第53話 約束
私のまとまりのない話を、ユーリ様は静かに頷きながら聞いてくれた。
こんなことを言ったら幻滅されるのではないかという不安で、うまく説明できていないのが自分でも分かるほどの拙い説明。それでもユーリ様の手は私の手を離すことは無かった。ところどころ言葉につまりながらも、自分の気持ちをゆっくりと伝えていく。
「リゼット」
「……はい」
一通り話し終えた私に、ユーリ様が微笑んだ。
「ロンベルクに発つ前に、君は侍女のグレースを伯爵夫人付にするように申し出たんだろう? 嫁ぐ時には自分の侍女を連れて行くご令嬢が多いと思うが、君はあえて自分の一番信頼できる人を伯爵夫人のために残した。そのおかげで、シビルやソフィから伯爵夫人を守れたんじゃないかな」
「それは……元々私は使用人部屋で過ごしていましたから、侍女を連れて行かなくても一人で大丈夫だと思ったのです。あとは、お父様がお母様を人質のように仰るので……グレースがいてくれたら安心だと思って」
「結果的にその判断が伯爵夫人を守ったんだと思う。それに……」
「それに?」
「伯爵夫人が君を身籠っていた時の話、俺はあの話を聞いてすごく神秘的だなと思った」
「神秘的……ですか」
『神秘的』とはどういうことだろう。
お母様がシビルに飲まされたドルンスミレの毒と、何らかの理由で混入してしまったアルヴィラの成分。その影響で、当時おなかの中にいた私の髪の毛が菫色になったという、リカルド様の仮説だ。
まだ仮説であり、これから研究しなければ真偽のほどは分からないとリカルド様も言っていた。
まだ解明されていないから、神秘的……?
「俺は科学的根拠とかは全く分からないが、リカルドの話を聞きながら、あれはリゼットがヴァレリー伯爵夫人を助けたのかなと思った。おなかに宿った命が、母親を守ろうとしてアルヴィラの力を使って毒を浄化したんじゃないかと」
「私がお母様を守った……?」
「……すまない。俺の頭の中で勝手に作り上げたストーリーだから深く考えずに聞いて欲しい。自分が心から愛する人というのは、例え目の前にいなくても、意識すらしていなくても、常にその人のことを守りたいと思えるような存在なんじゃないかと思う」
「つまり、私が無意識のうちに愛するお母様を救っていたと……そういうことですか?」
私が改めて言葉にして確認したからか、ユーリ様は赤面して目を逸らしてしまう。普段真面目なユーリ様の頭の中で、そんなロマンチックなストーリーが想像されていたなんて意外だった。
ロンベルクの森の奥にある湖のほとりにしか咲かないアルヴィラの花。魔獣を封印するために湖の水を使って浄化したというから、そこに咲くアルヴィラにも毒を浄化する力があるのでは……なんて、ユーリ様の想像力はとても豊かだ。
「……何だかロマンチストみたいで恥ずかしいな。まあ、俺が言いたいのは、リゼットが家族のことを大切にしている気持ちは誰よりも強いし、今までもこれからも変わらない。リゼットのその気持ちがいつも周りの人を救って、幸せな気持ちにしているんだということに、もっと自信を持ったらいいと思う」
自分でも気付かない間に、私は自分を責めて苦しんでいたのかもしれない。ユーリ様の言葉を聞いて体の力が抜けた瞬間、私の目からは涙が溢れた。
ソフィが国王陛下の前で断罪された時の涙とは少し違う。
お母様に対して申し訳ないという気持ちでがんじがらめになっていた自分が解放され、体も心も緩んで溢れ出た涙だった。
あの時こうしておけば良かったという後悔は、決してゼロにはならないと思う。でも、ユーリ様の言葉で、少し気持ちが救われたような気がした。
「…………いいですか」
「え?」
「私がユーリ様の妻に、家族になってもいいですか」
泣いているのか笑っているのか、自分でどんな顔をしているのか分からない。でも、こんなぐちゃぐちゃな顔もぐちゃぐちゃな気持ちも、ユーリ様にはそのままぶつけても大丈夫なんだ。
「……リゼット、俺は生涯をかけて君を愛するつもりだ」
「今のところは?」
「……うっ……今のところはでもなく、当面でもなく、君への気持ちは死んでも変わらない」
私の左手を包むユーリ様の手に力が入る。
「…………それで、結局俺のプロポーズは受けてくれるということでいいかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
私は満面の笑みでプロポーズを承諾したつもりだったのに、ユーリ様はなぜか悲愴な面持ちでテーブルに思い切りゴンッと額をぶつけた。
「えっ……ユーリ様、大丈夫ですか?! すごい音がしましたけど……」
「……テーブルが、邪魔だった。これがなければ、君に今すぐキスをしたかったのに……」
「ユーリ様……そんなことしたら鼻血が出るかもしれませんよ?」
「…………」
「分かりました。じゃあ、お食事が終わったら……あとでゆっくりお願いします」
「えっ……!」
泣いたり笑ったり忙しい私たちの会話がひと段落するまで待ってくれていたのか、おばあちゃんがこっそりと立ち上がって、鍋をもう一度火にかけるのが見えた。
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