しょうたくんと真夏の夜の夢
歌川ピロシキ
しょうたくんと真夏の夜の夢
しょうたくんはとってもかわいい四才の男の子。
きょうはおうちの近くの神社の夏祭りです。
しょうたくんのお姉ちゃんはおどりがとっても上手なので、盆おどりの時に舞台に上がることになっています。
しょうたくんは今からドキドキ。
お母さんは舞台の準備で忙しいので、中学生のよしつぐ兄ちゃんがしょうたくんを神社に連れてきてくれました。せっかくのお祭りなので、みんな浴衣にゲタをはいています。
「うわぁ、おみせがいっぱいある!」
「しょうた、兄ちゃんからはなれちゃだめだぞ。どの屋台に行きたい?」
「えっとね、ぼくね、きんぎょすくい! きんぎょさんたすけてあげるの!!」
金魚すくいは金魚を
「おじさん、すみません。この子と僕と二人分おねがいします」
よしつぐ兄ちゃんが屋台のおじさんにお金をはらうと、おじさんがおわんとポイをくれました。まぁるいわっかに白い紙がはってある、金魚すくいのお道具です。
「こうやっておわんをもって、金魚がきたらさっとすくうんだ。金魚さんがおケガしちゃうからやさしくな」
兄ちゃんが教えてくれた通りにしっかりとかまえて金魚さんが来るのを待っていたしょうたくん。
大きな出目金がゆらゆらと長いひれをゆらしながらやってきたので、ここぞとばかりにポイをお水につっこみました。
「あ、やぶけちゃった」
金魚さんにふれたとたん、うすい紙はあっさり破けてしまいました。出目金さんはなにごともなかったかのようにゆぅらり優雅に泳いでいます。
しょうたくんは泣きそうです。
「だいじょうぶ、にいちゃんがいっぱいすくってやるからな」
よしつぐ兄ちゃんはにっこり笑ってポイをかまえると、よって来た金魚を次々とすくいました。
一ぴき、二ひき、三びき、四ひき……すごい、もう十二ひきもすくっています。
「このくらいにしておこうかな?」
「持って帰れるのは一人三匹までだ。特別にそっちの子と合わせて七匹選んでいいよ」
おわんいっぱいに金魚が入ったところで手を止めた兄ちゃんに、屋台のおじさんが言いました。
しょうたくんは白い体に赤いもようと黒い点々がある文金を二匹と赤と黒の出目金を一匹ずつ、よしつぐ兄ちゃんはきれいなオレンジ色の小赤を三匹選びました。
「かわいいなぁ、きれいだなぁ」
「ちゃんと毎日エサをあげたりお水を替えたりするんだぞ」
しょうたくんは金魚さんにむちゅうで、兄ちゃんの言葉なんかどこ吹く風。右のお耳から左のお耳に素通りしていそうです。
だってこんなにきれいでかわいい金魚さん、初めて見るんですもの。
「ほら、いつまでも金魚ばかり見てないで他の屋台も回るぞ。しょうた、何が食べたい?」
そんなしょうたくんの頭をよしつぐ兄ちゃんがやさしくなでながら訊きました。
「えっとね……わたあめとね、りんごあめと……くんくん。これ、なんだろ?」
何やらとっても良いにおいがただよって来ましたよ。
「ああ、こっちにおいで」
よしつぐ兄ちゃんはすぐに何のにおいだかわかったようです。しょうたくんの手を引いて屋台の一つに歩み寄りました。
「いらっしゃい、チキンとビーフがあるよ。どれにするかい?」
そこにあったのはケバブの屋台でした。黒々とした眉毛がなんだか強そうな、褐色の肌のおじさ……お兄さんがにこにこ話しかけてくれます。
「毎年ここの屋台はソースがおいしいんだ。肉もちゃんとビーフを使ってるしな」
なぜかよしつぐ兄ちゃんが得意そう。
「これ、なぁに?」
「ケバブって言うんだ。トルコという国のサンドイッチだよ」
「とりこ?」
それはじつにびみょうな聞きまちがいですね。
「トルコだよ。ずっとずっと西の方にある、砂漠の国だよ」
「そう、ワタシのふるさと。とっても良いところ」
「にし?」
「お日さまが沈む方だよ」
そう言えば鎮守の森の向こうにお日様がゆっくり沈んで行って、きれいなあかね色のお空に少しずつ紫色が混じってきました。反対側のお空はもうるり色に染まっています。
「わあ、きれいな夕焼け」
「明日も良い天気になるね」
よしつぐ兄ちゃんが教えてくれます。
しょうたくんがだんだんと深い藍色に変わっていくお空に見とれている間に、屋台のおじさんは手早くケバブを三つ紙に包むと、たっぷりとヨーグルトのソースをかけてよしつぐ兄ちゃんに渡しました。
「はい、こぼさないで食べてね」
「うわぁ、おいしそう。おじさんありがとう」
「こちらこそお買い上げありがとね」
しょうたくんは縁台にすわってケバブにかぶりつきました。よしつぐ兄ちゃんもさっそくおいしくいただいています。
「おいしいね、これはじめて食べた」
しょうたくんは夢中でケバブをぱくついています。ああ、そんなに急いで食べたら危ないですよ。
「けふっ」
「ああ、慌てて食べるから。ちょっと待ってろ、お茶を買ってくるから」
よしつぐ兄ちゃんは飲み物の屋台へと急いで向かいました。しょうたくんは縁台に座って待っています。
「こほこほっ、けほっ」
「だいじょうぶ? はい、おみずどうぞ」
むせて苦しそうなしょうたくんに、いつの間にかおとなりにすわっていた子が水筒をさし出しました。
サラサラの黒い髪を二つに分けて輪っかみたいにまとめたその子は、ひらひらしたお着物みたいな白い服を着ています。話し方やちょっと首をかしげるしぐさが上品で、なんだか王子さまかお姫さまみたい。いえ、もしかすると妖精かも。
背丈はしょうたくんと同じくらいですが、頭から白いお面をすっぽりとかぶっているので、ぱっと見ただけでは男の子なのか女の子なのかわかりません。
お面は屋台で売ってるようなヒーローのお面と違って、もっと厚くてほんものの人間みたいなお顔。笑ったような口元からちらっと見える白いものは歯でしょうか?
