邂逅の街



 Roomは自由な街だった。年齢も性別も職業も、或いは国籍もバラバラで、それらを晒す者も隠す者も偽る者も、それぞれが自由に言葉を紡ぐ。

 息を呑むような美しい言葉で、グロテスクな何かを表現する。馬鹿みたいな幼稚な言葉で、真理をつく。ありふれた言葉で、ありふれた日常を書く。

 スマートフォンの画面をタップする度に、まるで世界旅行をしているかのような錯覚に陥るほど、Roomの街を泳ぐ一人ひとりの言葉達は、様々な景色を彰に見せてくれた。

 各々が、書きたいことを書く。飾られた言葉を書く。それは服のようなもので、高級なスーツを着こなす者もいれば、型破りで派手な服を楽しむ者もいる。中には、素っ裸で歩く者もいるかもしれない。そんな飾りを纏う言葉は、街を泳ぐ人。

 Roomは、言葉が生きる街だった。


 言葉は生きている。生きているから、その言葉に触れた者の心をどうにかしてしまうこともある。

 彰は言葉に殺されそうになった。だから言葉の力を信じていた。言葉は人を変える。底の見えない暗闇に引きずり込む。そんな力のある言葉は、使い方次第で自分を生かしてくれるのではないかと、都合のいい妄想をした。暗がりで蹲る自分に手を差し伸べてくれるのは、きっと言葉だと。

 問題は、それは誰の言葉なのか。Roomを泳ぐ言葉達か。彰自身が発信する言葉か。それとも──。





「とっても素敵な絵を描いてもらいました!つくねさんに感謝〜!」


 ある日、ユキが投稿した記事に画像が載せられていた。ユキは頻繁に飼い猫のモモの写真を載せていたが、今回は三次元ではなかった。繊細に表現された毛、肉球、瞳。それらはたった一色で、鉛筆で描かれていた。

 最近は皮膚真菌症の症状が改善されつつあり、モモの写真投稿回数は徐々に増えつつあった。献身的な治療によって綺麗になった灰色のモモの毛は、鉛筆画の雰囲気によく合っていて、見事に表現されていた。


 「つくね」というアカウントは、時折ユキの記事にコメントを残していた。プロフィール画面を見ると、北海道に住む医者の男性らしかった。今は休職中で、小説家になるのが夢と書いてある。記事を見ると、北海道のグルメを中心としたエッセイや短編小説を投稿していた。そんなつくねが、今度は今にも動き出しそうなリアルな子猫を描いてみせた。健康になっていくモモの様子に対しての、つくねなりの贈り物であった。


 多才な人がいるものだと感心した彰は、鉛筆画が載せられたユキの記事に、驚きと感動を込めたコメントを残した。

 数日後、彰が書いたエッセイにつくねからコメントが届いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る