第3話 夜の見回り

 夜の巡回をする衛兵はいつも二人一組だ。

 城塞都市ニエルティは四つの地区に分かれており、『執政区』『白邸区』『商業区』『市民区』を、毎晩四組の衛兵がそれぞれ担当の地区を見回っている。

 

 最近になって初めて見回り担当となったダノルとジョーラムの二人は、夜の『市民区』を退屈そうに歩いていた。

「治安のいい街は見回りが楽でいいねぇ」

 ダノルが全然良くなさそうに言った。

「俺達にピッタリの仕事だよな」

 ジョーラムは極めて感情を込めずに返した。

 二人は溜息をつく。上官に意見して嫌われたりしなければ、夜の見回りに左遷される事も無かったのに。しかも本来なら五日で交代のはずが、ずっと市民区の番をさせられることになってしまった。

「ほんと、ここまでやるかあのクソ司令官」

「非番の日がちゃんとあるのはいいけどよぉ。俺達にとってこの仕事は刺激が無さすぎるぜ」

 気晴らしに愚痴をこぼし合うのがすっかり二人の日課になってしまった。ただそんな彼らにとって一つだけ、刺激的な事があった。

「どうだ?今日はいるか?」

「いいや、いない。もう少し待とうぜ」

 ダノルとジョーラムは市民区の中心にある広場で何かを待っていた。入り口付近にある植木の陰に隠れ、広場の一画を注視している。大きな通りと違って街灯の火は既に消されているため、慣れないと暗くてよくわからないが、二人には視えているようだ。

「……来た」

 暗闇の広場に何者かが現れた。少なくとも見回りの兵ではない。

 謎の人物は広場の脇の方へと行くと跪き、祈るような姿勢のまま深く頭を垂れる。そうしてしばらく祈りを捧げると立ち上がり、広場の反対側の入り口へ歩き出す。

「やっぱり今日も行くんだな」

 二人の衛兵は自分たちがいる方へ向かってくる人影に注意しながら様子を見守る。謎の人物は広場を出て、そのまま真っすぐ都市の城門がある方へ姿を消した。

「どう考えても外に出て行ってるよな」

「確かに門は開いてるけどよ、見張りの衛兵が止めるはずだぜ」

「夜間外出許可があれば止められない」

「あのお嬢さんにそんな許可が出るのか?」

「この都市であの御貴族様が出せといったら出すだろうさ。それに門で誰かと待ち合わせしてるのかもしれねえだろ」

「誰かって誰だよ」

「一緒にいるのを見られたくない人に決まってるだろ。つまりは男さ」

「本当かぁ?……城門まで見に行ければな」

「サボってるってバレたら今度はどこに左遷されるかわかったもんじゃねえ」

 ダノルとジョーラムは深夜徘徊の令嬢の行く末を気にしながらも仕事へ戻った。

 

 衛兵二人が見た貴族は『シュティーペラン家』の令嬢『ベスレーレ』。

 彼女は身分違いの恋をしていた。故に、人目を忍んで愛しい男性と会わなければならなかった。

 もしも、他の貴族の家に生まれていればこれほど気を付ける必要はなかっただろう。

 ニエルティで最も力を持つ貴族であるシュティーペラン家の当主『ヒュールカミン』は娘を溺愛しており、愛娘に色目を使うような男が居れば、例え相手が貴族であったとしても排除しようとする人物である。

 ヒュールカミンほど貴族至上主義で盲愛的癇癪持ちの男が父親でなければ、ベスレーレが不幸な運命を辿ることも無かっただろう。

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