第234話 戦う。続ける

「俺はすでに19ものライフを払ってきた」


「なんで」


 十九年分。もうそれだけの寿命を失っている。他ならぬ自分の命を。


 この男は、命を削って戦っていたのだ。


「なんでそんなことするの? そんなんじゃ、たとえ叶ちゃんが助かっても一緒にいられないじゃん!」


 知らされる真実に日向は叫ぶ。思わずにはいられない。


「叶ちゃんはお兄さんのこと大好きなのに、そのあなたが死んじゃったら残された叶ちゃんはどうするの!?」


 たとえ自分が助かったとしてもそこに愛する人がいなかったとしたら? それは幸せと呼べるのだろうか。そこに大切な人がいないなら仮に助かっても辛いだけだ。


 日向の叫びに律は寂しそうだった。


「叶は、恨むだろうな……」


 病気が治って喜ぶ彼女の姿は容易に浮かぶ。その後兄が亡くなって悲しむ姿も。


「俺は結局、あいつを救うことが出来ない不出来な兄だった。その俺が出来るせめてもの事がこれなんだ」


 それを思えば彼は酷いことをしている。自身も言っていたが単なるエゴでしかない。


「だとしても、俺には、俺たちにはこれしかない。この儀式に参加している中に、生き残りたいなんて思っているやつは一人もいない。自分の望みを叶える、それ以外はなにもいらない」


 大切な妹を救うだけ。幸せにすることもできない。その代償が他人の命と自分の寿命。

 割に合わない。誰も幸せにならないのに失うものばかり。


 だとしても。


「俺には!」


 だとしても!


「叶えたい願いがあるんだ!」


 彼は続ける気だ。


「ぐう!」


 胸をさらに強く握る。眉間にはしわがより痛みに耐えている。


「保て、保ってくれ俺のライフ。あいつを救うまでは」


 真っ当な方法では叶わない奇跡を手に入れるため。引き替えの痛みに耐えて律は戦意をたぎらせる。


「でも、あなたの悪魔はもう消滅しました。もう戦えないはず」


 しかし香織の言うとおり彼の悪魔は全滅した。まだライフが残っているとしても悪魔がいないのならば戦いようがない。


「ふふ」


 しかし、律は苦しそうな表情のまま笑みを浮かべる。彼はまだ諦めていない。


「悪魔召喚師はメインとなる主要な悪魔がいるが、まさか、俺の悪魔がアサルト・ワイバーンだとでも思ったか?」


「なんですって?」


 アサルト・ワイバーンが律の悪魔ではない? そのことに三人の表情が驚きに変わる。

「俺の切り札は、まだこれからだ」


 そう言って立ち上がった。足下はふらつき表情も苦しい。疲労困憊だ。


 だが、その目はまだ死んでいない。


 戦う。続ける。


 大切な妹を、病から救い出すまでは。


「こいつを呼び出すためには少々厄介な条件があってな。俺のライフだけでは飽きたらず、悪魔のライフも捧げなければならない」


「まさか」


 術者のライフだけでなく悪魔のライフも捧げなければならない。だから律は他の悪魔を召喚していたのか。


「お前たちがアサルト・ワイバーンを倒してくれたおかげで、俺はこの悪魔を呼び出せる」


 直後、律の背後に召喚陣が現れた。


「俺はライフを15払い、デモ・デモンズゲートをセッティング!」


 でかい。まるでトンネル。否、それ以上だ。アサルト・ワイバーンの召喚陣は下級悪魔のそれと比べて一回り大きかったがこれはその数倍。


 召喚陣が現れるのに合わせて赤い空からは雷鳴が鳴り響く。この場を一層物々しい雰囲気が漂っていく。


 来る。魔界の遙か彼方、もしくは底の底。そこから強大な敵が。


「遙かなる時の果て、原初の世界で暴虐の限りを尽くした竜の写し絵よ。終わりなき爪痕を刻むため、現代に現れ敵を滅っせ!」


 律の呼び声に応じ巨大な召喚陣から赤い雷がいくつも迸る。漏れ出すプレッシャーは次元を越えて届き気配だけで他を征服する。


「現れろォオ! 壊滅伴竜、シルヴァニアス!」


 これが上里律の本命。


 強大な召喚陣を突き破り一つの影が現れ翼を広げ宙に立つ。


 巨大な一対の黒翼。体は漆黒であり岩のような鱗が全身を覆っている。四本の足があり前足は小さく後ろ足は発達している。長い尻尾は宙をゆっくりと揺れ赤い瞳が三人を見下ろした。


 壊滅伴竜、シルヴァニアス。その体は30メートルを越え大通りに面したいくつもの建物よりなお巨大だった。

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