第22話 思い出のスミレ
後日、旦那様の髪の色について、カレン様が調査結果を持ってきてくれた。
「色々と過去の文献も調べてみたんだけど、髪の色が変わったのはアルヴィラの影響ということで間違いないと思うわ」
アルヴィラを食べてから二週間ほどで旦那様の髪の色は自然に元に戻り、銀髪はほとんどなくなっている。
「このロンベルクではあまり知られていなかったみたいだけど、隣のドルン領では染物も盛んでアルヴィラをよく使うでしょ? ドルンの昔話で、アルヴィラを使って髪色が変わった話も残っているみたい。驚きよね」
「旦那様、原因が分かってよかったですね。ストレスで髪の色が変わってしまったんじゃないかとドキドキしました」
「ストレスか……俺も色々あるからな」
旦那様は宙を見て大きなため息。
ストレスの原因は、私でしょうかね? 別に、浮気相手さんのところに行っていただいても文句を言うつもりはないのだけど。
カレン様はそんな旦那様を見てクスクスと笑い、思い出したように私に向き直った。
「そうだ、リゼットさんも」
「私が……なにか?」
「その菫色の髪! ドルンではアルヴィラの成分とスミレを掛け合わせて、髪の毛を菫色に染めることもあるんですって! もしかしてあなたも、そんな特殊なスミレを食べたことがあるんじゃない?」
カレン様は興味津々で私を見つめる。研究職の腕がなりますよね、でもごめんなさい。
「私は生まれつき菫色の髪だったそうなので……多分その特殊なスミレとは違います」
「そうなのね、もしそのスミレでリゼットさんのような髪になったのなら、何だか素敵だなって思って。変なこといってごめんなさいね」
ドルンから王都までは距離もとても離れているし、なかなかそんなスミレが伝わってくることもないだろうと思う。でも、もしかしたら図鑑になら載っているかもしれない。
カレン様と旦那様はこのまま騎士団の訓練に向かうということで、私は一人部屋に戻った。部屋に戻る前に、屋敷の中をウロウロと歩く。見回りじゃなく……ただ、道に迷ったんだけど。
そう言えば、なんだか最近使用人の人数が倍増している気がする。以前は道に迷っても誰にも会えなくて困ったのに、今日は何人もすれ違う。しかも、みんな私に声をかけてくれる。
「奥様、どうなさいましたか?」
「奥様のお部屋はこちらじゃないですよ」
「今日のドレスも素敵です」
旦那様と初めて夕食を頂いた時の給仕の方は、私のことを恐れていたのに。あの時、私が旦那様と大笑いをしていたから、みんな私のことを怖くなくなったのかしら?
とにもかくにも、こうして少しずつ、この屋敷は私にとって心地よい場所に変わっている。
今まで一人で生きてきたのに、旦那様やこの屋敷の皆様と打ち解けて、ここが故郷になっていく。こんなに離れがたくなってしまって大丈夫だろうか。もし旦那様がストレスに耐え切れなくなって私と離婚するなんて仰ったら、ここを離れなければいけなくなるかもしれないのに。
その日の夜。寝る前に母の形見の図鑑を開いてみた。
旦那様に頂いたスミレを押し花にしたページ、ロンベルクの森の中でアルヴィラを摘んで押し花にしたページをゆっくりとめくる。
スミレの載ったページを見ても、そんな特殊なスミレのことは書いていなかった。ドルンで加工されただけの特殊な花であれば、図鑑に載るわけがないわよね……なんて思いつつ、何気なくパラパラとページをめくっていると、二枚のページがくっついている箇所があった。破れないようにそっと、ページをはがしていく。
(これは……)
そこには、私が挟んだ覚えのないスミレの花が、押し花になって挟まっていた。花から茎、葉や根までキレイに残っているが、色はもう茶褐色に変色している。相当古い押し花のようだった。
元々はお母様のものだった、この花図鑑。
部屋を追い出される時にお母様のものはほとんど処分されてしまったけれど、この図鑑だけはこっそりと持ち出した。きっとこの押し花は、お母様のものだ。
(親子って変なところで似てるのね)
お母様も私と同じように、この図鑑を押し花に使っていたのだと思うとおかしかった。もしかしたらお母様も、お花を食べたりしていたのかも。
スミレの押し花に、お母様の匂いが残っていないかしら。そんなことを考えながら、押し花に鼻をくっつけた。そのまま、お母様に頬ずりをするように、スミレに頬をくっつける。
そんなことをしても、お母様が目を覚ますわけではないのに。
その日は図鑑を抱えたまま、眠りについた。
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