第5章 これまで、そしてこれから 

第23話 鋭い笑みが怖いです

 魔泉封鎖作戦の陽動作戦は無事に終わり、わたしたちはライラに帰還する。

 帰還したわたしを待っていたのは、鋭い笑みを浮かべたレティス艦長だった。


 レティス艦長に連れられ、わたしは艦長室に。

 装飾の少ない艦長室は、ゆったりとした空間だ。

 そんな空間のデスクチェアに座ったレティス艦長は、笑みを浮かべたまま、ソファに座るわたしに声をかけた。


「ルミールさんのこと、大変なことになったな」


「うん、大変だよ」


「たぶん君が思ってるより、数倍は大変なことになっているぞ」


 遠くを見つめて、レティス艦長は大きなため息をつく。


「魔泉封鎖作戦をルミールさんが敵にバラしたら、もう我々の勝機はない。いくら騎士団が動いたところで、『紫ノ月ノ民』は全力で我々を襲ってくるだろうな」


 悩ましい、という口調で言いながら、レティス艦長は鋭く笑ったままわたしを見つめた。

 レティス艦長の謎の迫力がちょっと怖い。

 でも、わたしは思ったことをそのまま口にする。


「それはないよ!」


「なぜだ?」


「なんとなく!」


 ほとんど直感で反論したので、そんな答えしか言えない。

 とにもかくにも直感に従い、勢いだけで反論してみたんだ。

 おかげでレティス艦長は困り顔。


「すまないが、それだと何も分からない。もっと具体的に答えてくれ」


「なら、ええとええと――」


 直感とはいえ、そう直感する理由はあるはずだよね。


 わたしは顎に手を考えた。

 頭でグルグルするのは、作戦のこと、師匠のこと、さっきの戦いのこと。

 そうしてたどり着いたのは、師匠の言葉だ。


「あ! そうだ! 師匠はね、明日の早朝が本番だって言ってたの!」


「ああ、たしかにそんなことを言っていたな」


「知ってるの!?」


「もちろんだ。ルミールさんの言葉は無線機を通してライラにも届いていたからな」


「おお~」


 まだ分からないことばかりのライラは、どれだけすごい船なんだろう?

 新しい驚きに目を丸くしていると、レティス艦長は両腕を開いた。


「で? 明日の早朝が本番だと言っていたから、なんだ?」


 そうだった、今はその話をしてたんだった。

 わたしはもう一度、師匠の言葉を頭に思い浮かべる。

 大事なのは、その師匠の言葉の意味だ。


「師匠の目的は、わたしと戦うこと。明日の早朝が本番だっていうのは、明日の早朝にわたしと戦うって意味だよ」


「だろうな」


「明日の早朝って、魔泉封鎖作戦が終わる頃だよね」


「その通りだ」


「じゃあじゃあ、たぶん師匠は、わたしが師匠の相手にふさわしいかどうかを決めるための試練を用意したんだよ! 魔泉封鎖作戦を成功させろ、っていう試練!」


 きっと師匠ならそうする。

 空で戦うのが大好きな師匠が、せっかくの楽しい戦いを自分で止めるなんてしないはずだ。

 長いこと師匠と一緒だったわたしには分かる。


 一方で、師匠のことをあまり知らないレティス艦長は首をかしげた。


「もしそうだとしたら、ルミールさんは自分の楽しみのため、龍騎士団にも『紫ノ月ノ民』にも犠牲を強要する、最低最悪の狂人ということになるが」


「そうだよ! 師匠は最低最悪の狂人だよ!」


「おいおいクーノ、君に師匠を敬う心はないのか?」


「あるもん! 最低最悪の狂人って言えば、師匠は喜ぶんだよ!」


「ほお、なるほど、ルミールさんは本当に最低最悪の狂人なのだな」


 あっさりと納得したレティス艦長。

 まるで、師匠みたいな変な人を知っているかのようだ。

 ただ、レティス艦長はまたまた鋭い笑みを浮かべ、わたしをじっと見つめながら口を開いた。


「ところで、我々は君の話を信じてもいいのか?」


「へ?」


 予想していなかった言葉に、わたしは困惑する。

 レティス艦長は気にせず続けた。


「君はルミールさんの一番の愛弟子だ。ルミールさんは君と戦うため『紫ノ月ノ民』に寝返ったと言うが、君と戦うのなら、もっと前に君とルミールさんが衝突していても良かったはず。では、なぜ今のタイミングで? 実は君は、ルミールさんと何か企んでいるんじゃないか?」


 それって、わたしも師匠と同じ裏切り者ってことだよね!?


「ひどいよレティス艦長!」


「ならば、反論してみたまえ。なぜルミールさんは、今のタイミングで裏切ったのだ?」


 きっとこれに答えられなかったら、わたしまで裏切り者認定されちゃう。

 けれど反論なんて用意してない。

 だからわたしは、いつも通り直感と勢いで答えた。


「今になって師匠が敵に回ったのは、たぶんチトセが現れたからだよ!」


「ほお、続けて」


「わたしとチトセが揃えば最強なんだよ! 敵なしなんだよ! だからね、師匠は最強で敵なしのわたしたちと戦いたくなったんじゃないかな、って思うんだ!」


 あの師匠なら、そう考えてもおかしくはない。

 ついでに、勢い余って、わたしは本心から湧き出る言葉も口にした。


「それと、わたしは師匠みたいなことは考えないよ。師匠は空で戦うこと以外に興味はないけど、わたしは空だけじゃなくて、チトセやユリィ、フィユ、リディアお姉ちゃんたちのことも大好きだから」


 言いたいことを言い切れば、レティス艦長の鋭い笑みに優しさが混じった。

 続けてレティス艦長は、艦長室の外に呼びかける。


「だそうだ」


 すると、艦長室の扉が開き、微妙に顔を赤くしたチトセがやってきた。


「チトセ!? ずっと聞いてたの!?」


「う、うん……」


 ちょっとだけ申し訳なさそうに、ちょっとだけ照れたように、チトセはうなずく。

 レティス艦長は背もたれに深く腰掛け、尋ねた。


「さあチトセ、お前はどう思う?」


 とても簡単で、とても難しい質問。

 チトセはまっすぐとした瞳でわたしを見つめた。

 そして、背筋を伸ばし、レティス艦長の質問にはっきりと答える。


「クーノは嘘はつかない。というか、嘘はつけない。さっきの言葉、全て本心から来るものだと思います」


 端正でクールな顔をほころばせ、チトセはそう答えた。

 対するレティス艦長も、ようやく表情を緩くする。


「そうか。よし! クーノを信じるチトセを信じよう!」


 言い切り、立ち上がったレティス艦長は、艦長らしく指示を出した。


「魔泉封鎖作戦は予定通り行うよう、龍騎士団に伝える。クーノ、チトセ、君たちには作戦の要になってもらうからな」


「任せて!」


「了解しました」


 どうやらチトセのおかげで、わたしの疑惑は晴れたらしい。

 それどころか、魔泉封鎖作戦の続行が決定した。

 うん、やっぱりわたしたちが揃えば最強だね。

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