第9話
豚の生姜焼定食。
およそ喫茶店という場所に似合わないメニューが、風美のお腹を満たした。
コロコロと変わるメニューの大抵は、元々は定食屋をやりたかったのではないかと推理したくなるメニューが多い。
昼は喫茶店、夜はバーという店では合ってない量の茶碗などの食器類が用意されている。
「本格的に定食屋をやった方が、お客さん増えるんじゃない? マスターの腕ならかなりの人気店になりそうだけど」
両手を合わせ、ごちそうさまでした、とお辞儀する風美。
客足少ない喫茶店の気紛れメニューとしておくには、勿体無いほどの美味であった。
この味のレベルの高さを知っているから、カロリーなど気にせずにガッツリしたメニューを頼んでしまう。
この後の活動を少し多めにしなければ釣り合わなくなってしまうな、と風美は自主的ハードワークに辟易としてしまう。
「本格的になんてやったら大変じゃない。一人でお店回せなくなっちゃうでしょ」
「一人で回せなくなるなら、誰かバイトの子でも雇えばいいんじゃない? バイト雇うぐらいの儲けは直ぐ出そうだし。てか、今だってバイト雇ってもいいんじゃないかと、私は前から思ってたんだけど?」
2Beeはマスター一人で切り盛りしている。
そうすることで気ままな開店時間であれるのだろうけれど、たまにある盛況時は本当に寝る間もないのじゃないかと心配になる忙しさだ。
「
彼と呼ばれた男性のことを、風美はうっすらと知っていた。
詳細には話さないまでも、マスターが度々溢す彼という存在。
友達以上恋人未満な関係なんだとか、亡き人を優しい目をしながらそう教えてくれた。
「ごめん、なんか余計なこと言ったね」
「良いのよ、かざみぃ。私のこと想って言ってくれたんでしょ、わかってる」
食器を洗いながらマスターは軽やかなウィンクを風美に送る。
大人な対応だな、と風美は軽く頭を下げて返した。
まだまだそこには辿り着けません。
大きな尊敬と、小さな反省。
下手な口出しは良くないな、と人生何度目かになる反省。
先日勇樹に告げた一言も、ついつい口から出てしまった一言だったのだけど、すっかり勇樹を悩ませてしまってるようだ。
「ねぇ、マスター。勇樹、どんな感じだった?」
「あら珍しい、かざみぃが人伝に様子見するなんて」
食器を洗う手を止め、心底驚いたという表情をするマスター。
蛇口から流れる水の音が店内に響く。
心外だと抗議しようにも、先程繰り出したように思ったことをすぐ口にするタイプなので、反省点はあれど訂正する部分がなくて風美は困る。
「今回は直接聞くのは忍びない?」
「うーん、なんとなくなんだけど、忍びないかなぁ。あ、忍びないって感覚がこれであってるのかあんまりわかってないんだけどさ。でも、多分、忍びない」
酷い話だなと風美は我ながら思う。
自分が言った一言で悩む勇樹の様子を自分で聞いて確かめるのが、耐えられないというのだからあまりに身勝手だ。
ただ太輝から来たショートメッセージの報告からすると、何食わぬ顔で様子を窺うのは躊躇われる。
太輝も太輝で気を遣ってるのか、窘めてるのか、勇樹の様子を詳細までは教えてくれなかった。
報告・連絡役じゃねぇんだぞ、という線引きなのかもしれない。
甘やかしてくれない幼なじみである。
「勇くんねぇ、何か悩んだ結果、通販番組見て何か思い付いたように赤いマフラーがどうとか言ってたわよ」
「は? 何それ?」
眉間に皺を寄せる風美。
その皺を指摘しながら、わかんない、と答えるマスター。
「もぉ、勇輝はホントに形から入るタイプなんだから」
わかってないと腹を立てる風美の様子に、マスターはクスリと笑う。
「いいじゃない、わかりやすくて。かざみぃも勇くんに影響されてさ、もうちょっとわかりやすくなってもいいと思うけど?」
「ええっ? さっきわかんないって言ったじゃん、マスター」
「形から入ろうとしてる姿勢はわかるんだけど、それが赤いマフラーだって繋がる思考がわかんないってだけ」
「ん、マスター、特撮見ない人?」
ヒーローと言えば赤いマフラー、そこのイコールは特撮好きならすぐにじゃなくても結びつく答えだと風美は思っていた。
違う違う、とマスターは手を振る。
「そのイメージって、私の世代より上でかなり古くない? 言うなればレトロ、ていうかクラシック。今の時代、ヒーローと言えば、かざみぃ、貴女達防衛戦隊のことじゃない」
泡のついた指で風美を指差すマスター。
風美は、それはそれこれはこれ、とつまらなそうに言葉を返した。
紫滝風美は、国家公務員として選ばれた戦隊ヒーローである。
国家プロジェクトとして開発された、身動き重視の軽量型パワードスーツを装着し、日々全国に現れる怪人達から日本とそこに住む人々を防衛してる、正真正銘のヒーローなのである
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