第7話 連続殺人犯の正体は
シュティーペラン家の屋敷ではヒュールカミンの遺体の回収と現場の清掃が執り行われていた。被害現場の調査や証拠の回収などは既に終わっている。
現場の様子を観察していたスルアは、一向に連続殺人犯の情報を掴めない司法局捜査班に苛立ちを覚えていた。ベスレの安全を確保するためにも、自分自身で調査を進めて犯人を追い詰めるべきだとも考えていた所だ。
まずは被害者達の死因について考えてみよう。どの被害者も喉を掻き切られていて、最初の殺害現場は深夜の『執政区』路上。次は司法局長室内。最後にシュティーペラン家当主の自室……。
司法局や屋敷については窓が開いていた事を考えれば外からの侵入と判断もできそうだ。実際何者かの足跡はあった。しかし、外部の人間では無い可能性もある。
殺人事件の捜査に当たって司法局の人間が何度か屋敷を訪れた事があった。もっとも、捜査の為というよりはヒュールカミンに叱咤される為と言った方が正しい。来客は局長のヴァンヘマンの他にも副局長や捜査班長などもいた。
ただ、犯行時刻はいずれも深夜。多忙で夜遅くまで仕事をしていた司法局長はともかく、この屋敷に関しては夜遅くに訊ねる者はいなかったはず。ヒュールカミンがこっそりと客を招いたとも考えられるが……。
これらの事を踏まえて、考えうる動機を重ね合わせれば自然と犯人の候補は絞られるはずなのだが……。
「まるで当てはまる者がいない……」
局長の座を狙うという事なら副局長はもっとも怪しいが、他の二人を殺害する理由が全く無い。むしろ弊害の方が大きい。
ならば怨恨?局長に対する部下の評価は良く。ヒュールカミンは癇癪こそ酷いが、役人に対する理解や援助は他の貴族よりも大きく、これまでに恨みを買うような騒動を起こした事も無い。
「……恨んでいる者がいるとすれば、死者になるのだろうが」
心当たりはある。
だが、死者の仇を討とうとする可能性のある者はもうこの都市にはいない。仮に密かに紛れ込んでいたとしても、目立たずに行動するのはまず無理であろう。ニエルティの住人全てが協力でもしていない限りは。
「私だけはその線で調べてみるべきだろうか……」
ふと、ベスレお嬢様の苦しそうな顔が脳裏を過る。
「いいや違うな。私の役目はお嬢様をお守りすることだ」
清掃員以外の者達が撤収し、慌ただしかった屋敷に静寂が戻る。
スルアは中庭から屋敷内へ戻り、ベスレの自室へと向かう。その途中、他の女中からエパテヴィーロが訪れている事を聞き、舌打ちをした。
「一体何しに来たのか」
苛立ちを隠そうともしないスルア。つい、扉を開ける手に力が入ってしまう程。
「私、ニエルティを出るわ」
部屋の中に入るとちょうどベスレが覚悟を決めたように呟いた所だった。すっかりやつれてしまった青白い顔が、彼女の言葉をより悲壮に満ちた物にさせていた。
本気ですかお嬢様とスルアが言うより早くエパテヴィーロが驚いたように声を出す。
「ベスレ本気なのかい?」
「本気に決まってるわ!次は私かあなたなのよエパ!!」
ベスレが確信を持って言い切る。もちろん次の犠牲者はという意味だ。
「ど、どうしてそんなはっきりと言えるのさ」
「あなたはもう忘れてしまったの!?ザックの事を!!!!」
「ザックって……ザクムートの事かい?あの運の悪い奴が一体何だって言うんだよ。それにあいつはもう死んだじゃないか」
「私達が彼を殺したのよ!!いいえ!殺したなんていう言い方じゃ優しすぎるくらいの酷い目に遭わせたわ!!」
「落ち着きなよベスレ!そうだとしても奴がボク達に復讐なんてできるわけないだろう?」
「きっと彼の呪いだわ……。私達を絶対に許すはずがないもの……。早く、早くこの都市から出ないと!!」
「わかった!わかったよ……。そこまで君が言うんなら、ボクも覚悟を決めるよ」
「スルア……。スルアも、いいよね……?」
スルアは怯えるベスレの言葉を聞き首肯する。
「お嬢様。小官は、……私は必ずあなたのお傍に」
こうして、ベスレ、エパテヴィーロ、スルアは都市を離れるべく準備をし始めた。
行き先は王都。シュティーペラン家の所有する小さな屋敷もあり、頼りになる縁者もいる。今までのような贅沢な暮らしは出来ないが、身の安全が最優先だ。
ヒュールカミン亡き今、当主となる資格があるのはベスレのみ。彼女の決定に異を唱える者は皆無であった。幾人かの女中と下男、そして執事を連れ、それ以外は維持管理の為にニエルティの屋敷に残すという。
準備を進める中、スルアは不安に思うことが一つあった。
仮に、一連の事件が本当に『呪い』なんだとしたら、ニエルティを離れていれば安全といえるのだろうか?だがどの道、懸念を払拭する為には都市を離れて見る他無い。
結果的に言えば、ベスレ達は王都へ行くことは無かった。
行く必要が無くなったからだ。
原因は、シュティーペラン家で再び起こった殺人事件。
そしてこの事件が、城塞都市ニエルティでの最後の殺人事件となる。
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