鎖作戦の成功を見届けたようなタイミング。


 自分の言葉をチトセたちにも伝えたいのかな?

 師匠の第一声は、無線機から聞こえてきた。


《ハーイ、みんな。最高のショーを見せてくれありがとうね。あんなに楽しそうな戦場を飛べるなんて、みんなが羨ましい》


 いつもと何も変わらない口調。

 続いたのは、いつもと変わらない楽しそうな言葉。


《でも、さっきのショーよりも楽しいことがあるからね。そうでしょ? クーノ》


 語りかけられて、わたしは少しだけ黙り込んだ。


 師匠と戦う覚悟はできている。

 けれど、わたしにはわたしの戦い方がある。

 念のため確認しておこう。


「師匠、わたしは1対1はやらないよ」


《知ってる。チトセと一緒にあたしと戦ってくれるんでしょ?》


「うん」


《望むところ! むしろ大歓迎!》


 なら、もう言うことはない。

 ユリィたちの眷属さんたちも集まってきた。

 わたしたちは、いつでも戦いをはじめることができる。


 そんなわたしたちを見て、エヴァレットさんは、ここにいる全ての人に指示を出した。


《こちらエヴァレット、だ。全龍騎士は戦場から、離れろ。あの3人の戦いに部外者は、不要。クーノ、チトセ、『白ノ月ノ民』の加護があらんことを》


 エヴァレットさんの言葉に従い、みんなは一斉に散開した。

 あちこちで翼を広げ、魔泉上空から遠ざかるドラゴンと龍騎士さんたち。


 しばらくすれば、魔泉上空を飛ぶのは、わたしとチトセ、師匠だけ。

 師匠は意外そうにつぶやいた。


《へ~、たまにはエヴァレットも気の利いたことするじゃん》


 戦いの場は整った。

 決戦を前にして、リディアお姉ちゃんとフィユからの応援が届く。


《二人とも、必ず生きて帰ってくるのよ》


《頭のおかしい教官をぉ、ボッコボコにしちゃってねぇ》


 もちろんだよ!

 師匠をボッコボコにして、チトセと一緒に生きて帰る!

 それがわたしにとっての楽しい空なんだから。


「チトセ、ウィングマンをお願い!」


《もちろん。私はどこまでも、リード機についていくから》


「えへへ~、信頼してる!」


 ユリィとチトセの戦闘機、無人戦闘機たち、眷属さんたちは、朝陽を、師匠のドラゴンを正面に捉えた。

 わたしは右手で炎魔杖、左手で手綱を強く握り、叫ぶ。


「師匠! 行くよ!」


《アッハハハハハハ! 期待してるからね!》


 楽しそうな笑い声とともに急加速する師匠のドラゴンと眷属さんたち。

 対抗してユリィとチトセの戦闘機、無人戦闘機たち、ユリィの眷属さんたちも急加速をはじめた。


 どうせ長距離攻撃なんか使ったところで、勝負はつかない。

 それは分かりきったことだから、お互いに長距離攻撃はしない。

 戦闘開始は、互いの姿形がはっきりと見える位置からだ。


 師匠のドラゴンの赤い一本線が見えたとき、わたしは炎魔法を放つ。


「ええい!」


 炎魔法と、チトセや無人戦闘機たちが放った光の弾は、師匠へ一直線。

 これに師匠はドラゴンを螺旋状に飛ばし、攻撃をかわした。

 かわすついでに、師匠は光魔法を連発する。


《敵からの攻撃、来る!》


 回避行動を取るため、師匠の放った光をじっくり観察しないと。

 にしても、なんで長距離用の光魔法で攻撃してきたの?

 光の軌道を見る限り……もしや!?


「あの攻撃、狙いはわたしたちじゃないよ!」


 師匠の攻撃は、回避しなくても当たらない攻撃だ。

 でも、空振りの攻撃ってわけじゃない。


 光はわたしやチトセを無視し、遠くを飛ぶリディアお姉ちゃんの無人戦闘機を襲った。

 予想外の攻撃に、無人戦闘機の何機かは回避しきれず光に貫かれる。


《リディアの無人機が撃墜された!?》


「師匠はこっちの目を潰そうとしてるんだよ!」


《純粋なドッグファイトに持ち込むのが狙いなんだね》


「きっとそう!」


 レーダーを潰してデータリンクを妨害、得意の近距離戦に持ち込む。

 それが師匠の狙いなんだ。

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