第10話
食事を終え会計を済ますと風美は店を出て、仕事を再開した。
国家公務員として選ばれた戦隊ヒーロー、その仕事の殆どは街の見廻りになる。
突如として全国に現れた怪人、その殆どが遺伝子にまで影響を与える凶悪な麻薬物質による暴走する変異。
その狂暴性は各県の警察の手に余り、かといって自衛隊を動かすには世論やら何やら弊害が生じるので、自衛隊が出来ることは未だに怪人による災害への救助活動のみとなる。
そこで出来上がったのが、昔から特撮番組として国民に刷り込まれた戦隊ヒーローだった。
アイドル性等を持たせたドラマチックに過剰に盛り上げられたヒーロー達は最初こそ批判があったものの、今ではその活躍もあり批判してる人間なんて注目を浴びたいコメンテーターか、ひねくれたネット住民ぐらいだ。
見廻りという仕事は、事前の薬物取り締まりという一面もあるが、テレビスターとしての好感度上げという側面も持っている。
犯罪や怪人を見つけるよりも、人々に見つけられサインを求められることの方が多い仕事だ。
風美は初め、新しい特撮番組が始まるということでオーディションに参加しただけだった。
芸能事務所に所属してるわけでもなく、演技経験もゼロだったが、子供の頃から好きだった特撮番組に出れるということで、脇役でもいいからと当たって砕けろの精神で参加した。
主役枠の戦隊ヒーローの一員に選ばれたのは運だと思う、例えそれが四十八都道府県それぞれにいるものだとしても。
総勢四十八人の戦隊ヒーローなんて滅茶苦茶な設定のストーリーは、見事な脚本と差し込まれるリアリティーにより人気を博した。
未熟な演技力は、むしろ所々差し込まれるリアリティーをより際立たせる味となった。
番組は他の特撮と違わず一年でドラマを終わらせたが、最終回では実際に街を護るためのヒーローとして活動すると発表され世の中を驚かせた。
「──はい、わかりました。ええ、知ってます、ビジネス街の方ですよね。今から向かいます」
電話で警察から怪人発見の報告を受けた風美は、直ぐ様向かうことになった。
ついついガッツリと食べてしまったので、お腹が少し重たいけどもそんなことをいってる場合ではない。
全国各地にヒーローを配置するという試みは良いとは思うのだが、その分各県での対応は大抵一人で行うことになる。
軽量型パワードスーツなどとハイテクなものが存在するのに、空を飛ぶ個人用乗り物は用意されていない。
流石にまだまだ技術は、憧れの想像の域に到達してない。
そうなってくると隣の県からの応援は期待できるものではないし、要請するのもなかなか難しい。
持ち場を離れたらそこを突かれてしまうというのは、わかりやすい問題だった。
報告のあった現場までは徒歩で迎える距離だった。
県内を担当持ち場としているので、東西南北なかなかの移動距離になるのだが、風美は運転免許を持っていなかった。
バイクも持ってなければ、車も持っていない。
近くの警察、または国から派遣された補助員が、迎えに来てくれるのを待つのはいつも忍びなかった。
とはいえ、免許を取りに行く暇がヒーローに任命されてから取れなかったので仕方がないとも思っていた。
元から学生時代に陸上部に所属していたり、基礎体力には自信があった。
食事してすぐとはいえ、ちょっとの距離を走ったからって気持ち悪くなったりはしない。
風美が走っていくのは、今やパトカーがサイレンを鳴らし道路を走るのと同じだ。
歩道を全力で走る風美の姿を見て、街の住民達は何かが起きたのかと察知する。
それがSNSへと伝播して、ニュース番組より早く事件を通達していく。
有名になった利便性とも言えるが、下手に走れなくなった不便さとも言える。
もし電車に乗り遅れそうになったとかで走っただけだったら、どれほどネットで叩かれるのだろうか。
面倒になっちゃったなぁ、と風美は現場に向かう際に毎回思っていた。
走ること、十分。
辿り着いたビジネス街。
伝播したネットサイレンが怪人の目にも入っていたらしく、先攻を取らんばかりと既に暴れだしていた。
ビルとビルの隙間、裏路地から現れる蜘蛛のように多数の手を生やした怪人。
口から糸を吐き、人々をビルの壁に捕らえていく。
逃げ惑う人々、泣き叫ぶ人々。
風美の姿を見つけ歓喜を上げる人々。
助けを懇願し、ヒーローを生け贄に捧げる。
「そんなにワーワー言わなくてもわかったから、とっとと逃げてよね」
誰に言うわけでもなく吐露する風美。
たすき掛けに持っていたショルダーポーチから、スマートフォンを取り出すと画面に親指でパスワードをなぞる。
眼前に真っ直ぐ構えたスマートフォンの画面に表示されたAR画像の扉。
「装着っ!!」
その扉をくぐった風美の身体を、白いパワードスーツが包んでいく。
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