第412話 今から、未来王の拠点へと出撃する
この異常事態に何事かと聞くが駆は答えてくれない。ますます心配は膨らみ声も荒くなる。
しつこく聞こうとするが駆は歩き出し部屋から出て行く。リトリィももちろん並行するが一度もこちらを見てくれない。顔をのぞき込もうとしても頭を抱えているため見れない。うめき声がわずかに聞こえてくる。
駆が歩く先、そこに衛兵を見つける。
「そこのあんたら! 会議室にいる連中にマスターの様子がおかしいって伝えてきて!」
「はい! 直ちに!」
鎧姿のリザードが慌てて立ち去っていく。
駆はその間も歩いている。そのまま城を出てしまった。
「待ってよマスター、どこに行くつもり?」
中庭には工事中ということもあり多くの悪魔が作業をしている。殺戮王の登場にみなの視線が集まるがただなる雰囲気に昨日のような歓声はない。
そこへ知らせを受けたヲーたちが急いでやってきた。
「マスター!」
「大丈夫ヅラ?」
一目で分かる駆の異変にヲーやポクはもちろんサラも心配そうに見つめる。
「部屋に入った時からこの調子で。それと……部屋の中が荒らされてて」
「敵襲ヅラ!?」
「いや、たぶん……」
その先を言う気にはなれずリトリィは口を噤む。
進入の痕跡はなかった。あれは戦闘というよりも。
リトリィは表情を暗くし、ヲーは歩き続ける駆の横に並ぶ。
「マスター、どこへ行かれるおつもりですか?」
リトリィの時と同じで駆は答えない。無言はともかく反応すらない。ただ黙々と、確かな意思を持って歩いている。
人間である駆が魔界で行きたがる場所。それでヲーは思い至る。
「まさか、未来王のもとですか?」
その言葉にみなにも緊張が走った。
駆は肯定も否定もせず、進み続けている。
「なりませんマスター。ともかく今は休んだ方がいい。昨日不死王と戦ったばかりだ。すぐに戦う必要はない。今サラ殿と協議を行っており、準備を整えているところです。気分が優れないならその間だけでも休んでください」
ヲーも必死だ。これからすぐに未来王と戦闘などハードスケジュールどころではない。少数精鋭で不死王軍を突破したことだけでも大変なことだったのに、今度は単身で挑もうとしている。ついていくにも準備がまだ出来ていない。
「マスター!」
いくら声を掛けても駆は止まってくれない。ヲーは肩を掴みその歩みを止めた。
そこで、初めて駆がヲーを見る。
「…………」
ヲーから言葉が消える。駆を掴んでいた手をそっと放し、再び歩き始めてしまう。
「どうしたんだヅラ?」
ヲーの意気が消失している。駆を止めようとしていたのに黙って突っ立っているだけだ。
「……出陣だ」
「え」
信じられない。全員が耳を疑った。
「今から、未来王の拠点へと出撃する」
「ちょっとちょっと、あんたまでなに素っ頓狂なこと言ってんのよ。それ以上頭のネジが外れたこと言ったらあんたの皮で鞄とベルト作るわよ?」
理解できない。なぜそうなるのか。昨日不死王と戦ったばかりなのにいきなり未来王への出撃。どう考えてもおかしい。
「いや、それしかない」
だが、ヲーはそう言う。その言い方は深刻だ。
「それしかないって、どういう意味だヅラ?」
いきなりの出撃命令。それはサラにも衝撃だ。
「待ってくださいヲー様。出撃自体に異を唱えるつもりはありませんが、我々も準備が。それに作戦はどうするおつもりですか?」
「今回の出撃、ウンディーネ族は不参加で頼む。その方がいい」
「それは、どういうことですか!? なぜ私たちが不参加なのです?」
「巻き添えを喰らわないからだ」
「それはどういう」
「じゃあ、やっぱり」
「ああ」
ヲーの言葉にリトリィが心を萎ませていく。
うすうす、感じてはいた。荒らされた部屋。あれは駆自身が行ったものだ。加えて頑なに目を合わせようとしない態度。その例外であるヲーは知ってしまった。
駆の目。それは苦しみに耐えている瞳ではなかった。
「笑っていた」
獲物を狙う、愉悦の笑みだ。
駆が耐えているのは痛みじゃない。自身からわき上がる、殺戮衝動なのだ。自分を必死に抑え込んでいる。
今の駆にとって味方であってもご馳走になりかねない。空腹状態ならなおさらだ。
もしここで駆が自分を抑えきれなくなったら? そうなれば殺戮王軍は今度こそ崩壊だ。
他ならぬ、殺戮王が殺してしまうのだから。
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