不誠実な友達


 多宝寺は、参拝客が奉納した木彫り達を見て歩き回るという楽しみ方が一般的だった。広い境内をぐるりと周り、本堂で手を合わせ、希望者は最後に様々な動物の形をした木彫りをそれぞれの願い事に合わせて選ぶ。


「君達若い三人は、先に行っててや。俺らは、昔に奉納した木彫りとかを探しながらゆっくり行くから。あとで合流しよう」


 紗椰の両親と一旦別行動となり、彰と紗椰、石井は一足早く木彫りだらけの境内を回り始めた。


「いやぁ、まさか石井が居るなんて。テンション上がるなぁ」


「紗椰、私の名前を言ってごらん?」


「石井梨絵りえ


「よろしい」


「石井梨絵、浮気性の旦那さんは元気?」


「フルネームで呼ぶな! 和樹は元気やで。最近は大人しくしてるわ」


 紗椰は久し振りの友人同士の時間を楽しんでいた。

 彰が適応障害を患ってから、紗椰はずっと彰の傍に居てくれた。必要最低限の買い出しと通院で外出するのみで、他の時間はずっと二人で家にいた。紗椰は彰の前では何も文句を言わず嫌な顔もしなかったが、きっとストレスを溜めていたはずである。

 今日は久し振りの外出。紗椰の両親も一緒で、仲の良い石井まで合流して、紗椰も少しは羽を伸ばせているようだった。


「石井は最近、浮気してないの?」


「うーん、最近はしてないかなぁ。良い男おらんのよ」


 紗椰も流石に両親の前でこの話はできなかったらしい。石井は既婚者であるが、石井とその夫は互いに何度か浮気していて、互いにそれを知りながらも特に不仲にはならず、平然と二人で生活を続けている。紗椰からそんな話を聞いたときはにわかに信じられなかったが、石井と紗椰と彰の三人でランチを食べたときに石井本人からその話の詳細を聞き、彰は衝撃を受けた。

 石井の言動にも驚かされたが、恋愛においては一途さを求める紗椰が、浮気性の石井と親友であることにも違和感を覚えた。


「石井は自由なだけ。あの子は誰も否定しないから好き」


 紗椰はそう言ったが、彰には理解ができなかった。紗椰の友人は石井以外にも何人か会ったことがあるが、それぞれが大人としてそれなりに真面目に生きている印象を受けた。少なくとも、浮気を公言できる石井のような人とは縁がなさそうな人ばかりだった。

 

 彰は、不誠実を嫌う。浮気などはその典型で、その理屈で言えば石井は彰が嫌悪する対象のはずだが、不思議と一緒に話していても不快感はなかった。

 紗椰と石井は一見すると、少なくとも恋愛においては全く違う価値観を持っているように見える。しかし、どこかこの二人は似ていると彰は感じていた。

 

「あ、やば⋯」


「どうしたん?」


 紗椰が鞄の中を掻き回すように漁っていた。


「スマホ、お母さんに貸したままや。私と同じのに機種変更したいからって、お母さんが私のをずっと触ってたから。あれがないと可愛い木彫りの写真が撮れん!」


 そう言うや否や、紗椰は来た道を振り返り、小走りで両親のもとへ走り出した。


「先行っといて! 石井は彰と浮気すんなよ!」


 彰は「タイプじゃないから大丈夫ー!」と返事をした石井を小突きながら紗椰を見送った。

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