第46話 国王陛下への説明

 国王陛下への謁見の間には、リカルド様と私、そして遅れてやってきたお父様が揃った。


 やつれた様子のお父様は、私の姿を見て固まる。



「リゼット、お前なぜここに? ロンベルクへ嫁いだのではなかったのか? もしやお前がソフィをどこかに連れ去ったのか!!」



 今にも飛び掛からんかとばかりに私に向かってきたお父様を、周りにいた騎士たちが体を押さえて止める。いつも私を思い切り睨んでいたお父様の目は、精神的なダメージからなのか力がない。


 しばらく暴れていたお父様も、国王陛下が広間に入って来てからはさすがに大人しく引き下がった。



「……リカルド。今回の毒の一件、報告書に目を通した。ご苦労だったな」



 厳かな雰囲気の中、国王陛下がゆっくりとした口調でリカルド様に話しかける。



「陛下、この件を明らかにすることが、私を辺境伯から外してドルン医薬研究所の所長に任命して頂くための交換条件だということをお忘れではないですね? きちんと調べ上げましたのでご報告いたします。ヴァレリー伯爵も、驚かれるでしょうが落ち着いて聞いて下さい」



(…………ドルン医薬研究所の所長ですって?!)



 私はリカルド様の袖をちょんちょんと引っ張って小声で尋ねた。



「(ドルンの研究所の所長になるために、母の毒の件を調べていたんですか?)」

「(そうだよ。辺境伯をやめて研究所所長に据えてもらうために、僕は僕で実績を作らないとね)」



 私に向かってウィンクし、リカルド様は国王陛下の前に出る。



 ……なるほど、リカルド様と国王陛下はそういう約束をしていたのだ。


 身内であるリカルド様に名誉ある地位を与えたい国王陛下と、ご自分の好きな道に進みたいリカルド様。


 一度任命してしまった辺境伯を早々にやめさせるなんて、国王陛下の任命責任が問われかねない。だからリカルド様はユーリ様が辺境伯にふさわしいという実績を作り、並行して自分がドルンの研究所所長にふさわしいという実績を作った。国内で発生した原因不明の毒殺未遂事件を解明したとあっては、誰もリカルド様の手腕を否定することはできない。


 ユーリ様がロンベルク辺境伯に、リカルド様が研究所所長になっても、誰も異論を唱えさえないための計画的な失踪だったのだ。


 国王陛下も、辺境伯に任命した自分の縁戚のリカルド様が女遊びに興じて悪い噂の的になることを避けたかったから、それで交換条件を飲んだのだろう。そのために、お母様に盛られたスミレの毒の事件が利用されたのだ。


 私はユーリ様に騙されたと思っていたけど、全ての元凶はリカルド様この人だったのかもしれない。一体どれだけの人を巻き込んで振り回せば満足するのだろう。



 どちらにしても、リカルド様がお母様に毒が盛られた理由を明らかにしてくれたことには感謝しよう。リカルド様のおかげで主治医とシビルは捕えられて罪が暴かれ、お母様も回復したのだから。


 私は気持ちを切り替えて、国王陛下の近くに進んだリカルド様の背中を見つめた。



「陛下、それでは逃走したソフィ・ヴァレリーをお連れしましたので、この場に連れて来てもよろしいでしょうか」


「許可する」



 リカルド様は謁見の間の入口扉の方に目をやった。近くにいた騎士と目配せをして、その騎士が扉から外に出て行く。きっとロンベルクからウォルターが連れてきたソフィを、謁見の場に通すのだろう。

 同じように罪を犯したとは言え、ソフィは貴族。シビルは平民だ。平民である上に犯罪者であるシビルが国王陛下に直接謁見することなど不可能。この場にはソフィだけが連れて来られる。


 何が何だか分からないと言った様子で狼狽するお父様は、陛下の顔と入口扉の方向をキョロキョロと見回していた。そんなお父様に、リカルド様が書類を手渡す。


 それは彼女の罪状だったのだろう。お父様はワナワナと震える手でそれをつかみ、必死で読み進めている。


 私がリカルド様に聞いた、シビルたちがお母様に毒を盛った事件の真相が書かれているはずの罪状を読み終わったお父様が悲痛な声で叫んだ。 



「……ちょっとお待ちください!」


「ヴァレリー伯爵、どうされましたか?」



 リカルド様の声は冷たい。



「ソフィは私の子です! お恥ずかしながら、確かに私はシビルを愛妾としておりました。そのシビルが生んだ子がソフィです。ソフィは私と同じ銀髪ですし、年齢的にも私の子だと……ここに書かれている染物屋の男とは無関係だと、信じています!」


「ヴァレリー伯爵……どうやら私の調査結果を信じて頂けないようですね。大丈夫ですよ、証拠をお見せしましょう」



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