第38話 クーラードラゴン
ドラゴンブレス事件を経て、僕は魔力というのものが操れるようになった。それはもう自由自在に動かせる。翼や尻尾を動かすよりも、よほど簡単に操ることができるくらいだ。
魔力は万能だった。炎や水、氷、石、電気、風などなど、僕の思い通りに形を変えられる。その幅も自由自在だ。例えば水。普通の水から、ぐつぐつと煮えたぎるようなお湯、冷水、熱気を孕んだ水蒸気、冷たい霧。僕が想像すれば、魔力はその通りに形を変えることができた。
魔力の複合なんかもできる。例えば水と炎を同時に操ることもできるし、それどころか、冷たい炎や燃え盛る氷など、現実には存在しないような物まで生み出すこともできた。いや、ドラゴンが居るようなファンタジーな世界だから、どこかに存在するのかもしれない。
できないことは無いんじゃないかってくらい魔力は万能だった。
これはもう魔法使いを名乗ってもいいんじゃないだろうか?赤ちゃんドラゴンから魔法使いドラゴンへとクラスチェンジだ。
そんな僕が何をやっているかというと……エアコンをやっていたりする。
「クー!」
魔力で適度に冷たい風を生み出して、アンジェリカの部屋の中をそよ風程度の強さで巡らせる。部屋の温度が一気に下がる。
「ルーの魔法がすごいですね!暑さを乗り切るために冷風の魔道具はありますけど、ここまで大規模なことはできませんよ」
「クールー!」
僕はアンジェリカの言葉に、得意げに胸を張ってみせた。
僕はそんなに暑さを感じないけど、今の季節は夏で、とても暑いらしい。アンジェリカやメイドさんたちが、額に汗を浮かべるようになった。
そこで僕は、暑いなら冷ませばいいじゃないと考えて、エアコンのように室内温度を調節することにしたのだ。
これはかなり好評で、アンジェリカもメイドさんたちも、まるで砂漠でオアシスを見つけたようなキラキラした瞳で僕を見つめてくる。表情もホッしたような笑顔を浮かべていて、僕は、やってよかったなと思えた。これもエアコンという物を知っていたからできた発想だろう。ありがとう、エアコンを発明した人!君のおかげで、僕はこんなキラキラした笑顔に囲まれているよ。まるで自分がアイドルやスターになったみたいだ。ちょっと気分が良い。
それに、こうして役に立つところを見せていれば、何かあった時に殺すには惜しいと思ってくれるかもしれないという打算もあった。
アンジェリカやメイドさんたちは、よほど危機意識が低いのか、僕が魔法を使っても「すごい、すごい」と褒めてくれるけど、冷静に考えると、魔法みたいな危険な力を持ったペットなんて危険だと思うんだよね。
もちろん、僕にアンジェリカやメイドさんたちを傷付ける意思なんて無いけど、傷付けるどころか、場合によっては命を奪ってしまえるような力を僕が持っていること自体が問題なんだ。
少しでも有能なところを見せて、殺処分エンドは回避したいところだ。
「ルー様、こちらをどうぞ」
冷房のおかげか、クレアがいつもよりいい笑顔を浮かべて僕の前にお皿を置く。今日のおやつはクッキーのようだ。だが、ただのクッキーじゃない。間に何か白いクリームが挟まれている。クッキーサンドのようだ。
「本日のおやつは、ルムトプフのバターサンドです」
「クー!」
ルムトプフと聞いて、僕のテンションが上がる。ルムトプフは果物のお酒漬けだけど、僕はこれが大好物なんだ。
「では、いただきましょうか」
「クー」
アンジェリカの言葉に頷き、さっそくバターサンドに手を伸ばそうとすると、横から手が伸びてきて、バターサンドを摘まみ上げた。
「ルー様、あーん」
どうやら、クレアが食べさせてくれるらしい。
「クァー」
クレアにはもう何度も食事のお世話になっている。食べさせられるのも慣れたものだ。僕は口を大きく開く。
パクッと頬張ると、しっとりめに焼かれたクッキーがサクッと崩れ、ねっとりとしたバタークリームを噛み千切る。
口の中でバターが溶けだして、濃く甘いバターの味が口いっぱいに広がる。バターが溶けだすことで現れるのは、酒精を含んだ果物、ルムトプフだ。噛むと、サクサクとクッキーが崩れ、小麦の香りを感じる。噛み潰されたルムトプフが、少しアルコールの苦みを帯びた酒精と果物の甘みを吐き出し、甘いだけではない大人の味へと昇華してくれる。
美味しい。元々ラムレーズンが好きだったこともあって、このルムトプフの味は、僕の好みにドンピシャだ。この後味のちょっとした苦みがヤミツキになる。
そして、バターがすごく美味しい。濃厚でクリーミーで、舌が痺れるほどの美味しさだ。日本に居た頃には、こんなにバターが美味しいとは思わなかったな。何か作り方が違うのだろうか?それぐらい根本的な違いを感じるほどバターが美味しい。
クッキーも美味しいんだよね。牛乳の風味を感じる、しっとりとしたミルククッキーといった感じだ。それ単体ではやや味が濃いバターとルムトプフの味をしっかりと受け止めて、まろやかな味へとしてくれている縁の下の力持ちみたいな存在だ。
飲み込んでしまうのがもったいないと感じてしまうほど美味しかった。まだ口の中に幸せの余韻が残っている気さえする。また食べたい。
「ルー様、あーん」
「クァー」
絶妙なタイミングで、クレアがまた“あーん”してくれる。僕はそれに逆らわず、また大きく口を開けるのだった。
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