第18話 ユーリという存在 ※カレンside

 ロンベルク騎士団は、男も女も関係なく登用してくれる貴重な騎士団だ。


 主な行動範囲であるロンベルクの森は木々も深く生い茂り、馬もまっすぐに走れないようなうっそうとした場所。力技だけではどうにもならないこの任務地では、小回りが利き、多彩な動きができる、そういう騎士が求められる。


 自然と女性騎士が増えていった。


 騎士学校の同期のリカルドとユーリは従兄弟同士。飄々としていて軽いリカルドと、真面目一辺倒で純粋なユーリは、とても対称的。

 男女の差を気にせずに三人でよく連んでいたけど、そんなバランスはある時崩れた。


 ユーリが、私のことを好きだと告白してきたのだ。


 二十歳になりたての頃だったか。たまたま他の用事があって来れなかったリカルドのせいで、私とユーリの二人きりで酒場で飲むことになった。


 お酒が入って少し顔を紅潮させたユーリが、私の目を見て言った。


「カレンのことが好きだ。お前を守りたい」

と。


 ユーリは由緒あるシャゼル家の一員だが、少し複雑な事情を抱えている。ユーリは妾腹で、兄二人と違って幼い頃から母の元で平民として育てられた。

 その母が亡くなってシャゼル家に引き取られたが、兄二人からは疎まれて肩身の狭い思いをしたという。

 本当は騎士になりたかったユーリは騎士学校への入学を許されず、諦めていた。その状況を変えたのがリカルドだった。


 ユーリと一緒に騎士学校に通いたいと言って、大泣きしてゴネたのだ。


 まだ幼い頃だったとは言え、今思えばあれは演技だったのかもしれない。ユーリを騎士学校に入れるために、リカルドが恥を捨てて一芝居打ったのかも。


 どちらにしても、リカルドの父親がユーリの父親に進言したことによって、ユーリは騎士学校に通えることになった。


 そのことがきっかけで、ユーリは何かにつけてリカルドに遠慮するようになった。


 元々争いが嫌いなリカルドは騎士学校の成績も振るわず、自分の興味のある医学や科学に没頭していた。逆に、ユーリは同期の中でも騎士としての腕はトップクラス。でもいつもユーリはリカルドに遠慮していて、自分の手柄は全てリカルドに譲った。騎士学校に入れてもらえた恩を忘れていないのだろう。


 だからユーリが私のことを好きだと言った時は、かなり驚いた。


 私のことはリカルドに譲らないんだ、と。


 ユーリのことは好きだったけど、何となく彼の気持ちが重かった。何でもリカルドに遠慮するユーリが、初めて自分から欲しいと言ったのが、私だった。


 彼の気持ちに応えたいけど、彼と同じくらいの強い想いは持てないと思った。どうしたらいいのか分からなくなって、結局私はユーリの気持ちを拒み、リカルドの元に走った。


 女好きだった彼となら、自分の心と真正面から向き合うことなく、軽く付き合えると思った。


 実際彼とは興味の対象がとても合っていて、一緒に森に入っては植物を採取して実験や研究に明け暮れた。リカルドも私も、騎士学校の中では異端。騎士としての腕が足りない分は知識で補っていこうと、二人して朝まで一緒に勉強して研鑽を積んだ。

 メキメキと強くなっていくユーリを横目に見ながら。


 こうして私たち三人のバランスは崩れた。


 崩れたはずなのに、ユーリの態度は何一つ変わらなかった。私に怒るでもなく、私を避けるでもなく、リカルドに対しての態度も変わらない。初めてリカルドに遠慮せずに私を求めてくれたと思ったのに、やっぱり彼は身を引いた。


 それが今度は悔しかった。


 興味本位でリカルドに尋ねた。


「そんなに医学や科学に没頭して、一体どうしたいの?」

「何でそんなこと聞くんだ? 逆に自分が迷ってるってだけじゃないのか?」


 リカルドの指摘は、ある意味正しかった。ユーリの気持ちと向き合えずに逃げ、騎士としての欠点にも向き合えずに別の分野に逃げた。じゃあ何で私は騎士を目指したの? なぜユーリに惹かれたの?


「私は女だし……力で足りない分、知識で補いたいのよ。自分の強みを作りたいの」

「カレンは正しいな、優等生だ。僕は正しい人間じゃないから、学ぶ目的なんて大っぴらに言えない。僕がこうして学んでるのは何でかな……勉強して惚れ薬とか作れたらいいな」

「惚れ薬って……! おとぎ話の魔女じゃないんだから。それに、あなたに手に入らない相手なんているの? いつも恋愛の相手には事欠かないじゃない」

「絶対に手に入らない相手っていうのがいるんだよなあ、僕にも。いつか絶対、惚れ薬作ってやろうっと」

 


 それから何年か経って、王都でユーリたちと食事に出かけた時。ユーリが食堂の給仕の女性に釘付けになったのを見た。彼の目は、ずっとその菫色の髪の女の子を追う。


 私のことを欲していた人が、他の女性に恋に落ちる瞬間を目の当たりにした。ずっと感じていた悔しさは、嫉妬に変わる。


 三人のバランスを崩したのは私。ユーリを拒んだのも傷付けたのも私。悔しいとか妬ましいとか、そんなことを言える立場じゃないのは分かっている。逃した魚は大きいと言うけれど、ユーリは私の心の中でかけがえのない大きな存在になっていた。


 一時の気の迷いだろうと思っていたのに、ただの食堂の給仕さんだったはずの女性は、再びユーリの前に現れた。今度はリカルドの妻として。そしてそのリカルドは、今やユーリという身代わりによって演じられている。


 ユーリは私に、彼女とのことを応援して欲しいと言うだろうか。彼の心の中には、もう私という女は存在しないのだろうか。


 

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