第35話 王とドラゴン⑤

「では、これより会議を始める」


 私の言葉に、多くの貴族が頭を垂れる。宰相をはじめ、国の内政を司る者たち。第一陸軍卿、第一海軍卿をはじめ、国の軍事を司る者たち。オブザーバーとして、この国一番の賢者であるハーゲン翁。いずれもこの国の中心に居る重鎮たちだ。


 これより、この国の未来を決める重要な会議が始まる。


「皆、面を上げよ。まずは、喫緊の問題。ドラゴンの問題だ」


 この国の抱える大きな問題は主に2つ。ドラゴンと、アブドルヴァリエフ王国との戦争だ。開戦の時期は、今年の秋の終わりと決まった。今は夏の初め、あまり時間は残されていないが、まだ多少の猶予はある。しかし、ドラゴンはいつ襲ってくるか分からない。今はドラゴンの問題が最優先だ。


 アブドルヴァリエフ王国との戦争も大事だが、ドラゴンの問題も国の存亡がかかった一大事なのだ。国政を担う者たちでよくよく検討する必要がある。


「宰相」

「はっ」


 私の言葉に、宰相であるアンブロジーニ侯爵が立ち上がる。


「既にご存知の方もいらっしゃるでしょうが、最初から説明させていただきます」


 宰相の口からこれまでの経緯が説明される。アンジェリカが使い魔召喚の儀式でドラゴンの子どもを召喚したこと。これはドラゴンの親からしたら子どもを誘拐された状態であること。我々は親ドラゴンの怒りを少しでも和らげるため、ドラゴンの子どもを全力で歓待する必要があること。既に離宮にて歓待し、贈り物も贈ったことなどなど。


「以上が今までの経緯です」

「よろしいでしょうか?」


 宰相の話が終わると、さっそくとばかりに第一陸軍卿が発言を求める。私は頷くことで発言を許した。


「そのドラゴンの子どもを始末して隠蔽するという手はいかがですか?生かしているから問題となるのです。幸い、ドラゴンの子どもの存在を知っている者たちは限られています。その者たちも国の存亡がかかっていると聞けば口を噤むでしょう。禍根は速やかに絶つべきです」


 第一陸軍卿の顔には焦りの色が見えた。たしか、彼の末娘は離宮に出仕していたな。娘かわいさに逸ったか。


「それは悪手じゃぞ」


 第一陸軍卿にまるで冷や水を浴びせるように言葉が上がる。私の許可なく発言する者など1人しかいない。ハーゲン翁だ。


「あのドラゴンの子ども、ルーは間違いなくトゥルードラゴン以上の格のドラゴン。ならば親もそうだと考えるべきじゃ。使い魔召喚の魔術の痕跡からこの場所を特定するなり、我々には未知の魔法で子どもの消息を知っている可能性もある。この会議だって覗き見られている可能性すらあるぞ。迂闊な発言は慎むのじゃな」


 ハーゲン翁の言うように、警戒はすべきだろう。相手は強大な力を持つ未知のドラゴン。どのような力を持っているかも分からない。さすがにこの会議の様子が筒抜けとは思いたくないが……警戒してしすぎることはないか。


「ハーゲン翁の言を良しとする。ドラゴンの子どもであるルーを国を挙げて歓待するのだ。この方針に変わりはない。皆、左様心得るように」


 私の言葉に、皆が頭を下げる。中には納得いかない者も居るだろう。だが、我が国にトゥルードラゴン以上の化け物を相手にできる国力なんて無い。我々にできるのは、これ以上ドラゴンの怒りを買わないように、ルーのご機嫌を取ることだけだ。これも小国の悲哀だろうな。


「宰相、続きを」


 私は宰相に話の続きを促す。


「はっ。離宮のメイド長やメイドの娘たちからも話を聞きましたが、贈り物に対しての反応が、どうも微妙でして……」


 贈り物への反応が微妙?


 贈り物は、私からは金と銀のインゴット。宰相からは見事な金と銀の首飾り。ハーゲン翁からは香木や陶磁器などの交易品や海産物など。我が国で用意できる最高の物を贈ったつもりだが……。


「まさか、気に入らなかったのか?」


 あれ以上の物となるとミスリル、オリハルコン、アダマンタイトなどになるが……どれも我が国では産出せず、金や銀以上に高価だ。できれば金や銀で納得してほしかったが……。


「首飾りは毎日着けていますし、ハーゲン翁のお贈りになった海産物も美味しそうに食べているようです。気に入っていないわけではないと思うのですが……」


 宰相の言葉のキレが悪い。


「これは私の私見と、実際にドラゴンの子どもをお世話をしているメイドたちから聞いた話ですが……」


 宰相の話によると、ルーは私の贈った金と銀のインゴットを加工するように依頼したことから、量より質を重んじるようだ。


 しかし、首飾りを頻繁にメイドたちに下げ渡そうとするらしい。


 あの私の目から見ても見事な首飾りを、1,2度身に着けただけでメイドたちに下げ渡す……気に入らなかったのか?しかし、首飾り自体は毎日身に着けている。ある程度は気に入っているとみるべきか?


 贈った海産物や燻製肉などは美味しそうに食べており、こちらは気に入っているようだ。しかし、香木や陶磁器、毛皮などには、あまり興味を持たないらしい。


「他にも、頻繁に母親を恋しがる様子を見せていたり、メイドたちとのかくれんぼなどの遊びを気に入っているようだという話もありました。私が思いますに、相手が子どもという視点が足りていなかったのではないかと思います」

「なるほど……」


 子どもか……。たしかに子どもに金品を贈ってもな……むしろ、おもちゃの類の方が喜ばれるかもしれない。


「次はおもちゃでも贈ってみるか」


 私の言葉に、宰相が頷いた。そうだな。次はおもちゃでも贈ってみよう。それで喜んでくれるなら御の字だ。なにより、金品を贈るより安く済むのが良い。


「よろしいでしょうか?」


 若い男が緊張を滲ませた声を上げる。席次的に宰相の補佐官の末席の男だ。この若さで末席とはいえこの会議に出席できるのだ。おそらく優秀な男なのだろう。


 私は男に頷くことで発言を許す。


「ありがとうございます。そのドラゴンの子ども、ルーに歳費を与えてはいかがでしょうか?首飾りをメイドたちに下げ渡そうとするのは、もしかしたら、メイドたちに対する心付け、チップのつもりかもしれません。メイドたちも首飾りは畏れ多くて受け取れないでしょうが、銀貨程度ならば気軽に受け取ることができるでしょう」


 なるほど。そういう考え方もできるか。本来、メイドたちには給料が出ているのでチップは必要ないのだが、ルーがそれを知らなくても無理はない。


「また、その歳費でルーに買い物をさせるのはいかがでしょう?馬は馬方とも申します。買い物を通して、離宮に出入りする商人にルーの好みを探らせるのです」


 商人を使うのか。奴らの洞察力には驚かされるものがある。案外、良い手かもしれない。


「その方の言を良しとする。試してみよう」

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