それぞれの夢


 通訳を期待していた彰と紗椰は、お互いの語学力の無さを笑った。そして言葉の壁を笑いに変えてしまうMJとの時間は、二人にとって何年経っても忘れられないものとなった。

 昼間にたこ焼きを食べたMJだったが、夕食は一番食べたいと言っていたお好み焼きを食べることになった。粉ものばかりでも気にしない様子だ。


 お好み焼きを食べながら、MJは自らの夢を語った。もちろん、アプリの翻訳機能を使いながら。

 MJは八人姉弟の長女だった。カトリックであるという彼女は、お金を貯めて将来は母国のフィリピンに寺院を建てたいと言った。そんなことができるのかと彰は思ったが、MJ曰く、シンガポールの勤め先ではかなり稼いでいるらしかった。この日本旅行での出費など、小銭感覚なのだそうだ。単純にお金があれば建てれるものなのかどうか、カトリックのことも寺院のことも何も知らない彰には分からなかったが、MJがそう言うのだからきっとそうなのだろうと、それ以上考えるのをやめた。目を輝かせて夢を語るMJを、素直に応援しようと思った。


「夢があるって、いいですね」


 紗椰が言った。微笑んでいたが、その目は何故か、遠くを見ているようだった。


「紗椰さんには、夢がありますか」


彰がそう聞くと、MJも興味津々といった表情で紗椰を見つめた。

 紗椰は少し困ったように笑った。


「ずっと、死ぬまで、健康に暮したい…⋯かな」


彰が翻訳してMJに見せてあげると、MJは彰のスマートフォンを取り上げてタプタプと指を滑らせた。


「健康って大事よね! そう思うなら、もっとお好み焼きを食べなきゃ! 死ぬまでお好み焼きを食べよう!」


 お好み焼きで頭がいっぱいかと彰がツッコミを入れ、三人は大笑いした。MJの明るさと夢の話は、普段の生活では得られない幸福感をもたらした。


 そんな中でも、彰は微かな違和感を覚えた。紗椰の夢は、平凡で幸せな毎日を願う、ただそれだけのものなのかと。死ぬまで健康に暮らしたいと言ったときの紗椰の顔は、いつまでも彰の頭から離れなかった。

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