第7話

 壁に施された仕掛けは造作なく発見することが出来た。光球の輝きにより浮かびあがった意味ありげに壁を縦に走る線と傍にある窪み。ファンタマは慎重に窪みの中に手を入れた。


 中で感じられたでっぱりを押すと、手元の感触と共に低い音が体に響いて来た。何かが外れた手ごたえだ。ファンタマはでっぱりを押さえたまま壁を力を込めて前に押してみた。壁は静かに前へ動いていく。リッチも手伝い壁の動きは加速する。どうやらこの壁は扉となっているようだ。扉は思いのほか滑らかに動く。動きすぎ今度は止めることが出来なくなった。ファンタマは渾身の力を込め窪みにしがみついたが、靴底が滑り踏ん張りは利かず、扉はけたたましい音をたてて壁にぶつかり止まった。


「やっちまった」ファンタマは呟いた。


「どこだここは?」とリッチ。


「どこかの地下室だろう」


「それはわかってる」


 窓のないが部屋だが、壁のランプに火が入っているため部屋は明るい。無人の建物ではない。そして誰かがここから出入りをしているのは間違いない。部屋の中央に小ぶりのテーブルが二つ並べられている。鞘に納められた曲刀が壁に掛けられ、整理棚からは黒装束と鎖帷子がこぼれ落ちそうになっている。出口扉は正面に一つきりだ。


 慌ただしい足音が響き、扉の向こう側で止まった。


「家主が来たようだ」


 扉が開き男が五人なだれ込んできた。手にしているのは鋼の剣だ。鉄製の鉈とは違い高価な得物だ。男達は手慣れた動作で展開しファンタマとリッチの二人を取り囲んだ。抜身の剣の切っ先をファンタマとリッチに向ける。主人の危機を察してノリが牙を剥き唸るがリッチが騒ぎにならないようなだめる。正面にいる男は面識のある男だ。黒髪で細身の男ケロトッツだ。他にも見覚えのある男が混じっている。


「ここはビルダム城塞の地下か……」とリッチ。


 ファンタマはとりあえず敵意がないことを示すため両手を上にあげた。それでもなお危害を加えようとするならやむを得ない。転生の輪へ戻ってもらうしかない。ファンタマは帝国正教徒ではないがこの表現は気に入っている。リッチも素直に手を上げた。


「あんたたち、ここに何をしに来た」ケロトッツが尋ねる。


「野盗の捜索をしていたが誤って穴に落ちた。出口を探しているうちにここを見つけた」とファンタマ。


「そんなに簡単に穴へ誤って落ちることが出来るのか?」


「ドジなウサギとそれを目ざとく見つける優秀な犬がいればな」ファンタマはリッチに目をやった。リッチは肩をすくめる。


「なるほど……そういえば、あんたは旅行者だったはずだ」ケロトッツはファントマを憶えていたようだ。「なぜ、捜索隊にいる」


「こちらが誘った。腕は立つようなんで仲間に加えた」とリッチ。


 男の眉が微妙に上下し、視線が僅かな間外れた。


「いいだろう」ケロトッツはこちらには聞こえない声を聴いているようだ。


 見れば皆揃いのゴルゲットを身に着けている。これまた高価な装具だ。 お揃いの高価な装備が配られる。それができるのは公的機関か潤沢な資金を持つごろつきだ。


 全員が武器を収めた。 


「話しておきたいことがある。ついて来てくれ」ケロトッツは扉を開き手招きをした。「悪いが武器は預からせてもらう」


 ファンタマたちはケロトッツに先導され短い廊下を歩き階段を上ると外に出た。木々を挟み少し離れた位置に教会の尖塔が見えた。予想通り隧道は城塞内に繋がっていたのだ。城塞の周囲を歩き別の扉から中に入る。また短い階段、そして廊下へどこも空気穴のような小さな窓しか開いておらず薄暗い。それにさえ鉄格子がはまっている。入ったことはないが監獄とはこんなところではないだろうか。城塞は宿ではなく見張りのための施設であり快適さは二の次のようだ。


「連れてきました」ここは肉声らしい。


 ケロトッツは廊下に並ぶ扉の一つの前に立ち止まり裏拳で二回軽く叩いた。


「入れ」間を置くことなく鍵が外れる音が聞こえた。


 対面の壁には鉄格子の付いた小さな窓が二つ、自然光は入り明るさはあるが窮屈さは変わらない。中央から壁よりに大きめの執務机、その上には書類が重ねられ、端には聖人像と少し背の傷んだ聖典。帝国ではお馴染みの指揮官の机と言ったところか。右の壁にはこの辺りの地図が貼られ、さらにその上に多数の書き込みが入った付箋が張り付けられている。