しょうたくんは今まで見たこともないようなお面を少しだけ怖いと思いました。
不思議なところはまだまだあります。
風鈴の音みたいにきれいなお声は小さいのに、とてもはっきり聴こえてきてくるのです。まるでしょうたくんのお耳の中にじかに話しかけているみたい。
しょうたくんは思い切ってその子に
「ね、どうしてお面をつけてるの?」
「今日はお盆のおまつりだから」
すぐに返って来た答えはわかったようなわからないようなもの。
「そういえば、今日はお面つけてる人いっぱいいるね」
それでも屋台で売ってるようなアニメのキャラクターやキツネさん、ひょっとこのお面ばかりで、しょうたくんとお話している子みたいなどっしりとした造りのお面をつけている人は他に見当たらないのですが。
ちょうどその時、よしつぐ兄ちゃんが戻ってきました。
「お待たせ。あれ? お友だち?」
「うん、さっきお水くれたんだ」
「そうか、それでむせたのが治まってたんだな。ありがとう」
「どういたしまして」
よしつぐ兄ちゃんはようちえんのお友だちだと思ったみたい。特に不思議がることもなくお水のお礼を言いました。
「さあ、そろそろ踊りが始まるぞ。しょうたもさくらのおどり、見たいだろ」
「うん、急がなくちゃ!!」
大好きなお姉ちゃんの晴れ舞台を見逃すわけにはいきません。しょうたくんは慌ててよしつぐ兄ちゃんの後をおいかけました。
「あ、さくら姉ちゃん!」
神社の広場に戻ると、ちょうどお姉ちゃんたちが舞台にあがったところでした。
音楽が流れると、みんないっせいにおどり始めます。
「さくらちゃん、今年もきれいだね」
「お姉ちゃんを知ってるの?」
「うん、毎年おどってくれてるから。お盆とお正月に」
お面の子はさくら姉ちゃんのおどりをほめてくれました。
「えへへ、お姉ちゃんちっちゃい頃からずっとおどりをやってるんだ。きれいって言ってくれて、ぼくもうれしい」
しょうたくんは自分がほめられたみたいで、ちょっぴり照れてしまいました。
「ね、いっしょにおどろう?」
照れかくしにお面の子の手を引っぱっておどる人々の中に入ります。
「うふふ、しょうたくんも上手だね」
「ありがと、君もとってもきれいだよ」
知ってる曲も知らない曲も、周りの人のまねっこをしておどっていると、なんだか楽しくなってきました。
「ね、お面つけてる人いっぱいいるけど、どんな顔してるんだろ。なんだか外したくなっちゃうね」
「盆おどりの輪でお面をつけている人に触ってはならないよ」
しょうたくんはついイタズラしたくなってしまいました。
すると、どうでしょう。それまでおだやかで楽しそうにしていたお面の子が急にこわい声を出したではありませんか。
ぴしゃりと叱りつけるような、さくら姉ちゃんのお師匠さまみたいなきびしい声です。
「え、なんで?」
びっくりしたしょうたくんはちょっぴり泣きだしそう。
「盆おどりの輪には、ご先祖さまや亡くなった人がまぎれこんでいるから」
「ごせんぞさま?」
お面の子はきっぱりと言うと、しょうたくんの問いには答えず、くるりと拝殿の方に向きを変えました。
「さ、そろそろ帰らなくっちゃ。また来年もいっしょにおどってくれる?」
「うん、やくそくだよ」
「うん、やくそくだ。それまでの一年がしょうたくんにとってすてきな日々になりますように」
ふり向かずに言ったお面の子の声はやっぱり風鈴のようにきれいでか細くて、それでもしっかりとしょうたくんの耳に届きます。
「ね、おなまえおしえて」
「ときひと」
「ときひとくん?」
ちょっと耳慣れないお名前にしょうたくんが首をひねった時です。お面の子の姿がふいっと消えてしまいました。
まるで最初から誰もいなかったみたいに。
「あれ? ときひとくん?」
「どうしたんだ?」
「ときひとくんがいきなり消えちゃったんだ」
「さっきのお友だち? だいぶ暗くなってきたからおうちの人が迎えに来たんじゃないかな?」
「そう言えば、もう帰らなきゃ、って言ってた」
「だろ? さくらの出番も終わったし、しょうたもそろそろ帰ろう」
「うん!」
しょうたくんはよしつぐ兄ちゃんと手をつないでおうちに帰ることにしました。
「ね、来年もまたこようね」
「ああ、さくらの舞台を見ながら踊ろうな」
よしつぐ兄ちゃんがゆびきりげんまんをしてくれます。
「うん、おやくそくだよ」
「よしよし。ちゃんと連れてきてやるから安心しな」
帰り道、疲れて舟をこぎはじめたしょうたくんは、よしつぐ兄ちゃんにおんぶしてもらって夢の中。
ときひとくんとたくさん遊んだりおどったりして楽しく過ごしていたのでした。
しょうたくんと真夏の夜の夢 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます