第24話 龍騎士さんと航宙軍パイロットさん

 わたしはライラの甲板に寝そべり、夜空を眺めていた。

 雨は止み、雲は薄くなり、白ノ月の光がうっすらと浮かぶ空。

 なんだか今にも呑み込まれちゃいそうな空だけど、わたしは夜空から目を離せない。


 そんなわたしの視界を、微笑んだチトセの表情が支配した。


「いたいた。もう少しで出撃だよ」


 黒い髪を風にそよがせ、夜空を遮るチトセ。

 夜空から目を離し、体を起こしたわたしは、無意識に大あくび。


「ふわぁ~」


「大作戦の前にあくびって、緊張感ゼロか」


「だって、いつもならユリィのお腹で寝てる時間なんだもん」


「緊張感マイナスだね」


 チトセは困ったように、でも楽しそうに笑ってくれる。

 だからわたしも笑って立ち上がった。


 立ち上がれば、遠くで地上と海面を這うように漂う青い魔力のカーテンが見える。

 魔力のカーテンを眺めていれば、チトセが言った。


「魔泉封鎖作戦が終わったら、ルミールさんと戦うんだよね」


「うん」


「大丈夫?」


「う~ん、たぶん」


「すっごい曖昧な答え」


 かもしれないね。

 とはいえ、わたしは師匠に対する自分の気持ちがよく分からないだけだったりするんだけど。


 片手を腰に当てたチトセは、小さく笑ってわたしを見つめた。


「師匠と戦うっていうのに、クーノは強いね。私だったら、出撃したくないって思うかも」


 そうだね、普通ならそうかもしれないね。

 だけど、師匠は普通の人じゃないんだ。


 今のこの状況は、わたしにとって驚くようなことじゃない。

 遠くの魔力のカーテンを見つめながら、わたしはチトセに伝えた。


「あのね、師匠とはじめて会った日、師匠が言ってたんだ。あなたなら、いつかあたしと最高に楽しい戦いをしてくれる、って。はじめて会った日から、師匠はわたしと戦う気でいたんだよ。だから師匠と戦うことになっても、驚きはないんだ」


 むしろ、こうならない方がおかしかったんだ。

 師匠との戦いは、避けられないものだったんだ。

 いつかこうなると、わたしは心のどこかで理解していたんだ。


「でも、ちょっと寂しいな~」


 それがわたしの、チトセにしか教えてあげない本音。


 直後、チトセは肩と肩が触れ合うぐらいに、わたしのすぐ隣に立った。

 ふとチトセの顔を見つめれば、チトセがわたしの手を握る。

 そして、赤い顔にクールな表情を同居させ、言葉を紡ぎ出した。


「ルミールさんがいなくなっても、私と一緒の空は飛べるよ」


「チトセ?」


「だから、クーノはこれからだって一人じゃない。そうでしょ?」


「うん!」


 寂しさなんて一瞬で吹き飛んだ。

 そうだ、わたしにはチトセがいるんだ。

 師匠は離れていっちゃったけど、チトセはいつもわたしの隣にいてくれるんだ。

 だから寂しいことなんてないよね。


 繋いだ手に力を込めれば、遠くの魔力のカーテンが動き出す。

 青い魔力のカーテンは、少しだけ夜空を漂っていた雲を払い、白ノ月へと向かって二重螺旋を描きながら昇っていった。

 夜空の中を揺れるように、空よりも高く、どこまでも昇っていく、青い魔力のカーテン。

 まるで2本の青い光の大樹が、闇の中でも白ノ月を目指し成長しているみたい。


 遠く離れたその景色は幻想的で、とても心がワクワクする光景だ。


「綺麗……」


「すごい……」


 わたしたちは魔力のカーテンから目が離せない。

 しばらく魔力のカーテンを見つめ、チトセはおかしそうに言った。


「私たち、あの綺麗な景色を止めに行くんだよね」


「そうだね。なんか、ちょっともったいない気がしてきたよ~」


「もったいないからって、手を抜かないでよ」


「そんなことしないもん! 寝落ちはするかもだけど!」


「眠気に従順か!」


 そんな勢いのあるチトセのツッコミに続いたのは、わたしたちの笑い声だ。

 わたしたちは何秒、笑い合ってただろう。

 ようやく笑いが収まれば、今度はわたしがチトセを見つめ、思ったことをそのまま口にした。


「ありがとう、チトセ!」


「何が?」


「さっき、わたしのこと信じてくれたこと! それと、これからも一緒の空を飛んでくれること!」


 正直な言葉をぶつけると、チトセは伏し目がちにつぶやく。


「そりゃ、大好きなんて言われちゃったら――」


「えへへ~、チトセ大好き!」


「わわ! だから、いきなり抱きつかないでよ!」


「ただの挨拶だも~ん」


「いつまでその設定で強行突破するつもり!?」 


 ツッコミにも負けず、わたしはチトセに抱きついたまま。

 すると、わたしたちの背後から、間延びした口調と優しい声が聞こえてきた。


「おやおやぁ~、私たちはお邪魔さんでしたかねぇ」


「だったかもしれないわね。でも、これはシャッターチャンスよ」


「抜かりないねぇ」


 ヒソヒソと話をするフィユとリディアお姉ちゃん。

 リディアお姉ちゃんは小さな機械を手に取る。

 これにチトセは、わたしに抱きつかれたまま叫んだ。


「ちょっと!? なんの写真撮ってるの!?」


「チトセちゃんとクーノちゃんが仲良くしてる写真よ」


 写真って、たしか大事な風景や瞬間を残せるものだったよね。


「おお~! ねえねえ、あとでその写真、ちょうだい!」


「ええ、いいわよ」


「やった~」


 これでわたしたちの大事な瞬間、残せるね。


 甲板の上で、わたしたちはワイワイと楽しい時間を過ごす。

 けれども、楽しい時間も終わりがやってきた。

 のしのしとやってきたユリィが、わたしに話しかける。


「がう」


「ユリィ? どうしたの?」


「がうがう、がうがう、がう~」


「え? あ! 本当だ! もう出撃の時間だ!」


 魔泉封鎖作戦の本番はこれからだ。

 出撃の時間と聞いて、リディアお姉ちゃんとフィユは気合を入れる。


「さあ、行きましょうか」


「私たちが大活躍する時間だねぇ」


 そう言って、二人は自分たちのドラゴンと戦闘機に向かった。

 わたしたちも出撃を急がないとね。


 ユリィの背中に乗ろうとすれば、チトセはわたしに向かって笑みを浮かべる。


「リード機、頼りにしてるから」


「えっへん! このわたしに任せなさい! チトセがウィングマンなら、自由に飛びまわれるからね!」


 何度だって言ってやる。

 わたしとチトセが揃えば最強、敵なしなんだ。

 相手が魔物だろうと『紫ノ月ノ民』だろうと、師匠だろうと、それは変わらない。

 わたしたちはいつだって、楽しく空を飛ぶだけなんだから。


「じゃあ、出撃~!」


 こうしてわたしたちは、あの楽しい空へ再び飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る