 机の向こう側に静かに笑みを浮かべる茶髪の男グワンマイヨン博士だ。この男が聖典を手に祈りを捧げているのは想像しにくいが、それが帝国民というものだ。


「よく来てくれた。まずはこれを見て欲しい」博士は懐から革張りの手帳を取り出した。中を開きこちらにかざして見せる。そこにあるのはきらびやかな金細工と相反する物々しい文言の羅列。


「我々はオキシデンよりやって来た。詳細を告げることは出来ないがある件を内偵中なのだ」 博士は手帳をたたみ懐へ戻した。


 博士の身分証から見て上級幹部だ。内偵捜査の専従部隊と言ったところだろう。おそらく、この中の誰も本名を名乗っている者はいないだろう。ファンタマは何度か彼らと同種の部隊の間をすり抜けた経験がある。


「何もんだ……奴らは」とリッチ。


「オキシデンの警備隊だ。だが、彼らはキルヒス達と違っていつも私服で動いて内密に色々と調べまわっている」ファンタマは彼の疑問に答える。


「そんな彼らが今回は学者先生方を装ってウルバト湖にやって来た。大方この村に紛れ込んいる悪党をあぶり出そうとしているんだろう。そう受け取っていいか?」


 博士の顔から笑みが消え、室内に緊張が走る。


「村に悪党が紛れ込んでる。どういうことだ?」 リッチが眉を顰める。


「 聞いたって教えちゃくれないだろう。聞くだけ野暮だ」ファンタマは博士に頷きかける。


「で、何をすればいい」ファンタマは一歩前に出た。「こちらはあんた達の仕事を邪魔をするつもりはないし興味もない。彼らは自分たちの生活を守りたいだけだ」ファンタマはリッチを手で示す。


「思いのほか君は話がわかるようだ」博士は含み笑いを浮かべた。「何をすればいいか?それは何もしないでいて欲しい。ここであったことはすべて忘れて家に帰ってほしい。もちろん口外無用だ。それだけでいい」


「それでいいんだな」 とファンタマ。


「そうだ」


「ありがとう……これはあんた達には関係ないと思うが、例の野盗について何か心当たりはあるか」 とファンタマ。


「悪いがないね。だが、今回の騒ぎを見てなりを潜めるんじゃないかな」


「本当にそう思うか」


「わたしが野盗なら思うね」


 グワンマイヨン博士に笑顔が戻った。





 ファンタマとリッチは進入時と同様に一方的に城塞外へ出された。手前の道を横切り森へ入り持ち場へ向かう。ファンタマは周囲の気配を確認した上で足を止めた。


「警備隊は信用できるか?」とファンタマ。


「キルヒスなら当てになる。何をするつもりだ」


「とりあえず、彼には今回の件を告げておくのがいいだろう。もちろん奴らの要求通りここでの出来事は公には伏せておくように頼んでおく。だが、奴らの正体は把握しておいてもらう必要がある。怪我の功名というのか、思わぬ展開で野盗の件は収まりそうだが、奴らがここに来た理由があるはずだ。そちらはまだ解決はしていない」


「野盗?……奴らの仕業か」


「たぶんな、意図はわからないが、地下で見かけた黒装束と鎖帷子から察して奴らに間違いないだろう」


「あれか、だがこの村でキルヒスじゃなくオキシデンの警備隊に目を付けられるような事をやっている奴なんて……想像もつかないな」


 集合の鐘が鳴り、ファンタマとリッチは捜索隊に参加した者達と共に村へ戻った。そして、その足でキルヒスを探し出し、今日体験したことの顛末を報告しておいた。地下隧道の発見やグワンマイヨン博士達の正体には苦笑したが、今後も監視が必要なことはファンタマに同意し、この報告に感謝をした。


 長い一日が終わり夜も更けた頃にようやく部屋に戻って来た。椅子に座り窓から夜空を見上げる。キルヒスもリッチも事の展開に呆れていたが、それはファンタマも同様だ。


 この村に潜む状況は最初の気楽な宝探しの域を越えてきた。 オキシデンの内偵部隊が田舎の村で荷馬車荒らしをするなど常軌を逸している。


 何の目的があるのか。リッチが何か探し物があったんじゃないか言っていたか。御者への危害をひかえ、荷物を奪うわけではなく荒らすだけの犯行を続けていた。


 公に警備隊を使わなかったのは内偵先に悟られないため。リッチが言う通りのヤバい作物の取り締まりなら勝手にやってもらえばいいが、こちらにどんな流れ弾が飛んでくるかわからない。一時撤退が順当か。ミカエル・スタンネンは退場し他の人物に交代する。いやそれでは意味はない。


 行くか戻るか明確に決める必要があるようだ。

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