第14話 花嫁の取り違え ※ユーリside
「ウォルター!!」
「おぼっちゃま、こんな遅い時間にどうされましたか」
執事のウォルターのいる部屋に、俺は扉を蹴破らんかの勢いで飛び込んだ。
何なんだ、この屋敷は。
ここまで来るのに三十分は迷ったぞ。
「……ウォルター、今、ヴァレリー伯爵令嬢の部屋に行ってきたんだが」
「ああ……そうですか。奥様はなんと……」
「そもそもあの人はソフィ・ヴァレリーじゃない!」
「えっ? ソフィ様ではない? それでは一体あの方は……」
そう、たった今俺は今日嫁いできたばかりのヴァレリー伯爵令嬢の部屋に行ってきた。そして「君のことを愛するつもりはない」と伝えた。
でも、俺がそんな冷たい一言を浴びせた相手は、ソフィ・ヴァレリーではなかった。ソフィ・ヴァレリーの顔なんて知らないが、あの人はとにかくソフィではない。
むしろ……俺が想いを寄せていた、リゼット・ヴァレリーなんだ。彼女は俺のことは知らないだろう。俺の勝手な片思いだから。
部屋に入った時は逆光で顔が見えず気付かなかった。途中で気付いた時にはもう手遅れだった。
愛するつもりがないどころか、愛するつもり満々だったのに。言葉の最後の方は何とか誤魔化してみたが、かえって不審がられたと思う。
「おぼっちゃま、それではあの方は間違って嫁いで来た方だと?」
「いや、真相は分からん。国王陛下からの勅書はどうなってる?」
「国王陛下からの勅書ですか……確かにヴァレリー伯爵令嬢との婚姻、と記載されております」
「……なるほど。そういうことか」
ヴァレリー伯爵令嬢は二人いる。妹のソフィと、そして社交界には姿を現さない姉のリゼットだ。伯爵は、姉の方をこちらに寄越したんだ。
「でもおぼっちゃま。これはもう仕方ありません。結婚式も済ませてしまいました。このまま奥様として使用人一同快くお迎えいたしましょう」
「いや、それは俺が耐えられない……」
「そうですか。上手くいくと思ったのですが」
「俺は一旦、今後のことを考える。ウォルターは彼女を丁重に扱って欲しい。それと、念のため他の使用人はできるだけ彼女に関わらないように配慮してくれるか。多分みんな、新しく来た女主人に嫌がらせする気満々でいると思う。俺からも説明しておく」
ウォルターは丁重に返事をし、お辞儀をした。本来は俺に対してこんなに丁重に接する必要もないはずなのだが。
この屋敷の主人はロンベルク辺境伯であるリカルド・シャゼル。
国王陛下の命でヴァレリー伯爵令嬢と結婚することになった彼は、なんと結婚式当日になって突然失踪したのだった。俺はその間をごまかすだけのただの身代わり。リカルドの従弟のユーリ・シャゼルなのだ。
リカルドの結婚相手が、リゼットを酷い目に合わせているあのソフィ・ヴァレリーであることは聞いていた。どんな顔なのか一度見てやろうと思って、リカルドの結婚式に参列しようと思ったが……シャゼルの屋敷中探してもリカルドはいなかった。結婚式の時間を過ぎてからも、リカルドの父である俺の伯父夫婦と俺の三人で必死に探したにも関わらず。
今シャゼル家はリカルドの職務放棄と女遊びの悪評のせいで、取りつぶしの危機にある。今回の国王陛下の命を受け入れて、妻に支えられてきちんと職務を全うすることが、存続の条件だった。
それなのに……
結婚式の日の夕方になって、俺はこっそり伯父に部屋に呼ばれた。
「ユーリ。お前が騎士学校に入れたのは誰のおかげだ?」
「え……? それは……」
「誰のおかげだったっけ?」
伯父の目は血走っていた。
嫌な予感がした。
「騎士学校に入学を認めてくれなかった父を説得してくれた伯父上のおかげです……」
「そうだろう?!」
今度は伯父の目がキラキラと輝き始めた。これは、何かを押し付けられる気がするぞ。
「リカルドが戻るまで、ユーリ、お前が身代わりになってくれ!!」
「は……はあっ?! 身代わりってどういうことですか?」
「お前が、リカルドのフリをするんだ!」
「ええっ……!」
そんな伯父の無茶な言いつけで、俺は身代わりとしてリカルドを演じることになった。仕方がないのだ、伯父とリカルドがいなかったら俺は今頃、どうなっていたか分からない。ここぞとばかりに恩を利用してくる伯父のことはどうかと思うが。
ソフィ・ヴァレリーは、俺の大好きなリゼットをいじめる憎き相手。ちょうどいい。どんな面をしているのか見るだけのつもりだったが、リカルドのふりをして冷たく接してやる。
俺たちの目的は、ソフィの方から『離婚したい』と言わせること。
国王陛下の手前、こっちから離婚なんて絶対に切り出せないのだから。ソフィから離婚の申し出をしてくれれば全てが上手くおさまる。ソフィがいなくなった後、ゆっくりリカルドを探せばいい。どっちにしても、リカルドの職務の方は俺が代わりにやろうと思っていたし。
結婚式をすっぽかした時点で、ソフィはきっと傷ついているだろう。追い打ちをかけてやる。寝室に行って、「お前を愛するつもりなどない」とでも言っておけば、しっぽを巻いて逃げ出すに違いない。とりあえずは厄介払いだ。
こうして俺は、ソフィの部屋に向かった。
……屋敷の中で道に迷った。
道に迷ってイライラして、部屋に入った瞬間にソフィに例の言葉を投げつけてやると息巻いて。やっとたどりついた寝室の扉を開けて、俺は言った。
「君のことを愛するつもりはない」
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