自覚
救急車が到着し、紗椰は担架に縛り付けられた。抵抗しようとする力があるのが、彰には不思議だった。何故紗椰が搬送されるのを嫌がるのかも、分からなかった。
彰は紗椰と共に救急車に乗り込み、紗椰が一型糖尿病であることと、かかりつけの大学病院名を救急隊員に伝えた。
この時点で、夜の十一時を回っていた。大学病院には救急外来があるが距離があったため、最寄りの救急病院へと搬送された。
病院へ向かう途中、彰は救急隊員に電話使用の許可をもらい、紗椰の父に連絡した。
「彰です。夜分遅くにすみません。今、救急車からかけていまして、その、紗椰さんが⋯」
「救急車⋯低血糖かな?」
「あ、あの、はい。それで、今、近くの北島病院に向かっていまして、もうすぐ到着するんですけど」
「そうか。それじゃあ、俺も向かうわ。病院で会おう」
「はい、すみません、ではまた後で⋯」
「彰君」
電話を切ろうとすると、紗椰の父が呼び止めた。
「大丈夫やからな。心配せんで。ほんじゃ、後でな」
声の震えは、きっと隠せていなかっただろう。結婚して間もないというのに、紗椰の父に醜態を晒してしまった。
低血糖は、早期に対処すれば大抵の場合は回復する。しかし、長時間放置すれば脳障害などののリスクがあり、最悪の場合は死に至ることもある。
紗椰の父だって、慣れているとは言え、離れて暮らす娘を心配していないはずはない。娘の傍に居るのが頼りにならない夫なら、尚更心配だろう。
彰は、紗椰を「守りたい」という意思があると自覚していた。
それはただの自覚だった。
目の前で紗椰が倒れたとき、一緒に暮らしていく中でそういう事態になることを分かっていたはずなのに、怯えて何もできなかった。
彰は、紗椰を守れない。
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