第47話 張りつめた糸

 謁見の間の入口扉がギイと音を立てる。


 数人の騎士に付き添われて先頭をペタペタと下を向いて歩くのは、ロンベルクまで一人で逃げてきたソフィだ。黒く戻ってしまった髪の毛を隠すようにストールを頭にかけ、中に入ると恐る恐る周りを見渡した。


 私と目が合った瞬間、彼女の顔はみるみる紅潮する。



(お姉様、裏切ったのね……!)



 彼女の口の動きから、そんな言葉が聞こえてくるようだった。ソフィにとって見れば、私がソフィの居場所を伝えて王都に引き戻したようにしか思わないだろう。

 いびつだったにせよ一時は姉妹として過ごした私たちの関係は、こうして悲しい最後を迎えるのか。


 ソフィの後ろには、シャゼル家の執事のウォルターが続いて入ってきた。彼がソフィを王都まで連れてきたのだ。



 そしてウォルターが入って来てから少し間をあけてからもう一人、別の男性が現れた。


 見覚えのある亜麻色の髪、背中をかばうように少し丸めて、歩きづらそうにゆっくりと入った来たその人。



(ユーリ様だわ! ユーリ様がなぜここに……!)



 ユーリ様は何もご存知ないまま連れて来られたのか、私の顔を見て驚く。そしてそのまま前方にいるリカルド様の方に視線を移し、鋭い目で睨んだ。ここが国王陛下の前じゃなかったら、今すぐリカルド様のところに飛び掛かっていくのではなかろうかと思うほどに。



「ソフィ……! ずっと探していたんだぞ! どこにいたんだぁっ!」



 連れてこられたソフィに駆け寄ったお父様が彼女を抱きしめ、その勢いで頭からストールがはらりと落ちる。ストールの下から現れたのは、私がロンベルクでソフィと再会した時と同じ、長い黒髪だった。お父様はソフィの背中に流れる髪を手に取り、わなわなと震え始める。



「ソフィ……これは?」



 震えるお父様の肩を、リカルド様がポンポンと叩く。



「ヴァレリー伯爵、これが証拠です。あなたにとっては髪の色が全てなのでしょう? 完璧な証拠ではありませんか。ソフィは元々あなたの子ではありません。ドルンでシビルと黒髪の夫との間に生まれた子。今までずっと、アルヴィラという花を使って髪の毛を銀髪に染めていたのです」


「……そんなバカな!! 花で髪の毛が染まるなんて、そんなことあるものか!」



 混乱するお父様は、国王陛下の前にいることを忘れてしまったのか、大声で叫びながらソフィを突き放した。よろけたソフィをウォルターが支え、お父様は近くにいた騎士に腕をつかまれてソフィから離される。



「陛下。既にご報告の通り、ここにいるソフィとその母親のシビルは、偽りの主治医を使ってヴァレリー伯爵夫人にドルンスミレの毒の投与を継続的に行っていました。そして伯爵夫人の意識がなく拒否できないのをいいことにソフィは伯爵の養子となり、姉のリゼット・ヴァレリーを追い出したのです」



 リカルド様の言葉を聞きながら、ソフィは涙を流す。

 この謁見の間に入る前に、ソフィ自身も自分の罪状を読んだはずだ。国王陛下に対して申し開きをしないということは、ソフィも罪を認めたということだろう。


 これまで私に酷い仕打ちをしてきたソフィ。

 私はソフィのことを妹なのだと信じてきた。彼女のことを好きにはなれなかったけど、この世界で唯一の姉妹だと思って彼女を尊重してきた。


 それなのに……


 リカルド様から真相は聞いていたけど、こうしてソフィ本人が罪を認める姿を目の当たりにして、改めて色々な思いが蘇る。私は、お母様のことを害する目的でヴァレリー家にやって来たソフィを、疑うことなく家族として受け入れた。ヴァレリー家の正式な娘となって私を使用人室に追い出した彼女たちと、向き合って戦うこともなく。


 私は、お母様に対して合わせる顔がない。私の弱さがお母様を危険に晒したのだから。

 


 ソフィは泣きながらお父様に向かって話しかけている。お父様は床にくずおれたままだ。



 一通り話を聞き終わった国王陛下がソフィに向かって口を開く。



「ソフィ・ヴァレリー。罪状にあった内容を読んだであろう。自らの罪を認めるか」


「…………陛下ぁ! 私はヴァレリー伯爵夫人に毒を盛っていません。盛ったのは私の母と主治医なんです! 私は何もしておりません!」


「……母親と主治医が毒を盛ったことを知っている時点でそなたにも罪があるのだ。ソフィ・ヴァレリーと母親のシビル、医者だと偽ったニールの刑については後日伝える。ヴァレリー伯爵は、ソフィ・ヴァレリーとの養子縁組の解消について検討しておくように」


「陛下……! せめて夫のリカルド・シャゼル様に会わせてください、私を助けてくれるかもしれません!」



 ソフィの言葉を無視して出て行く国王陛下、泣き叫ぶソフィ、床に突っ伏したままのお父様。しばらくして騎士たちがソフィを連れて行き、この場は解散となった。



 お父様はこれから、ソフィと縁を切らねばならないだろう。ソフィは平民の、主治医とシビルの子に戻る。


 私のことを不義の子だと疑い、突然現れた銀髪の少女を実の娘だと心から信じて可愛がったお父様。でも私はお父様のことを責めることはできない。だって私もまたソフィやシビルを疑うことなく、彼女たちと戦うことを避けて逃げたのだから。


 お父様と私は、これからお母様にどんな顔をして会えばよいのか。


 リカルド様がソフィに名乗らなかったことで、少しだけ気持ちは救われた。リカルド様がこの場にいることが分かったら、ソフィはますます私を恨んだだろう。私がリカルド様に取り入って、夫婦で申し合わせてソフィを陥れて復讐したように感じるだろうから。


 心の中をズタズタに切り裂かれたような苦しさに耐えて立ち尽くす私の後ろから、私の肩にそっと誰かの手が触れた。振り向くと、ユーリ様が立っていた。



「リゼット……大丈夫か?」


「…………」



 ユーリ様の声を聞いて、張りつめていた糸がプツンと切れたように、私は大声を上げて泣いてしまった。ユーリ様は私の頭をご自分の胸にそっと押し付け、私が泣き止むまで何も言わずに一緒にいてくれた。

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