第17話 リゼットとの出会い ※ユーリside

 きっとリゼットは、俺のことをワケの分からない人物だと思っているに違いない。


 ……俺もそう思う。



 あの晩、「君のことを愛するつもりはない」などと言ってしまったことを、今は激しく後悔している。途中で気づいた時にはもう遅かった。本当はリゼットに対して言うはずの言葉ではなかったのに。


 こんな事態になってしまった原因は、色んな偶然の積み重ねだ。偶然の積み重ねによって俺は従兄のリカルド・シャゼルに成りすましてこの屋敷に住むことになってしまったし、そのせいで前々から想いを寄せていたリゼット・ヴァレリーに暴言を吐くという愚行をおかす羽目になった。


 ここから、どうやって巻き返せばいいのか全く見当もつかない。




 数年前、騎士学校を卒業した俺は、ロンベルク騎士団に入団した。同期だったリカルドやカレンも、同じ配属先だった。

 隣国との国境には深い森があり、森を挟んだ両国はそこに住む魔獣の被害に頭を悩ませていた。数年かけてロンベルク騎士団は何とか魔獣を制圧したのだが、最後の戦いの最中、たまたま第二王子の目の前に立っていたリカルド・シャゼルが魔獣の爪で大怪我を負った。


 リカルドに助けられたと思った第二王子が国王陛下に進言したおかげで、彼はロンベルク辺境伯に任命されることになった。


 リカルドは驚いた。


 自分はたまたま第二王子の目の前に立っていただけで、別に助けようと思って助けたわけではない。騎士として決して強いわけでもないのに、与えられた任務が重すぎると。


 そもそもリカルドは文官志望だった。しかし代々武門の家系であるシャゼルではなかなかそれも許されず、意に反して騎士となったのだ。


 彼は自分の名声をわざと落とすために、とにかく女遊びにのめりこんだ。いや、元々女グセは悪かったのだが、タガが外れた感じになった。こうなるともう止められない。


 俺の助言も聞かず、リカルドは仕事も投げ出して色んな女の家……いや、男女構わず恋人の家を転々するようになっていた。



 リゼットとの出会いは、リカルドが手を付けられなくなったそんな時期。



 リカルドに説教するのにも嫌気がさして長期休暇で王都に戻り、たまたま訪れた食堂で見かけたのがリゼットだった。お年寄りの店主を助けてテキパキと働く姿に好感を持った。騎士団の仲間と食堂を訪れることもあったが、そのうち一人でも通うようになった。リゼットの顔を見るためだけに。


 彼女への気持ちがハッキリしたのは、俺の誕生日の時。


「おい、ユーリ。お前今日誕生日らしいな」


 仲間が俺にそんな話題を振ったのを聞いていたんだろう。リゼットがテーブルに食事を運んできた時に、俺の皿にだけ小さな花がいくつか飾られていた。


「お誕生日おめでとうございます!」


 リゼットは花が咲いたような笑顔で言った。同じテーブルの仲間たちも俺も、驚いてリゼットの顔を見た。


「あ、ごめんなさい。先ほど、お誕生日だと話しているのが聞こえたので。おめでとうございます。そのお花はエディブルフラワーと言って、食べられるお花なんです。ぜひお食事と一緒に召し上がってみてくださいね」


 その時の彼女の笑顔とペコリとお辞儀をして戻っていく姿に、一瞬で恋に落ちてしまった。ずっとリゼットの後ろ姿を眺めていた俺は、仲間からからかわれた。


 たかが誕生日を祝われたくらいで……と、きっと周りのヤツらは思うだろう。でも、俺にとって誕生日の存在は他の人よりもずっと大きい。

 妾腹だった俺は、自分の誕生日を家族に祝われたことがなかった。子供の言葉は残酷だ。「お前が生まれた日を、なんで俺たちが祝う必要があるんだ?」なんて、兄からは言われ続けた。おかげで誕生日は大嫌いだったし、祝われた記憶もない。俺は何のために生まれたのか……なんて、自分を責めた日もあった。


 そんな一年で一番嫌な日が、彼女のおかげで特別な日になった。


 忙しく働く彼女は俺の顔なんて覚えていないだろうが、どうしても何か気持ちを伝えたくて手紙を書いた。誕生日を祝ってくれた御礼と、彼女への好意までほのめかしてしまった。

 顔も知らない相手からそんな手紙をもらったら、普通の女の子なら恐怖を覚えるだろう。彼女の負担になりたくなかったから、差出人の名前は書かなかった。


 それからも王都に寄る時はその食堂に通ったが、彼女も毎日働いているわけじゃない。一度も会えないまま、俺は再びロンベルクに戻ることになった。


 最後にどうしても彼女のことが知りたくて、食堂『アルヴィラ』の店主に彼女のことを聞いた。


 店主が言うには、彼女の名前はリゼット・ヴァレリー。ヴァレリー伯爵令嬢だよ、と。俺は驚き、なぜ伯爵令嬢がこんなところで働いているのかと尋ねたら、彼女は伯爵の妾と娘に部屋を追い出され、使用人として働いているという。

 そんな辛い立場にあるにも関わらず、見ず知らずの相手の誕生日を祝おうなんて、自分だったらそんなこと思えるだろうか。生まれた境遇に嫌気がさして自暴自棄になっていた自分が、情けなくて恥ずかしくなった。



 リカルドについてはさすがの国王陛下も業を煮やし、王都に住む伯爵令嬢を妻として娶れと要求してきた。結婚すれば女遊びも落ち着くだろうと思ったのか。


 リカルドの結婚相手を聞くと、ソフィ・ヴァレリー伯爵令嬢だという。俺はその名前に聞き覚えがあった。


 ……あの店の店主から聞いた、リゼットの義妹じゃないか。

 

 リゼットを追いやった張本人が俺の目の前に現れる。友人の妻として。



 リカルドのこと、そしてリゼットのことを考えた。

 このままソフィ・ヴァレリーをこの地に受け入れて、辺境伯夫人として敬うことが俺にできるのだろうか。いくらリカルドが女好きで仕事もしないダメなやつだとしても、大切な友人にそんな女が嫁いでくるなんて許せない。


 とにかく一度、まずはソフィとやらの顔を見てやろう。そんな軽い気持ちで、リカルドの結婚式への参加を決めた。その決断がきっかけで、おれは伯父に言われてリカルドの身代わりを引き受ける羽目になってしまった。


 この選択を肯定すべきか後悔すべきか。


 それは、今の俺にはまだ分からない。


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